【益子直美氏(下)】 新しい時代のスポーツの価値

一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」を立ち上げ、アンガーマネジメントをはじめとするコミュニケーションスキルをスポーツ界に広めようとしている元バレーボール女子日本代表の益子直美さん。変革期にある部活動が益子さんの目にはどう映っているのか、日本のスポーツ界はどこを目指すべきなのかを聞いた。(全3回の最終回)

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日本のスポーツが抱えているゆがみ
――今、中学校や高校の部活動が大きな変革を迫られています。
インタビューに応じる益子さん

知り合いに、日本人の男性と結婚して、日本で暮らすようになったイタリア人の女性がいます。彼女の子供は日本の学校に通っているのですが、「日本の中学校はすごいよ。部活動があって、本格的なスポーツを無料で教えてくれるなんて」と話してくれたことがあります。イタリアでは、スポーツはお金を払って地域のクラブで学ぶものだし、そもそも学校には体育の授業がないそうです。

そう言われると、確かに日本の部活動というシステムはすごいと思います。しかし、現実には先生方の負担がものすごく大きくなっているし、暴言や体罰の問題が今も残っていることも、やはり問題です。

オリンピックを見ていても感じるのですが、日本のスポーツはどこか軍隊的で、集団への帰属意識を高めるための道具として捉えられているように思えます。本来、スポーツはもっと選手自身が楽しむもので、そういう姿を子供たちに見せるものであってほしいと思います。部活動を地域に移管する動きが出ているそうですが、そもそもの価値観を転換しないと、日本のスポーツ界は変わりません。

――部活動の大会の在り方については、どう思いますか。

少なくとも、小学生のうちは日本一を決める全国大会はいらないと思います。リーグ戦にして、負けたらそこで終わりではなくて、しっかりと試合の内容を反省し、次に臨めるようにする方が有意義です。

一方、春高バレーや甲子園は学校の広告塔になっているところもあるし、国民的なイベントにもなっているので、今までのやり方を変えるのはなかなか難しいかもしれません。

それでも、全ての選手がプロになるわけではないということは強調しておきたい点です。途中で脱落してしまったり、補欠のままだったりという形で、スポーツとの関わりを終えてほしくありません。

一つのスポーツ競技には、選手と指導者だけでなく、審判やトレーナーなどのさまざまな人が関わっています。レギュラー選手だけでは決して成り立ちません。だから、部活動を通じてプレーヤー以外のさまざまな関わり方を知り、そういう世界に飛び込むことや、そういう人たちをリスペクトすることを大切にしてもらいたいと思います。

二刀流・三刀流のプレーヤーが生まれる環境
――少子化で、バレーボール部がない学校も増えていると聞きます。

小さいうちから一つの競技だけにとらわれるから、競技間で選手の取り合いが起こってしまうんですよね。小中学生の頃は、もっといろいろなスポーツに親しむ方がいいと思うんです。曜日ごとに競技を変えたり、季節によって違うスポーツを楽しんだり。一つの競技だけをやり続けることは、体の使い方が偏ってしまって、けがの原因にもなります。実際に私は、スパイクをするときにずっと左足一本で着地していたので、腰がゆがんでしまいました。

スポーツキャスターとしていろいろなスポーツに関わるようになって、私はバレーボールしか知らなかったのだと痛感させられました。ラグビーの「アフターマッチファンクション」を知り、それをバレーボールの大会にも取り入れたいと考えたのはまさにその良い例ですが、子供のうちからいろいろなスポーツとつながっておくことが、豊かな価値を生み出すことになると思います。

今、バレーボール界でも、普通のバレーボールとビーチバレーを行き来する選手が出てきています。バレーボールの練習にビーチバレーを取り入れる学校もあると聞きました。ビーチバレーは2人制なので、レシーブもトスもスパイクもできなければいけません。加えて砂浜は動きにくいので、見た目以上にハードです。そうした中で、二刀流、三刀流の選手がもっと出てきていいはずなんですよね。

スポーツ指導という麻薬
――改めて「監督が怒ってはいけない」というコンセプトに立ち返ると、部活動の指導者には今、何が求められているのでしょうか。
益子さんが考えるスポーツ指導の未来とは

以前、恩師から「バレーボールの指導は麻薬だった」というとてもショッキングな言葉を聞きました。強くしたくて怒る。子供たちは怒られたくないから頑張る。結果、大会で良い成績が残せて、評価もされて、やめられなくなる。

でも、その代償があまりに多すぎます。確かに、競技の技術は教え込むことができるかもしれませんが、子供たちのメンタルやモチベーションは完全に無視されています。きっと多くの指導者が、内心では「このままではまずいのではないか」と気付いていると思いますが、変えることは痛みが伴うから、なかなか踏み切れないのです。

でも、時代は確実に変わってきています。いつまでも昭和の根性論の殻に閉じこもっているわけにはいきません。指導者による暴言が子供たちの脳にさまざまな悪影響を及ぼしていることについては、すでに科学的なエビデンスがいくつも示されています。昭和の呪縛から解き放たれて、新しいスポーツをつくっていく時期に来ているのです。

「怒ってはいけない」の第一歩
――「怒ってはいけない」というのは、実はスポーツ指導者だけでなく、教師や大人全般にも言えることなのかもしれませんね。
先生にもメンタルの余裕が必要だと話す益子さん

子供と日々接する先生や保護者は、本当に大変だと思います。特に、保護者と子供の間に立たされることもある先生は、ある意味で、オリンピックのメダリストくらい強靭(きょうじん)なメンタルの持ち主だと思います。

でも、どんな選手でも、やっぱりメンタルを崩すことはあります。

子供たちを前に「怒ってはいけない」ようにするには、何よりも大人の側に精神的な余裕がないといけません。今の先生方にはそうした余裕がないので、メンタルの状態が良くないことも多いのではないでしょうか。個人的には、先生が一人で抱え込まないで済むように、メンタルコーチのような存在が校内にいるといいのにと思います。

私も決してメンタルは強くありません。だから、日々のストレスをうまく解消しながら、仕事でもプライベートでも、ワクワクできる時間を大事にしています。それはちょっとしたことでいいんですよ。「今日の子供たちはどんな声を掛けてくれるかな?」とか、そういう「自分のワクワクはこれだ」という楽しみを見つけて、自分を追い込まないようにする。それが「怒ってはいけない」を始める第一歩になると思います。

(藤井孝良)

【プロフィール】

益子直美(ますこ・なおみ) 1966年、東京都生まれ。共栄学園高校入学後、1984年の「全日本バレーボール高等学校選手権大会」(春高バレー)に出場し準優勝。その後、高校生ながらバレーボール女子日本代表に選出される。高校卒業後はイトーヨーカドーに入社して活躍するも、25歳の若さで現役を引退。スポーツキャスターとしての活動と並行して主宰してきた小学生バレーボール大会「益子直美カップ」をきっかけに、今年4月に一般社団法人「監督が怒ってはいけない大会」を設立。代表理事に就任した。

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