大学入試の提言を読む 低所得層への意識が足りなかった(末冨芳)

2025年以降の大学入学共通テストでの英語4技能試験と記述式問題の導入について、文科省の検討会議が「実現は困難」とする提言をまとめた。これを受け、文科省は8月にも導入の断念を正式に決める。一昨年、高校生や学校現場を含め、導入反対の世論が広がった背景には受験機会の公平性や経済的・地域的格差への懸念があり、検討会議の議論でも大きな焦点となった。インタビューの2回目は、経済的に困難な条件などを抱える子どもへの配慮が不十分だとして導入に反対し、「実質的公平性」の必要性を強調した検討会議のメンバー、末冨芳・日大教授に聞いた。

末冨教授は「経済的に困窮状態にある若者にとって、共通テストに英語民間試験が導入されれば、非常に不利になる恐れがあった。それが分かっているのに、経済的に困難な若者への十分な補助もなかった。それが反対の最大の理由だ」と説明。検討会議の提言に、大学入学者選抜の原則として「実質的公平性の追求」という理念が盛り込まれたことについて、「困窮状態の子供や若者は、そうでない人と比較し幼少期から学習意欲や授業理解が十分でなく格差が拡大していく。それを改善したくても、現状では、どれぐらい改善できたかが分かる指標が十分に整っていないので、必要な対策がとれない。今回、理念として明確に位置付けられたことで、今後はどれくらい実質的に公平なのか、格差改善が実現できているのか実態調査をしやすくなり、教育政策の意思決定に反映できるようになる」と意義を語った。

 (聞き手・教育新聞編集委員 佐野領)

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経済的に困難な子どもにとって不利なゲームになる
――提言をまとめた文科省の「大学入試のあり方に関する検討会議」に関わるようになったきっかけを教えてください。

この検討会議に関わることになったのは、おそらく内閣府の「子供の貧困対策に関する有識者会議」の委員だったからだと思います。英語民間試験は受験料が高い。しかも、事前に何度も試験を受けた方が有利になる。高大接続改革の議論が進んで、共通テストで英語民間試験を利用するとなったとき、内閣府の有識者会議でも「そんなことをして、大丈夫ですか」という問題発信は、2018年ぐらいからずっと行ってきました。

私は、子供の貧困対策などを支援する公益財団法人あすのばの理事もしているので、共通テストを受ける世代の若者から話を聞くと、経済的な理由から「英語民間試験を受けられないのではないか」という心配があった。「自分の年齢はギリギリ大丈夫だけど、弟妹のときには無理かも」という声もあった。そうした疑問を内閣府の会議等で文科省に確認したら、その度に「検討します」という説明でした。

「これはもう止めるしかない」と思ったのが19年8月に概算要求が出たときです。文科省は、共通テストに使う英語民間試験について、離島と中山間地の子供への補助を予算要求していましたが、低所得世帯への補助がありませんでした。内閣府の有識者会議であれだけ要求していたのに、英語民間試験の受験料が壁となって、共通テストの受験機会を奪うことになったわけです。

――そのタイミングは、学校現場を中心に共通テストの見直しを求める世論が一気に高まった時期でした。19年7月に全国高等学校長協会(全高長)が共通テストでの英語民間試験の活用について「生徒が希望する時期や場所で試験を受けられる見通しが立っていない」「受験に対して地域格差、経済格差があり、その対応が不十分である」として、文科省に対応を求める要望書を出し、そうした問題が解決されないとして9月には英語民間試験の活用延期を求めています。一方で、経済的困窮者向けには、英検準2級6560円、GTEC5460円など通常の英語民間試験よりも割安な料金設定がありました。これでは不十分だったのでしょうか。

はい。そのときに高校生たちも言っていたのは、当たり前のことですが、テストは受ける回数が多いほど習熟できるということです。それは今までもある格差です。例えば、予備校の試験を何度も受けられる子供と、そうではない子供ということも含めて、今までもある格差がますます開いてしまう。しかもそれが共通テストという大学入試に、直接影響を与えてしまうわけです。これが「止めるしかない」と考えた理由でした。

