【益子直美氏(中)】 みんなが楽しめるバレーボール

「怒らなくて済む指導方法とは」という疑問をきっかけに、アンガーマネジメントやペップトークを学び始めた元バレーボール女子日本代表の益子直美さん。現役引退後は、そうした視点から精力的にバレーボールの普及に取り組んでいる。益子さんが今年4月に設立した一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」のビジョンに注目し、日本のスポーツ指導に必要な視点について聞いた。(全3回の2回目)

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バレーボールの裾野を広げたい
――「現役時代はバレーボールが嫌だった」とのことですが、引退後もバレーボールに関わり続けたのはどうしてですか?

確かに、バレーボールが嫌いだとずっと思っていました。実は中学3年生の頃に一度だけ、部活動を辞めたことがあります。でも、一度バレーボールから離れてみて、バレーボールが自分の性格にすごく合っていることに気付きました。

私は小さい頃、体が大きいことがコンプレックスでした。でも、バレーボールと出合って、夢中になりました。自分の陣地にボールが飛んできたら、自分の身をていしてでも次の人につなげる。次にボールを触る味方のために、少しでもうまくなろうと努力する。そういうチームに貢献するところが合っていました。個人競技だったら、きっと辞めたままだったでしょうね。

バレーボールは、誰もが楽しめるスポーツです。私は25歳で現役を引退して、自分の中では脱落したと思っているのですが、だからこそ、トップ層のレベルを上げることではなく、裾野を広げることをしていきたいと思いました。益子直美カップを始める前には、パラスポーツのシッティングバレーボールや、ゲイの人たちのバレーボール大会なども手伝っていました。ゲイの人たちのバレーボール大会は、いつの間にか海外から参加するチームもあるほどです。

「スポーツは命を奪うものではない」
――4月に「監督が怒ってはいけない大会」を設立しましたが、そのきっかけは何だったのですか?

インタビューに応じる益子さん

ちょうどそれらの大会が軌道に乗ってきて、一段落した頃に、今度は小学生向けに大会をしないかと声を掛けてもらいました。そうして始めたのが「監督が怒ってはいけない」をコンセプトにした「益子直美カップ」です。当時は、とりあえず10年は続けて、全国に広げていきたいと考えていました。

ただ、7年目を迎え、大会そのものは盛り上がっているのですが、なかなか全国には普及していきませんでした。

なぜかというと、他のアスリート仲間を募るとなれば、その人自身が受けてきた指導を見つめ直すことになるからです。場合によっては恩師のやり方を否定したり、トラウマを思い出したりしてしまうことにもなります。決して気軽に仲間に入ってほしいと誘うことはできない。つまり、痛みを伴う活動だったのです。

いつかはしっかりした団体にしないといけないという思いはありましたし、SNSを通じて応援してくれる人もたくさんいました。でも、私の中でなかなか方針が定まらなかったのです。

ところが、今年に入ってから、沖縄県で部活動顧問の暴言が原因で、自殺した高校生のニュースが報じられたのを目にしました。スポーツ界で今もなお、こうした指導者が選手を追い込むようなことが行われている。スポーツは命を奪うものではない。そう思って、決心がつきました。

相手を思いやるスキルを子供たちが学ぶ
――「監督が怒ってはいけない大会」で、今後はどのような取り組みをしていきたいですか?

益子さんはこれまでも、さまざまなバレーボールの普及に携わってきた

アンガーマネジメントやペップトークといった技術は、指導者はもちろん、選手にとっても必要なことなので、小学生のうちから感情をコントロールしたり、言葉掛けの大切さを意識したりしてほしいと思っています。子供を対象に指導できる資格も取ったので、今後の大会では、子供たち向けにそういうセミナーをする機会を設けていきたいですね。

それから、イトーヨーカドー時代にチームメートだったマッチョこと斎藤真由美さんも、私の考えに賛同してくれて、ペップトークの勉強をし、スピーカーになり、さらに学びを深め、現在ファシリテーターになるための勉強をしています。プレーの技術だけではなく、マッチョがペップトーク、私はアンガーマネジメントという形で、役割分担しながらやれるように計画中です。現役以来の「エース対角マッチョマコ」の復活を今からワクワクしています。大人も子供も学ぶことができる大会を目指していきたいです。

それから、今はコロナ禍で大会ができないのですが、再開したらやってみたいことが一つあります。

現役引退後、これまでにいろいろな競技に触れる機会を頂きました。最近はSNSで他競技の選手とも交流できるようにもなり、スポーツの素晴らしさを再認識しています。その中で、近年すさまじく進化して好成績もおさめ、人気スポーツになっているラグビーからは、特にたくさんの気付きをもらっています。中でも、ノーサイド精神を体現した「アフターマッチファンクション」を知り、すごく良い文化だと思ったのです。試合が終わると、対戦相手と一緒にビールを飲みながら、「あのタックルはよかった」などと相手をたたえたり、審判や主催者に感謝の気持ちを伝えたりする。

私はこの「アフターマッチファンクション」を、小学生の頃から試合後にジュースを飲みながらやってほしいと思っています。監督からがみがみ怒られるより、そういう交流の場をつくった方が有意義ですよね。

コロナ禍の今こそ勉強するチャンス
――部活動がある中高生向けで、何か考えていることはありますか?


「監督が怒ってはいけない大会」の展望を語る益子さん

先日、中学高校生向けのアンガーマネジメントセミナーができる資格も取得しました。グループワークでゲームを使い、楽しみながらアンガーマネジメントを学ぶことができます。チーム単位のグループワークで、それぞれ怒りの感情のレベルを知ることができます。

例えば、あるプレーでミスがあったとして、それに対して「どれくらいの怒りを感じるか」を10段階で考えてもらい、他の人が当てるゲームをやります。すると、人によって怒りのレベルにずいぶんと差があることに気が付きます。すると、実際のプレーでミスが起こったときに、どうやってフォローしたり、言葉を掛けたりすればいいかが、人によって違うということが分かります。

ミスがあると、よく「ドンマイ」と声を掛けますよね。声を掛けた人は「気にしないで」というつもりだったのに、ミスをした人はプレッシャーに感じることもあります。それとは逆に、ミスをしても意外と本人は気にしていないなんてこともある。そういうことが見えてくると、自然と相手のことを思いやるようになり、チームとして成長していきます。

ただ、中高生の部活動は本当に全国にたくさんあるので、とても私たちだけでは手が足りません。だから、そういうことを教えられる指導者を育てていくことも大事ですね。

コロナ禍で大会や練習がこれまでのようにできない今だからこそ、そういうことを学ぶチャンスなのではないでしょうか。私も大会が再開できるまでに、もっともっと学びを深めていきたいと思っています。

(藤井孝良)

【プロフィール】

益子直美(ますこ・なおみ) 1966年、東京都生まれ。共栄学園高校入学後、1984年の「全日本バレーボール高等学校選手権大会」(春高バレー)に出場し準優勝。その後、高校生ながらバレーボール女子日本代表に選出される。高校卒業後はイトーヨーカドーに入社して活躍するも、25歳の若さで現役を引退。スポーツキャスターとしての活動と並行して主宰してきた小学生バレーボール大会「益子直美カップ」をきっかけに、今年4月に一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」を設立。代表理事に就任した。

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