【塩瀬隆之氏】 理想の学校は“バーバパパのがっこう”

理想の学校は学びの選択肢がたくさんある『バーバパパのがっこう』――。今年4月に開校した不登校児専門の学校・岐阜市立草潤中学校の除幕式で、こんなスピーチが反響を呼んだ。発言の主は、京都大学総合博物館の塩瀬隆之准教授。全国の学校で講演会やワークショップを実施し、「好奇心の前には皆平等」をモットーに、子ども主導の学びの必要性を訴えている。(全3回の1回目)

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子どもに「自分で選ぶ」経験を
――草潤中学校でのスピーチで、理想の学校について絵本『バーバパパのがっこう』を例に出し、学びの選択肢の必要性を指摘されて話題になりました。

オンラインで取材に応じる塩瀬准教授

学校の中に、学びの選択肢が複数あることはとても重要です。子どもたちは自身で選ぶことで納得感を得ますし、その積み重ねが自己肯定感につながっていきます。

現状の学校は、目をつぶって口を開けた子どもたちに、学びという“おやつ”をスプーンで口に放り込んでいる状態にも思えます。もちろん、おいしいと感じるときもあるでしょうが、違う味を味わいたいときもあるでしょう。与えられたものだけを与えられた順序で、我慢しながらぱくぱくと食べることだけがよしとされ、それができない子どもはまるで駄目な子とレッテルを貼られる。学ぶことを嫌いに思う子どもを増やしている現状は、非常にもったいないように思います。

出会うタイミングが違ったり、自分で選んだりすれば、その学びを楽しめたかもしれないからです。無理やり食べさせられたり、全体像も何も知らないまま食べさせられたりするより、もっと正しく出会えれば、心から学びを楽しめる子どもが増えることでしょう。

大人に比べ、子どもは自分で何かを選び取る経験が不足しています。特に小中学生は、決められた教科と決められた時間割の中だけで生きており、「自分で選ぶ」という手段があることすら知らされないままの場合もあります。この世界には選択肢が溢れていることを、教師をはじめ私たち大人は、子どもに伝えていかなければなりません。

文系・理系の分断は無意味
――現在の活動について教えてください。

大学では学生に、コミュニケーションデザインを教えています。相手に気持ちや情報をうまく伝えるために、どのように意思伝達を図り、周辺環境をつくり上げていけばよいかについて、学生と共に考えを深めています。

私はもともと、ロボットと人間のコミュニケーションに興味をもって研究をはじめました。大学院では、自閉症の子どもとおしゃべりするコミュニケーションロボットのプロジェクトにも参加していました。

その他に、ロボットと共存する社会づくりを切り口に、テクノロジーを取り入れた仮想社会で子どもたちが職業体験をする「ミニフューチャーシティ」という取り組みも立ち上げました。ドイツが発祥の学びの場「ミニシティ」に、デジタルを掛け合わせたものがこのプロジェクトです。

子どもたちは電子マネーやロボットを駆使しながら、小さな仮想の街に必要な仕事を成り立たせていきます。顧客から需要がなく、赤字になれば倒産することもあります。過度にロボットなどデジタル技術の台頭を恐れるよりも、どうすればロボットと共存していけるのか、その仕組みを体験していくのです。

また、児童生徒や教員向けの講演会やワークショップも、頻繁にお声掛けいただいています。

――講演会やワークショップでは、どんなテーマで話をするのですか。

全国の学校で児童生徒や教員に向けて、ワークショップを行っている(本人提供)

子ども向けの講演で、一番よく話すのは理系と文系についてです。高校で講演するときは、進路選択に悩んでいる生徒に向けて「文系と理系に人生を二分するのに悩むことほど無意味なことはない」と伝えています。

世の中は理系の知識だけ、文系の知識だけで解決できる課題ばかりではありません。両方の視点から挑まなくてはならないものの方が、圧倒的に多くあります。どちらか一方の知識では解決どころか、問題をより複雑にすることすらあります。

しかし今の学校の仕組みでは、文系の人が数学や科学に極端に苦手意識を持っていたり、理系の人が理数科目だけを妄信してしまっていたり、文理が断絶し、境界をまたいだ横断的な学びの機会を逃している状態がよく見られます。

言うまでもなく、主な原因の一つは、受験だけを考えたときに効率がよいとされる履修方法にあるでしょう。受験の戦略という観点での選択は構いません。せめて生徒は、その仕組みの下で選ばされているという事実を受け止め、人生を二分するという誤解は払しょくしてほしいと思います。自らの好奇心を大切にして、自分の学びを広げていける人間になってほしいと、願いを込めて話しています。

生徒からの反響が最も大きいのも、このテーマです。高校生は大人が思っている以上に、進路選択について真面目に思い悩んでいるのです。講演後に「理系と文系で人生を半分に分けなくていいんだと安心しました」と感想を述べてくれる生徒のなんと多いことか。

「あなたはSociety5.0人材ですか?」
――講演会やワークショップのテーマを決めるときは、どんなことを基準にしていますか。

私の座右の銘は、「好奇心の前には皆平等」。自分で勝手に名言っぽく連呼しているだけですが、楽しいと自分で気付けたことなら、あらゆるブレーキに負けずに勝手に学びを深めていけるはずという想いを込めています。講演会やワークショップに登壇するときは、参加者が自分の好奇心に気付き、学び始める状況をいかに生み出せるかに重きを置いてテーマを選んでいます。