ただ止めるにあたっては、私も経緯を確かめるべきだと考えて、文科省に「なぜ補助できなかったのですか」と聞いたら、誰もちゃんとした返事をしてくれない。文科省がそもそも財務省に予算要求をしたのかどうかすら判明していない。共通テストでの英語民間試験の活用は政治家マターで、官僚には何が何でもこれをやらなきゃいけない、という熱意もなかったのではと懸念することにもなりました。

ただ、あのまま共通テストで英語民間試験が活用されることになれば、低所得世帯の子供たちは共通テストを受けることができなくなって、事実上、私立大学に行くしかなくなる。国公立大学に行くためには、ものすごく倍率の高い推薦を通るか、そうでなければお金のかかる英語民間試験を共通テストの一環で受けるしかない。そうなれば、低所得世帯の子供たちにとって、ものすごく不利なゲームになることが分かっていました。大変なことになると分かっているのに、誰も熱意がなく見過ごされてしまった。だから、文科省が概算要求を出し終えた19年9月以降、直接止めるアクションをとりました。

19年9月に「子供の貧困対策に関する大綱」が閣議決定されて、そのときに、20年4月から高等教育の無償化が本格導入されるのに合わせて、生活保護世帯からの大学進学率が子供の貧困指標に入っています。高等教育の無償化が始まる直前に、低所得世帯の子供たちから大学進学の機会を奪うような、効果が相殺しあう政策を同時に文科省は導入しようとしたわけです。そうした問題意識がないこと自体が、文科官僚としてはあり得ないことです。

教育の機会均等は、教育基本法第4条に規定されています。文科官僚ならば、そのことは誰でも知っており、教育基本法の精神の実現のために職務を遂行しているはずです。それなのに、教育基本法を無視した政策をよくもやらせたものだし、概算要求もしなかったものです。

こうした共通テストでの英語民間試験の活用を巡る政治と官僚の動きは、子供の貧困問題や、教育の機会格差問題に対して、何の真剣な問題意識もアクションもないということを思い知るには、私にとって十分でした。

英語民間試験の導入は勝ち組の入試改革
――文科省の政策決定プロセスについては、検討会議の提言でも「意思決定に当たっては、理念や結論が過度に先行し、実務的な課題の解決に向けた検討が不十分にならないようにする必要がある」「課題の解消が難しいと判断される場合は工程を見直したり、他の方策の適否を検討したり、必要な場合は理念まで再度遡って検討したりするなど柔軟な姿勢で臨む必要がある」と、厳しく指摘しています。

高大接続改革について、文科省は学力の3要素にとらわれ過ぎていて、カリキュラム論と理念論が優先しすぎ、実態の検証やデータの分析があまりにも不足しています。今の中教審も同様の課題を抱えています。

受験料補助はお金がかかるので、本来は最初に検討されるべきことです。財務省はすぐにはうんと言いませんから、それこそ政と官の力を挙げて何年も頑張らなければ通らない。それなのに、受験料補助を議論する会議体もなく、例えば中教審での正式な検討すらされてない。

これは高大接続改革の政策決定に関わった全ての人たちに、いかに低所得層への意識がないか、ということを示しています。官僚だけでなく政治家もそうだったのだと思います。子供や若者の教育機会と言いますが、低所得家庭にとってはあまりにも冷たい仕打ちです。

低所得の子育て世帯に対して、国際的に見て、明らかに補助が少ない中で、その構図を無視して共通テストに英語民間試験を導入するのは、はっきり言えば、勝ち組のための入試改革にすぎないわけです。厳しい状況にある子供や若者は、ますます切り離されていくだけではないですか。

――財政当局のロジックとしては、大学に進学するのは高校卒業者の6割ぐらいであって、共通テストの必要経費には、全国民が受益者となるべき公共政策として国費を使うべきではないという考え方があります。共通テストでの英語4技能試験についても、数百億円の国費を投入して大学入試センターで時間をかけて大学入試に適した試験を作ることも一つの選択肢でしたが、それは検討段階から、そもそも大学は高卒者全員が進学するわけではないので、国費投入は難しいという議論もあって実現しませんでした。

