国連・子どもの権利委員会 大谷委員長に聞く

国連で子どもの人権が守られているかを審査する「子どもの権利委員会」の新たなトップに、日本人が初めて就任した。弁護士の大谷美紀子委員長だ。2017年から日本人として初めて、同委員会の委員を務めてきた。子どもの権利について理解が浸透していると言い難い日本の現状に、「子どもの権利を認めることは、わがままを助長することではない」と警鐘を鳴らす大谷委員長。子どもたちが日々の大半を過ごす学校では、果たして、彼らの権利を尊重できているのだろうか。大谷委員長の言葉を糸口に、改めて問い直す。


権利の主張は“わがまま”ではない
――2年間の任期で特に何に注力しますか。

日本で「子どもの権利」というと、「必要ないのではないか」「そもそも子どもに権利を持たせるなんて、わがままな振る舞いを助長させるのではないか」など、懐疑的に捉えられることが少なくありません。子どもにも一人の人間として人権があること、それを尊重するのはわがままを許すのではなく、子どもが幸せに暮らすために必要不可欠なことを、少しでも広めたいと考えています。

そもそも日本は海外と比べ、子どもに限らず人権という概念が浸透しておらず、抵抗感を持つ人が多いように思います。声高に権利を主張すると、自己主張が強い人と見られて敬遠されるような傾向にもあります。

子どもの権利を突破口に、日本全体の人権や権利の捉え方がもっとフラットになるよう、働き掛けていきたいです。

――日本は、1994年に子どもの権利条約を批准しました。そこから前進したと思いますか。

子どもの権利という大枠で見ると、さほど前進していないように感じるかもしれませんが、子どもを巡る法律や制度にはさまざまな進歩が見られます。

例えば、私の専門の家族法の分野。親の離婚紛争などに子どもが巻き込まれたときに、弁護士が子どもの手続き代理人として介入する「子どもの手続き代理人制度」が、2013年に施行されました。これにより親との面会交流などルールを決めるときに、子どもの意向や考えがより反映されやすい仕組みになりました

その他にも昨年改正された児童虐待防止法では、親が子どもに対して体罰を加えることの禁止が明記されたり、高校の無償化が整備されたりなど、それぞれの分野を見ていくと、少しずつではありますが、進んできているように思います。もちろん、課題もたくさん残っています。

いまだ学校に残る、間違った思い込み
――学校の中の子どもの権利については、どう見ていますか。

日本は世界的に見て、子どもの権利条約を批准する時期が遅れました。その理由の一つが、学校の反発が強かったからだと聞きます。学校で先生たちは苦労しており、その上、子どもに権利を教えるとひどいことになると不安に駆られたようです。今でもその思い込みは、学校現場に根強く残っているように思います。

数年前、教員免許更新の講習で講師として招かれたことがあります。学校の先生に向けて、子どもの権利条約について講義したのですが、ピリッとした緊張感が漂っていたのを覚えています。いまだに子どもに権利を教えることが、彼らのわがままを助長させることにつながると警戒している先生が多いのかと感じました。

子どもの権利を学校が尊重することは、子どもたち一人一人が伸び伸びと才能を発揮し、彼らが持っている可能性を発展させることにつながります。そして自分の権利を大切にするということは、他の人の権利を尊重するすべを学んでいくことでもあり、社会に出るにあたり必要不可欠なスキルでもあります。

想像してみてください。学校や家庭で権利を尊重された経験を持つ子どもが将来、社会に出ると、その経験をどう生かすでしょうか。彼らが家族を持ったとき、パートナーやその子どもにどう伝えるでしょうか。はるか遠い未来のように思えますが、私たち大人はその可能性を信じて、子どもたちに伝え続けなければなりません。

一方で、学校現場に「子どもの権利条約」を丸投げして、先生方に全ての責任を負わせるのは違うとも感じます。これは学校だけでなく、保護者や地域、社会、全ての大人たちが受け止めなければいけない課題です。

とはいえ、子どもたちは多くの時間を学校で過ごします。世界の学校の好事例を集めたり、現場の先生と意見を交わす機会を設けたりなど、学校と連携した取り組みをしていきたいです。

自分の尊重と、他人の尊重はセット
――先ほど、日本は人権という概念が浸透していないと指摘がありました。

権利を主張しづらいというのは、決して日本だけの課題ではありません。しかし日本ではさらに、他人と違う意見を言うことに対してハードルが高く、輪をかけて主張しづらい環境に陥りやすい傾向にあるのではないでしょうか。

それを少しずつ変えていかなければなりません。

ニュースを見ていると、世界中の若者が立ち上がり、環境問題や世界平和など自分の権利、あるいは他人の権利を訴える機会が増えています。国内でもそれに続き、校則問題をはじめ、子ども自身が声をあげて、主体的に動く様子が目立つようになってきました。

