子供の自殺防ぐ 「心の健康教育」を

昨年1年間の児童生徒の自殺者数が過去最多となったことを受け、文科省が設置した「児童生徒の自殺予防に関する調査研究協力者会議」が6月にまとめた報告書では、ICT活用によるリスクの高い児童生徒の早期発見や、関係機関と連携したチームによる支援体制づくりに加えて、子供たちを守る「心の健康教育」の充実を強調している。コロナ禍が続く中、改めて学校現場には何が求められているのか。報告書を読み解くとともに、有識者会議の主査を務めた窪田由紀・九州産業大学人間科学部臨床心理学科教授に聞いた。


自殺急増の背景

昨年1年間の児童生徒の自殺者数は499人に上り、前年の399人から100人増えた。特に8月は前年の約2倍に上っているほか、女子高校生は80人から140人に急増した。自殺対策を巡っては、自殺対策基本法の改正を受けて2017年に閣議決定された「自殺総合対策大綱」に基づいて、児童生徒に困難やストレスへの対処方法を身に付けるための教育を進めてきたにもかかわらず、なぜ自殺が急増したのか。有識者会議では、コロナ禍に起きた自殺急増の背景を分析した。

児童生徒の自殺者数の推移

指摘されたのが、子供たちを取り巻く家庭環境と学校環境の変化だ。家庭では「ステイホーム」を合言葉に大人たちの在宅勤務や自宅待機で家庭内の過密化が進み、大人のいら立ちの矛先が子供に向かいやすくなった。子供たちが「居場所がない」との思いを強くした可能性があるとしている。

一方、学校はどうか。一斉休校による長期休業に加えて、運動会や文化祭、修学旅行などが相次いで中止・延期となった。部活動などから得られる夢や目標が失われたのに加え、友人との交流など「息抜きの場所」も失った。さらに悩みを抱える子供たちが学級担任や養護教諭などに相談することも難しくなったと指摘した。

会議の中では、ヒアリングを行ったNPO団体から、「休校中も保健室やカウンセラーなど相談できる体制がほしかった」という子供たちの声も多かったと報告され、有識者が「学校は学び場であるとともに、保健室などが重要な役割を果たしていることが分かった。リスクの高い子を支える居場所として保健室を機能させることも必要ではないか」と意見を述べる一幕もあった。

窪田教授は審議を踏まえ、「学校は悪者扱いされてきた部分もあったが、コロナ禍で、何気ない友達とのやり取りなど学校の日常が子供を支えてきたことが認識された」と述べ、改めて学校の役割が見直されたと指摘している。

GIGAスクール生かし「ICT活用」で早期発見を

コロナ禍が当分続くとみられる中、こうした子供たちの悩みや不安をいかに見つけ出して命を守るか。報告書が打ち出した方策の1つが、「ICTの活用」だ。GIGAスクール構想で1人1台端末が整備されたことを受けて、子供たちの自殺を防ぐ2つのICT活用の方向性が示された。

1つは子供が危機を発信できるSNSによる相談体制の構築。すでに実施されているSNSの相談事例から、悩みや不安を抱える児童生徒は「誰かとつながっていたい」との思いからSNSで相談していると捉えられるとして、相談先の選択肢を増やすことで問題の深刻化を未然に防ぐことができると指摘した。

もう1つは、児童生徒の気持ちの状態・変化を可視化するツールを使って、子供の状況を多面的に把握する試み。心の変化に加えて学習データや生活情報も組み合わせることで、これまで気付かなかった児童生徒の心身状態を把握できるようになり、リスクの高い児童生徒を早期発見し対応につなげる取り組みだ。

有識者会議の審議では、「オンライン化が進む中でICTを活用しない手はない。ただ、個人情報の扱いや、危険のある子を特別扱いせずに接するという教育的な哲学を持つ必要がある」との指摘がなされた。

先進自治体の取り組みは

それでは、学校現場では具体的にICTをどう活用したらいいのか。報告書では、全国の教育委員会や学校現場が参考にできるように、先進的にICTを使っていじめや自殺予防などに取り組む4つの事例を紹介している。

このうち大阪府吹田市では、いじめ防止相談ツール「マモレポ」を活用した取り組みを進めている。かつていじめ事案を学校がキャッチするのが遅れて深刻化させたことの反省から生まれた取り組みで、民間会社が開発したアプリを取り入れた。

吹田市が導入した「マモレポ」の画面

端末に表示されるイラストから、「誰が」「どんなことを」「どこでされたか」をクリックして進み、最後に学校か市教委を選んで、いじめなど困っていることを送信できる。3月から導入し、2学期からの本格運用を目指しているが、すでに子供たちから数件の相談が寄せられているという。