それは財務当局の思い違いだと私は思っています。そもそも高等教育人口の増加と高等教育の質的向上なしに、日本は国際的な激しい経済成長の中で生き残れない。高等教育に投資し大学修了者を増やさなければ、失業リスクや健康リスクの高い労働人口が増加し、税収にもネガティブインパクトがあります。高等教育進学が失業や健康などのライフリスクを下げることは、日本を含む先進国ではエビデンスが確立しているといって良い状況です。大学への投資は税収確保とともに社会保障費の抑制にもつながります。民間シンクタンクからも、特に低所得層への教育投資に対しては、かなりの社会的メリットがある、という指摘があります。

――そうした考え方もあって、2019年10月の消費税増税に合わせて、当時の安倍晋三政権は教育の無償化に取り組んだのだと思います。その中の高等教育無償化では、大学入試の関連費用も算定されています。ただ、予備校の模擬テストや英語民間試験を繰り返し受ける費用や、いわゆる滑り止めの大学への入学金まで見込まれているわけではありません。この状況は、大学入試の実態に合わせた支援策にはなっていないということでしょうか。

教育の無償化をしたところで、その前にある受験機会の格差がクリアできなければ、本来、大学に進学するはずだった受験生に対する支援ができないはずです。本来であれば大学に行けて、無償化のもとで学び、社会に出て活躍し、納税するはずの若者たちが、受験の段階で大学に行けずに、不本意就労したり、あるいは非正規就労になってコロナ禍の中で失業したりするわけです。不安定な雇用が続いて心身を病み、やがて生活保護に転落するケースもあります。それが社会的なコストになってしまう。

そうした悪循環が見えているからこそ、教育の機会均等について、これだけ強い熱意を持って言っているわけです。マクロ経済の観点からも、何ら不正義ではない。エビデンスもある。むしろ日本全体の経済成長に対してという意味では正義ですらあります。

実証データに基づき、望ましい意思決定をやり直す
――萩生田光一文科相が共通テストでの英語民間試験と記述式問題の導入見送りを決め、「大学入試のあり方に関する検討会議」が設置され、そのメンバーに選ばれました。それから1年半をかけて提言がまとまった。この検討会議の意義をどう考えていますか。

会議が始まるに際して、委員にどのような人が選ばれているかが、決定的な意味を持ちます。問題となった英語4技能試験の専門家が一人しかいなくて、記述式問題の専門家に相当する委員も少なかった。私も文科省にその分野の委員を「増やした方がいいのではないですか」と見解を述べ、委員構成に変化はありませんでしたが、意見聴取として会議にお招きいただいた有識者の構成にはご配慮いただいたと理解しています。

基本的には、文科省にとっても運営が難しい会議であったことは言えると思います。私も非常に困りました、何を議論すればいい会議なのか分からなかった。委員の構成を見た段階で、英語民間試験と記述式の内容論には入れないことが分かった。同じように、これらの選抜方法が学力論として正しかったかどうかについても、本格的な議論はできないわけです。

――平たく言ってしまえば、導入見送りを決めた萩生田文科相の判断を追認するための会議だったということですか。

委員の中には、記述式試験自体の賛成派もいましたし、英語民間試験の共通テスト利用を強く主張する委員もいました。単なる追認機関ではなく、異なる立場の委員の対立や緊張を前提とした検討が行われたと考えています。とはいえ多くの委員にとっても、それぞれの立場や入試制度としての信頼性や公平性、受験生に果たすべき責任などを考える中で、難しい会議だったと推察しています。私だって、やりたいかやりたくないかで言えば、やりたくないに決まっている。ただ、やりたくない中で、なすべきことを考えた結果、望ましい意思決定をやり直すことと、子供たち、特に困難な状態にある子供や若者が置き去りにされないような政策理念を打ち立てることに注力する方がよかろうと考えました。