もちろん、先方からテーマをリクエストされることもありますが、そのリクエストが先方にとって本当にやりたいことかどうかを問い直すところからスタートします。

最近、教委や教員向け研修会などでよくリクエストされるのが、「Society5.0人材をどう育成するか」についてです。そういうときは、タイトルとしては不本意なのですが、まずはそのまま受け取ります。

そして当日、最初に会場の参加者に向かって「この中でご自身がSociety5.0人材だと思う人は手を上げてください」と呼び掛けます。しかし、誰一人、手は挙がりません。続いて「では、ご自身がSociety4.0人材の人、あるいは最近見かけたという人は手を挙げてください」と声を掛けてみますが、それでも手は挙がりません。

そこで、「皆さん、見たことも会ったこともない人を育てようとするなんて、無責任ではないですか?」と問いを続けます。そして「こんな不十分な認識のままで教育を議論するのは、もう終わりにしましょう」と言って、やっとここからが講演会のスタートです。

教育に関わる人たちが、子どもたちのことを考え、その障壁となる問題解決に向けて必死で取り組んでいるのは紛れもない事実です。しかし、問題そのものをきちんと見極めていないまま、その場しのぎで動いてしまっている側面もあるように思います。決して悪くしようと動いているわけではないのに、考えた気になって思考が止まっているわけで、それでは一向に状況が改善しません。

講演会やワークショップでは、大人に向けても子どもに向けても、それを是正するための力が自分自身に備わっていることに気付いてもらえるような仕掛けを準備しています。そして「問い」によって、それぞれが自力で自分の力を引き出せるよう尽力しています。

「やりたいこと」に理由はいらない
――現状の学校で、子どもたちの好奇心は刺激されているでしょうか。

私の所に寄せられる先生方の相談の中には、小中高と学齢が上がっていくにつれて、児童生徒はやりたいことや好奇心がなくなっていくというものがあります。どうすれば子どもに好奇心を与えられるか、というような表現で質問を受けることもあります。

しかし、好奇心のない人間はそもそも存在しないはずです。みんな表に出せず、隠し持ってしまっているだけなのです。現状の学校は、子どもたちが好奇心を隠さざるを得ず、やりたいことを口に出すことがよしとされていません。幼稚園の卒園式では上を向いてキラキラと目を輝かせていた子どもが、小学校、中学校、高校と学齢が進むにつれてだんだんと下を向き、暗い目になっていくような印象も強ち間違いではないのかも知れません。

子どもたちが幼い頃の輝いた目を持ち続けるために、何が必要でしょうか。私は「したいこと」「できること」「やるべきこと」の3つの関係性が非常に大切だと思っています。

子どもたちには、本当は自分の「したいこと」があるはずなのに、教師や保護者から「それをやって意味があるのか」「最後までやりきれるのか」などと、プレッシャーを与え続けられています。その結果、「やりたいこと」よりも「できること」や「やるべきこと」を優先させ、周りに良い評価をされるためにだけ行動をするようになっているのです。

この話を高校生向けの講演会ですると、生徒から「そんなこと言っても、好きなことだけしていたら、食べていけないじゃないですか」と指摘されることがあります。

そんなとき私は、「でも君たちは、実際にやってみたことないでしょ? 食べられないというのは、あくまで想像でしょう?」と切り返します。高校生は、好きなことをして生活できなかった経験をしているわけでもなく、ただ周りの大人たちから口を酸っぱく何度も言われているうちに、自分でもだんだんと事実のごとく誤認しているだけなのです。

――大人の良かれと思ったアドバイスに引っ張られているのですね。

転んではいけないと、ずっと補助の手がひっついたまま、一瞬たりともコケることが許されない状況のまま、大人になるようなイメージです。本来は、理由を説明せずともチャレンジできることこそが、好きなことに取り組む醍醐味(だいごみ)ではないでしょうか。

今の社会は何かにつけて、大人だけでなく子どもにすら、何かをすることに説明や根拠を求める風潮があります。しかしエビデンスを求める人の多くは、相手の考えに納得するためにそれを要求しているのではなく、むしろ実行しない理由付けや、否定するために要求してくることすらあります。

「それは駄目だ」「それでは足りない」「将来どうやって食べていく気だ」……。子どもたちの「やりたい」を無理だと突っぱねるために、大人たちがエビデンスを誤用しているように見えて仕方がありません。

子どもたちには、まず自分の「やってみたい」という好奇心を最優先にして、その後のことは挑戦してから考えるという手順で学びを進めていってほしいですね。そして教員を含めた私たち大人は、彼ら彼女らが好奇心を堂々と披露できる環境をつくらなければなりません。

 

(板井海奈)

【プロフィール】
塩瀬隆之(しおせ・たかゆき)京都大学総合博物館准教授。1973年生まれ。京都大学工学部卒業、同大学院工学研究科修了。博士(工学)。専門はシステム工学。2012年7月より経済産業省産業技術政策課にて技術戦略担当の課長補佐に従事。14年7月より大学教員に復職。小中高校におけるキャリア教育、企業におけるイノベーター育成研修など、ワークショップ多数。17年度文部科学大臣賞(科学技術分野の理解増進)受賞。著書に『インクルーシブデザイン:社会の課題を解決する参加型デザイン』、『問いのデザイン』(共著)など。文科省中央教育審議会理数探究専門チーム委員、2025年大阪・関西万博政府日本館基本構想有識者ほか委員多数。

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