もし自分の教え子や子どもがそうやって立ち上がったら、どうしますか。ある海外の政治家は、気候変動についてデモを起こす高校生に対して「そんなことより、学校に行って勉強しなさい」と発言し、大きな批判を受けました。

教師や保護者、私たち大人がどんな対応を取るかで彼らに示せることがあるように思います。ろくに話も聞かずにはねのけてしまっては、子どもたちは「自分の意見は言わない方が得策」「主張することはわがままと思われる」と学習してしまいます。

彼らの勇気ある声にいかに耳を傾け、受け止められるか。さらに子どもの知識や経験で追い付かない部分をフォローし、心無いバッシングから守ることも大人の役割です。

――そのためには、まず、大人自身が権利や人権について捉え直さなければいけないのかもしれません。

その通りです。

私は大学の講義や講演会で、権利は必ずぶつかり合うものだと説明しています。

他者との間ではイメージしやすいと思いますが、1人の人間の中でも権利はぶつかり合っています。例えばコロナ禍の休校。全ての子どもには、学校に行き教育を受ける権利があります。一方で健康や命を守る権利もあります。

権利を行使するということは、そのぶつかり合いの中で、それぞれのバランスをとりながら、問題を解決に導いていくことです。そうやって社会が多様な意見や視点、個性に溢れ、織物のように重なり、より一層豊かで丈夫なものが生まれるのです。

自分の権利を尊重することは、他人の権利を尊重することにもつながります。今の社会では、その二つをセットにして捉えきれていない人が多いように思います。

もちろん決して簡単なことではありません。しかし、私たち大人が権利を運用し多様な社会をつくろうとする姿を、子どもたちに見せていかなければなりません。

子どもの権利条約が紡ぐ次世代の社会
――子どもの権利の取り組みを始めたきっかけを教えてください。
子どもの権利条約と学校を繋げたいと語る大谷委員長

弁護士になってから、人権問題に関心を持ち、人権教育に力を入れてきました。

弁護士といえば、何か困ったことが起きたときに権利を救済する役割というイメージを持たれがちです。

生活の中でトラブルに巻き込まれたらと、想像してみてください。まず弁護士にたどり着くだけでも大変ですし、裁判にはお金も時間もかかります。裁判の過程で、傷つくこともあるでしょう。

すでに傷ついた人々を救済することはもちろん大切ですが、人権や権利が脅かされない社会をつくることが抜本的な解決につながるのではないかと、人権教育に取り組み始めました。

私の子どもが当時通っていた保育所には、外国籍の園児が何人か通っていました。子ども同士は国籍や見た目の違いなど関係なく、みんな仲良く遊んでいます。一方で保護者同士では、外国籍の人についての偏見ある発言を耳にすることがありました。

幼い子どもたちは何の偏見も持っていません。しかし家庭や社会で偏見に満ちた言葉や振る舞いにさらされると、知らないうちにそれに染まっていき、差別意識が育まれていくのだと改めて気付きました。

子どものうちから人権についてしっかり伝えることで、例え偏った意見に触れたとしても、それに左右されない価値観を育みたいと考えるようになりました。そしてそんな子どもたちが、これからの社会をつくることで、多様性を尊重し、差別のない社会に少しずつ変わってほしいと望んでいます。

――改めて、学校現場にメッセージをお願いします。

18歳未満の子どもは世界の人口の約1/3を占めます。少子化の日本では感じづらいですが、これからの社会をつくっていく担い手は世界にこれほどいるのです。彼らの声や権利を無視して、未来の社会をつくってはいけません。

教壇に立っている教員の皆さんは、未来ある子どもの教育に使命感を感じていらっしゃる方ばかりでしょう。彼らが社会に出るまでの18年間は、自分のことも他人のことも大切にして、自分の可能性や夢に向けて幸せに生きていくすべを学ぶ、とても大切な年月です。

私たち国連子どもの権利委員会の委員も、学校や先生との距離が近くなるよう、さまざまな機会が必要だと感じています。子どもを共通言語に、彼らが幸せに過ごすための手段として、子どもの権利について語り合っていきたいです。また、先生同士でも語り合う機会を設けてほしいとも思います。

(板井海奈)

【プロフィール】

大谷美紀子(おおたに・みきこ)1987年、上智大学法学部国際関係法学科卒業。90年より弁護士。子どもの権利条約について学んだことがきっかけで、人権教育、国連の人権活動、国際人権法に関心を持ち、米国のコロンビア大学国際関係公共政策大学院に留学。弁護士として、また、NGO活動を通して、子どもの人権、女性の人権、外国人の人権問題に取り組む。2017年から、日本人初の国連子どもの権利委員会委員、21年から同委員長。