あとは検証です。今の大学入学者選抜で大学を受験している人たちがどういう人で、どういうふうにして、何人入学しているのか。本当に英語4技能は共通テストとして必要なのか。こうした実態の検証に基づいて、意思決定をやり直すのが一番いいと思いました。だから、本来最初にされるべきだった入試実態調査をすべきです、という整理をしました。

また政策理念としては、置き去りにされていた教育の機会均等とか、利益相反ルールのような公平性や透明性の部分を、手続きとしても、そして提言に盛り込まれることも意識しながら重要性を主張していきました。

反対派の専門家の意見も聞く、高校生、大学受験経験者の声も聞く。障害のある方たちの当事者団体からもヒアリングを行いました。そうしたステークホルダーの意見を聞くことすら、これまでの高大接続改革では十分になされてなかった。

こういうことも含めて、ちゃんと実証データとステークホルダーの意見聴取に基づいて、望ましい意思決定をやり直すしかない。それも実現可能かどうか、受験生にとって信頼できる公平な制度か、という視点から意思決定ができないと、入試には混乱が生まれる。それは共通テストだけではなく、あらゆる入試がそうです。

――今後は各大学が個別試験での対応を迫られることになります。

大学側はこれ以降フォローアップを受けることは分かっているはず。例えば、入学金や入試形態も含めて今後調査を入れていくことは、提言で方向性が示されました。今まで比較的聖域とされていた大学入試の入学金や受験料に対しても、国として調査を入れるところまで多分きている。そういう意味で、大学側もこれで収まったとは思ってないはずです。

大学入試や入学金の在り方を含めて、大学の社会的な存在意義をもう1回問い直すことにもなっていくでしょう。格差拡大装置としてなんの進化もしないのか、それとも実質的公平性実現のために進化するのか、超少子化の加速の中での大学サバイバル競争としても興味深く見守っていくことになると思います。

2020年12月に入試実態調査「大学入学者選抜における英語4技能評価及び記述式問題の実態調査の結果」の結果が出てきました。この結果は提言の方向性に対し大きな意味を持ちました。結局のところ、大学側は共通テストで英語4技能試験や記述式が必要だとか、ほとんど思っていなかったわけです。

もし、これまでの高大接続改革の議論でこの結果が出ていれば、おのずから選択しうる政策オプションが違っていた。結局、各大学の個別入試の改善を促進するしかない、という今回の提言と同じ結論に落ち着いたはずです。それなのに共通テスト化にこだわったことが、多分一番の間違いだったと思います。

格差が開いたまま戦わせることが公平なのか
――検討会議の提言には「実質的公平性の追求」が大学入学者選抜に求められる原則の一つとして明記されました。会議の最後に、この意義を強調されたことが印象に残っています。この実質的公平性を大学入学者選抜で確保するには、どのような方策があると考えていますか。

日本大学では実は地方の附属からの入学者に推薦枠や学生寮確保の支援策を準備しています。児童養護施設や生活保護世帯の出身者に対しては、専用の推薦枠や総合選抜の枠を設けている大学がいくつかあります。それをもっと一般的なものにした方がいいと思っています。地理的に都会の大学への進学が難しい若者や困窮状態にある子どもにターゲティングした枠があった方が、日本の場合にはアクセスはしやすいと考えるからです。

いまの日本では、個別試験で競うには、困窮状態の子供や若者は幼少期から十分に格差が開いている状態です。幼少期からトレーニングを受けてきたエリート層と、そんなトレーニングを受けたくても受けられなかった困難層を同じ土俵で戦わせることが、公平なのでしょうか。

同じ土俵で戦わせるのであれば、生まれた直後から児童手当を手厚くし、教育バウチャーで学校外の教育機会も保障し、就学前教育では困難を抱えた保護者と子供に対する支援やケアを充実し、義務教育では厳しい状況の子供たちに対して教員や専門職を手厚く配置しながら学力格差を拡大させないようにする必要がある。同時に医療的な支援とか、あるいは保護者の生活の支援も入れながら、家庭の下支えをしなければいけない。

