【おいしい給食】 「本物」が児童の心を動かす

 コロナ禍で給食指導に多くの学校が困難を抱える中、東京都武蔵村山市立第七小学校では給食中に児童の笑顔が絶えず、なおかつ残菜も減っているという。給食指導の全体を仕切っているのは、栄養教諭の吉村康佑氏。あの手、この手を使って、児童の食に対する興味関心をかき立てている。子どもたちに「本物を見て、体験してほしい」と強調する吉村教諭の給食指導の様子を取材するとともに、インタビューを通じてこれからの給食指導の在り方を考える。(全3回の1回目)

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コロナ禍でもワクワクする給食

 コロナ禍の影響で、学校の給食風景は一変した。子どもたちには黙食が求められ、賑わっていた教室も今ではしんと静まり返っている。しかし、第七小の給食の時間は少し違う。もちろん、食事中の会話や行動に制限はあるが、教室は温かい空気と児童たちの高揚感に満ち溢れている。

この日の給食。特にキムチチャーハンが人気だった

 3年1組の教室。同校の栄養教諭である吉村教諭が、児童に語り掛ける。「今日のメニューはキムチチャーハン、ワカサギのいそべ揚げ、ビーンズサラダです。みんなワカサギって見たことある?」。給食を前にした児童たちは、首を傾げたり、つぶやいたりと、興味津々の様子だ。

 そのタイミングで、「みんなに見せたくて、本物のワカサギを持ってきました!」と、調理前のワカサギを披露する吉村教諭。全長10センチにも満たない小さな銀色の魚に、子どもたちは好奇心いっぱいの視線を送る。「みんなが給食を食べている間に持って回るから、よく観察してね」。

 ワカサギを手に、吉村教諭は児童一人一人の席を回りながら、声を掛ける。席の前にしゃがみ、「野菜、食べられているね」「ワカサギを食べると、骨が丈夫になるよ」などと児童と目線を合わせながら語り掛ける。吉村教諭が席に近づいてくると、「こんなに食べたよ」と得意げに空っぽの皿を見せる児童もいる。吉村教諭はうれしそうに、笑顔でその子の頭をなでる。

 子どもたちが食べ終わった後、吉村教諭はこう呼び掛けた。「魚が嫌いな人もいたよね。苦手な食べ物がある人が、一口でもとチャレンジしている姿をたくさん見ることができました。先生は、それが本当にうれしかったです」。児童たちは、その言葉に満足気な表情を浮かべた。

児童に味わわせたい本物の体験

――先ほど見学させていただいた給食の時間で、児童が食べることに興味津々の姿が印象的でした。どんなことを意識して給食指導に関わっていますか。

 基本的に午前中は給食センターで調理をして、給食の時間は学校にいるようにしています。可能な限り、毎日どこかの学級に出向き、担任と協力して給食指導に当たっています。

 先ほどの学級でも、苦手な食べ物に挑戦している児童がいました。その頑張りをつぶさに拾い上げて、認めてあげることを大切にしています。自分の努力を他人から認められたり褒められたりすると、大人でもうれしいですよね。子どもも同じです。

 特に低学年は、頑張りを誰かに見てもらえないとモチベーションを保つのが難しく、「もう頑張るのはやめよう」となってしまいがちです。私が児童と密に関わる時間は短いですが、その分、一人一人の姿を丁寧に見ようと心掛けています。

――本物のワカサギに、児童たちも興奮していましたね。

ワカサギを手に児童に語り掛ける吉村教諭

 食育で大切にしているのは、児童が「本物」を見て、触れる機会を提供することです。先ほどのワカサギもそうですが、本物を見ることで児童の心が動く瞬間を、これまでに何度も見てきました。

 私自身も、そうでした。これまで栄養教諭仲間と全国を飛び回り、農家を訪ね、本物に触れる体験を数多く重ねてきました。例えば栃木県の農家では、かんぴょうを作る工程に触れました。かんぴょうの元は、「ユウガオ」というウリ科の植物です。その実を機械で回転させ、そこにカンナを当てて、薄い帯状にしていきます。それを干したものが、私たちがよく目にするかんぴょうになります。

 かんぴょうを作る工程を目の前で見て、実際に体験させてもらい、感動や驚きが止まりませんでした。すると、これまで特段思い入れのなかったかんぴょうに対して自然と興味が高まり、不思議とこれまで以上においしく感じられるようになりました。

 その体験を学校で児童に話してみたところ、いつもより夢中になって聞き入ってくれました。自分が体験した感動や興奮を語ることで、児童の好奇心を刺激できるのだと気付きました。積極的に学校の外に出て、食材のストーリーやそれに関わる生の体験を語り継ぐことを栄養教諭として大切にしています。

――生の体験を語ると、児童の食いつきも変わってくるのですね。

 はい。本物に触れた体験を自分の言葉で語ると、児童の目の輝きが変わってきます。ただの情報ではなく、語り手である私の感情が自然と乗り移るようで、夢中になって聞いてくれます。

