【セルビア編】 「学びやすい場」とは言えない特別支援学校

セルビアと特別支援教育

 セルビアは日本から約9200Km離れた、南東ヨーロッパに位置している国だ。北海道くらいの面積で、人口は大阪市ほど。日本と同じく四季があり、冬はマイナスまで気温が下がるが、比較的過ごしやすい気候だ。治安は安定しているが、スリなどの軽犯罪が多く、街を歩く時は油断禁物だった。

 私は首都からバスで2時間半の距離にあるヤゴディナ市の特別支援学校に、2019年7月から20年2月まで派遣された。当初は21年3月までの予定だったが、新型コロナウィルスの感染拡大により、途中帰国となった。活動内容は、現地の先生方へ日本の特別支援教育の教材や授業のやり方を伝えたり、現地の先生方と一緒に日本文化について授業を行ったりした。

ヤゴディナの風景

 ヤゴディナ市は住宅街が多く、スーパーや銀行などが近くにあり、都会でもない田舎でもない住みやすい街だった。ちなみにヤゴディナという言葉は、イチゴを意味している。昔、ヤゴディナ市ではイチゴが多く採れていたことが由来だそうだ。

 セルビアの特別支援学校は主要都市に1校設置されているが、その数は十分とはいえない。さらに日本のように障害種で分けられておらず、さまざまな障害のある子どもたちが共に学ぶ学校が多い。セルビア人の先生によると、セルビアも日本のように聴覚、視覚支援学校が昔からあったが、ここ10年ほどでインクルーシブという概念が導入され、全障害種の児童生徒が特別支援学校に受け入れられるようになったそうだ。

 その先生は「私は、聴覚支援学校の先生だったはずなのに…」と戸惑っている様子であった。日本のように「特別支援学校教諭」という免許はなく、先生方は専門性を高めることのないまま、インクルーシブされてしまった、という印象を受けた。インクルーシブ教育の形骸化、と言っても過言ではない状態だった。

 私の派遣先である学校もその一つで、元々は聴覚支援学校だったが、現在は知的障害、自閉症、肢体不自由など、さまざまな障害のある子どもたちを受け入れていた。児童生徒数は6~18歳までの約150人。半数は学校に併設されているドミトリーを利用しており、週末は家に帰り、日曜日の夜にはドミトリーへ戻るという生活を送っていた。

 正規で雇われている教員数は約30人で、ドミトリーの先生や看護師、掃除のスタッフなどを含めると50人ほどだった。クラスの担任は重軽度、障害種が混ざり合っている子どもたち6~8人に対して1人であった。

日本では考えられない光景

 授業は、基本的に50分×5コマ(高等部は7コマまである日もある)。朝8時半から始まり、午後2時半には終業だった。午前中には20分のおやつ休憩、正午には給食があった。小休憩がなかなかシュールな光景で、小学生から高校生までが2つの部屋にぎゅうぎゅう詰めで座ったり立ったりして、バナナやパンを食べていた。

中間休憩中の生徒たち

 その間、先生方はタバコを吸う集団(セルビアは学校内でも喫煙可)と、ティータイムをする集団に分かれ、休憩をとる。小休憩では必ずと言っていいほど、トラブルが起こる。すし詰め状態でパニックになる子や、けんかをはじめる子。そこで見守るのは担当の先生1人と保護者であった。その間、先生たちは優雅にティータイムである。どんなトラブルが起ころうが、先生たちはきっちりと休憩をとる。日本では考えられない光景だ。

 授業の内容は国語、宗教、算数、社会、理科、体育、美術が主な科目だった。高等部の生徒は理美容、パン、製本の3つのコースに分かれ、より専門的な技術を身に付ける。私は2カ月をかけて、小学部から高等部まで全30クラスの授業に入り、実態を把握した。

 50分間無言で歩くだけの体育や、読み書きが苦手な生徒にひたすら暗唱させようとする国語、おやつを食べておもちゃを触っているだけの算数はある意味、印象的であった。ある日、保護者の方と話していると、「この学校の先生たちには感謝しているけど、私は授業には納得していない」と悲しい目をして伝えてきた。この方の子どもは重度の知的障害があり、椅子に50分間座って授業を受けることが難しかった。そこで担任の先生は、教室の後ろのスペースでおもちゃを与えておくか、その子が声を上げたら、保護者の方を呼び、散歩に連れて行かせていた。「50分間何もしない」×5コマを毎日行うのである。当然、保護者はいつも教室のそばで待機していなければならなかった。

 このように、私の派遣先である特別支援学校は、子どもたちや保護者にとって「学びやすい場」とは言えないことが分かった。そこで私は、どこに根本的な問題があるのだろうかと考えた。先生方のモチベーションの低さは、いったいどこから来るのだろうか。次回の記事では日本とセルビアの教員を比較して、私なりに考察したことを述べていきたい。

(横井結衣=よこい・ゆい 青年海外協力隊の活動を終え、特別支援学校教諭として特別支援教育に携わる) 


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