そうやって幼少期から高大まで支援をつないでいって初めて、低所得層に生まれた子どもは同じ土俵に乗れます。今の日本がそんな状況になっていると思いますか。そういう状況になれば、特別な枠は必要なくなります。私は本来、それが一番望ましい状態だと思っていますが、今すぐ実現可能とは思えません。

――それは現実にはできないでしょうね。

例えばカナダは政策的に実質的な公平性(Equity)を教育政策の理念として掲げ、国際的にも格差縮減に成功している国の一つです。日本はできないわけじゃなくて、できるのにやってないだけです。そうやって最初から諦める、最初から取り組もうとしない政治家や官僚、大人たちが多いから、日本はこんな国になっているのです。

それは実質的公平性という理念を、今回大きく打ち出した一番の理由でもあります。知らない、検証しない、理解しようとしないから、日本はいつまでたっても格差や貧困が維持され、かつ拡大する国になり果ててしまっている。

そうではない国を目指すのが、教育の機会均等を教育基本法に規定する政府や大学の責任ではありませんか。少なくとも私学助成や国立大学運営費交付金をもらっている大学であれば、教育の機会均等のために全力を尽くすべきです。このまま放置しておいても、何も変化は起きません。多くの子供や若者が夢を絶たれ、時としてこの国のことを呪(のろ)い、諦めて社会に貢献する意欲もなく生きていかなければならない状況を続けるのですか。そんな社会でいいわけがない。

「実質的公平性」のルールによって、行動を縛ることが大切
――この実質的公平性は、大学入試だけに関係するわけではないと思います。いま日本の政策の中では、どの程度確保されていると考えていますか。

まず、確保されているかどうかを測る指標が不十分なのです。例えば、貧困層と非貧困層の子供たちの間でテストスコアのギャップを示す学力ギャップスコアや、朝食欠食率など、他の先進国で広く利用されている指標がありますが、これらは「子供の貧困対策に関する大綱」を作ったときに、内閣府と文科省に却下されました。

また、「子供の貧困対策に関する大綱」には、生活保護世帯からの大学等進学率が子供の貧困指標に入ったわけですが、大学等に進学したくても受験を断念した人が何人いるか、これが分からないのです。改善を図るためには、どれぐらい改善できたかが分かるための指標を国が位置付けないとだめです。

今回の提言で「実質的な公平性の追求」という理念が明確に位置付けられたことで、「どれくらい実質的に公平なのか、分からないから調査しましょう」という言い方が可能になります。そういうロジックで動けるようになることが、提言に盛り込んだ意義です。これから先は、実質的公平性をいかに文科省で流通可能な用語にしていくかが、大事なところです。

――実質的公平性という理念が確立されていくと、教育現場にどのような変化が起きると思いますか。

いま急速に少子化が進んでいますが、これは大学が実質的な公平性の実現に積極的に取り組んでいく誘因(インセンティブ)になります。結局、受験生市場の成長余力があるのは、地方だったり、女子だったり、あるいは移民層です。非伝統的学生と呼ばれています。そういう学生を拡大しなければ、大学は生き残れなくなっていきます。

実質的な公平性を実現するために、大学入試の工夫や変革に取り組んでほしい。そのための支援策の必要性も提言には盛り込まれています。

――提言では、記述式問題の出題や英語4技能の育成・評価とともに、多様な背景を持つ学生の受け入れ、入学後の教育との連動や文理融合に取り組んだ大学に対して、「インセンティブの付与を検討すべきである」と記しています。

大学が本気で生き残りたければ、受験料や入学金の支援も含めて、インセンティブを利用して非伝統的な学生に対してちゃんとアプローチしていけるかが、特に学校法人にとって生き残りをかけた勝負になっていくでしょう。

インセンティブは良いことだからやるのではなくて、経済学では、組織や人間の行動を一定の方向に誘導するためのルール設定をすることも意味します。そうやって実質的公平性というルールを導入し、各大学でその実現方策を検討したり行動が変わったりしていけば、マインドは浸透していきます。まず、ルール設定をすることが一番大切だと思っています。

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