初めて見る本物のワカサギに興味津々の児童

 食育には、教科書がありません。その分、私自身の体験や感動を織り交ぜたり、児童に本物と触れ合う経験をさせたりしながら、学びを深めていかなければなりません。

 例えば、「野菜を食べなさい」と言葉だけで指導するよりも、児童自身で種から育てた野菜と向き合う方が、育てる大変さを体感し、愛着も湧き、おいしく感じるのではないでしょうか。ミニトマト、ナス、ピーマン…。学校園を活用しながら、各学年で20種類以上の野菜を育て、食育につなげています。

きっかけは、けんちん汁

――「本物」にこだわるのは、何かきっかけがあったのでしょうか。

 初任の頃、けんちん汁を給食に出した時、当時の副校長先生から「本物のけんちん汁を食べたことはある?」と質問されました。意図が分からず「これが、けんちん汁ですよね」と答えると、「違う。私が聞いているのは、本場の本物のけんちん汁のことだよ」と言います。そして、「本物を食べたことがないのに、『これがけんちん汁です。どうですか?』と意見を求めてくるのはどうかと思う」と、指摘されました。

 全くその通りの指摘だと反省し、翌日、鎌倉に足を運びました。けんちん汁発祥の建長寺に行くためです。結局、建長寺のものは食べられなかったのですが、近隣の歴史あるお店でけんちん汁をいただきました。

 一口食べてびっくりしました。味ももちろん違いましたし、具材の切り方から違っていたのです。例えば、豆腐は包丁を入れずに、手で崩していました。お店の人に尋ねたところ、出汁はカツオだけで取って、隠し味に豆乳を加え、まろやかな風味に仕上げていたのです。

 早速、そのけんちん汁を持ち帰り、給食のレシピも改良しました。調理員さんも、最初は「カツオだけの出汁で大丈夫ですか?」と不安そうでしたが、経緯を話して挑戦してもらいました。その結果、満足できるけんちん汁が出来上がりました。

 本物を知ると私が変わるし、私が変わると給食が変わる。給食が変わると児童が興味を持って、質問してくれる。そこで自分の体験を語る。けんちん汁が給食に出る日は、よく児童たちにこの話をするんです。

 今すぐに変わらなくても、子どもたちが成長していく過程で、私の語った体験や自分の体験が、食や健康へ興味を深めるきっかけになるかもしれません。食を通して、児童の興味をコチョコチョとくすぐって刺激するイメージでしょうか。食に限らず、本物だけが持つ感動を味わえる場を設け、感性を育みたいと思います。

黙食で減った、会食の練習

――コロナ禍の給食は、数多くの制限も課せられています。影響はありますか。

 賛否両論あると思いますが、コロナ禍以降、本校をはじめ武蔵村山市の小学校の残菜量は、減少傾向にあります。黙食により、食べることに集中する時間が増えている影響だと思います。「指導がしやすくなった」という教員の声もありますが、複雑な気持ちです。

コロナ禍の給食指導の課題について語る吉村教諭

 というのも、給食では「会食」の観点も大切にしなければならないからです。これまでの給食は、グループに分かれてお互いの表情を見て、会話を楽しみながら食べていました。昨今は、多くの家庭で家族一緒に食事をする機会が減っており、子どもの孤食が社会問題化しています。その課題を解決できる場所の一つが、学校給食でした。

 例えば、給食中に汚い言葉を言って仲間に嫌な顔をされると、「食事中にこういうことを言ってはいけないのだ」と学びます。子どもたちは給食でこうした失敗も繰り替えしながら、楽しく、気持ち良く食事をするためのルールを身に付けていきます。

 さらに好き嫌いを克服できる機会があるのも、給食ならではじゃないでしょうか。苦手な食べ物を、隣の友達がおいしそうに頬張っている姿に触発されて「一口食べてみよう」と思ったり、児童同士で「食べてみようよ」と励まし合ったりするわけです。

 しかし、現状は「前を向いて食べなさい」「マスクをしてしゃべりましょう」「2メートル以内に近寄ってはいけません」などと制限が多く、コミュニケーションを取りながらの食事はできなくなりました。

――担任の負担も増えているように思います。

 給食指導は細やかなお手本があるわけでもなく、初任の時も習う機会はほとんどありません。本校でも「これで合っていますかね」「心配なので来てもらっていいですか」などと声を掛けてくる先生が、コロナ禍以降は多くなっているように感じます。栄養教諭や学校栄養職員がいない学校では、一人で頭を抱えている先生もいるのではないかと思うと心配です。

 感染防止対策はもちろんですが、児童の食物アレルギー事故への配慮など、給食指導における注意事項は、近年より複雑になってきています。教員は食育以前に、安全な食事環境を整えるために神経をとがらせなければならず、負担感は増えているのではないでしょうか。

 給食教諭や学校栄養職員、同僚の教員、管理職などと困りごとを共有して、チームで対応できるようにする学校が増えることを願っています。

(板井海奈)


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【プロフィール】

吉村康佑(よしむら・こうすけ) 1986年生まれ、静岡県出身。静岡県立大学卒。子供時代病弱だったことがきっかけで、管理栄養士を志す。大学卒業後は精神科病院で栄養士を経験した後、学校栄養職員として都内の小学校で勤務。2016年に栄養教諭の免許を取得後、武蔵村山市立第七小学校に赴任。「児童に本物のすばらしさを伝える」をモットーに、ユニークな食育の実践に取り組み、児童の食と健康を支えている。

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