吹田市教委学校教育室の薬師川晃参事は「せっかくGIGAスクールで端末が配布されるのだからと導入を決めた。子供たちが気軽に相談できるツールとして、いじめ以外の相談も含めて、きっちり学校で受け止めていきたい」と話す。

また、東日本大震災以前から全国に先駆けてICT教育の充実に取り組んできた福島県新地町は、市内の小中学校で年に2回、いじめや不登校も含めた学校生活について児童にたずねる「WEBQU」というアンケートを実施し、子供の状態の把握に努めている。

新地町の「WEBQU」の画面イメージ

このアンケートに加えて、学校に整備された校務支援システムから得られる児童の保健室の利用状況や出欠状況、さらにタブレットでの児童同士のコメントのやり取りなどから、児童の友達関係も可視化できる。こうした複数の情報から、リスクの高い児童生徒の早期発見につながっている。

文科省は個人情報の扱いなど情報セキュリティー対策を万全に行い、どの範囲まで情報を共有するかといった検討をした上で、ICTを活用してほしいと学校現場に呼び掛けている。もっとも、ICTでできることはリスクの高い子供の早期発見までだ。

窪田教授は「ICTによって言いにくかったことがつぶやきやすくなることは確かだが、そのサインをいかにきちんと受け止めるかが重要だ。過去には子供からのサインがスルーされて悲惨な結果となった事案も起きており、教員がしっかり受け止めて共有することがより大切となってくる」と強調する。

連携によるチームの支援体制づくりを強調

そこで報告書が学校現場に求めているのが、関係機関との連携強化だ。特に「自殺の問題は専門家といえども1人で抱えることができない」と指摘し、チームで支援する体制づくりが必要だと強調している。

主査を務めた窪田九州産業大学教授

「進路の悩み」「親子関係の不和」「経済的な問題」など子供を巡る問題が複雑化する中、学校や家庭だけでは子供を支えられないとして、医療や心理、福祉といった校外の関係機関に協力を求めるべきだとしている。さらに連携にあたっての留意点として、▽関係機関それぞれの活動内容への基礎的知識を持つ▽日頃から顔の見える関係をつくっておく――などと具体的な関係づくりの進め方も示した。

窪田教授は「関係機関との連携という言葉は何十年も言われてきたが、現場はどこにつないだらいいのかという悩みがある。先進的な学校で配置されている『教育コーディネーター』のような要となる人材を校内に配置して、地域や関係機関とのネットワークを築いて機能させていくことが重要だ」と指摘する。

しかし、学校現場の多忙化が進む中で、要となる人材をどう配置したらいいのか。「例えば専任教員の中には大学院で心理学を学んだり、臨床心理士の資格を取得したりしている方もいる。そういう方の授業負担を減らしてコーディネーターを務めてもらい、再雇用の教員に授業を受け持ってもらう形も考えられる。文科省がこうした人の配置や制度を構築できる支援をしていくことも大切だ」と窪田教授は助言する。

最も大切なのは「心の健康教育」の推進

ICTの活用に関係機関の連携強化。報告書では児童生徒の自殺を防ぐこうしたキーワードが示されているが、最も強調したいことは、児童生徒への「心の健康教育」の推進だと窪田教授は話す。

文科省が報告書に併せて全国に通知した文書でも、まず学校現場に求めているのは「SOSの出し方に関する教育を含めた自殺予防教育の推進」だ。文科省はこうした授業を通して児童生徒に、▽チェックリストなどを使って自身の心の危機に気付くこと▽心の危機を1人で抱え込まず、友人や教員や相談機関など、他者の援助を求めることの重要性を知ること(援助希求的態度の促進)――を身に付けさせてほしいとしている。

同省児童生徒課は「子供の発達に応じて、コミュニケーションの取り方や命の大切さをきちんと教えないといけないことを、かみくだいて説明した」と語る。

自らの命の大切さを認識し、心の危機に気付いたら他者に援助を求めるとともに、友人の危機に気付いたら同じように受け止めて信頼できる大人につなぐ。そうした心の健康を育むことで、児童生徒が自殺を選ぶことのない社会を作り上げるのが狙いだ。こうした取り組みを進める上で何が必要か、窪田教授は学校現場へのメッセージを語った。

「教員には特別なことではなく、児童生徒がSOSを発しやすい下地づくりの教育や、子供に寄り添う環境づくりに普段から取り組んでいただきたい。温かい言葉を掛け合って信頼関係をしっかり積み上げていくことが、不登校やいじめなどの予防にもつながり、より健全な成長発達の支援にもなることを理解して取り組んでほしい」

 

(山田博史)

 

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