【おいしい給食】子どもたちの人生の基盤になる食育を

「自身で食事をコントロールできるように、自分の心や体を思いやれる知識を持って巣立ってほしい」――。東京都武蔵村山市立第七小学校の吉村康佑栄養教諭は、そんな思いを込めて日々の給食指導に当たっている。児童生徒の人生に、一生関わり続ける“食と健康”。子どもたちの人生の基盤となる「食育」を、どうデザインしていけばよいのか。教職員が心に留めておかなければいけない食育の基本を、吉村教諭に聞いた。(全3回の最終回)

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「おいしい」から全ては始まる

――栄養教諭や学校栄養職員が配置されている学校や食育に力を入れる学校と、そうではない学校の間での格差が気になります。

 栄養教諭や学校栄養職員がいるからその学校の給食がおいしい、食育が進んでいるとは限りません。ただ、公平な学びが保たれるべき公立学校で、「隣の学校は工夫された給食なのに、うちの学校は……」という不公平感が発生していることにはジレンマを覚えます。

 本校のある武蔵村山市は、市内の小中学校の給食は一括してセンターで調理しています。そのため、隣の学校と味や献立が違うということは、ほとんどありません。一方で自分の学校で調理する自校式の地域も、全国には数多くあります。統一献立でなければ学校ごとに献立も、栄養価も、味付けも違います。配置されている栄養教諭や学校栄養職員の力量で、味や栄養価が変わってくる側面はあるでしょう。

――給食で、一番大切にしていることは何ですか。

味覚だけでなく、教員との信頼関係や児童自身の体験も相まって「おいしさ」につながると話す吉村教諭

 改めて考えてみると、「おいしさ」かもしれません。安全・安心は当たり前として、児童が口にしたときに「おいしいな」と思えて、気持ちがほっこりする食事を常に目指しています。

 特に新作を考案するときは、同僚の家にお邪魔してお子さんに食べてもらったり、自宅に友人を招いて試食してもらったりと、味については幅広い人からフィードバックを得られるようにしてきました。同僚に試食してもらうときは、「これを出したとき、児童は『おいしい』と言ってくれますかね?」となるべく聞くようにしています。

 給食がおいしいと、先生も児童生徒もうれしいですよね。「今日は何となく気分が乗らないから、学校に行きたくないな」という日でも、「でも給食を食べたいから行くか」と思い、登校するきっかけになれば何よりです。

 一方で、“おいしさ”には種類があるように思います。味覚としてのおいしさだけでなく、作り手の顔が見え、信頼関係があるからこそのおいしさです。給食の時間や授業など、学校生活の中で私と児童の関係性が深まるごとに、「吉村先生の作るものは、絶対においしい」とうれしい思い込みをしてくれる児童もいるようです。

吉村教諭のおかげで苦手な食べ物が克服できたと口を揃える児童たち

 特に低学年の児童からは、「家では苦手で食べられない物も、給食ではチャレンジできる」という言葉をよく耳にします。それは私との信頼関係や教室の雰囲気、担任の声掛けが功を奏した結果です。学年が上がるにつれて、「自分が食べたいから食べる」から「自分の健康や夢のために食べる」と、しっかりと理由を持って食事と向き合えるように、子どもたちの意識をアップデートするのは、栄養教諭をはじめ学校給食の役割だと思っています。

◇「吉村先生はどんな先生?」~児童に聞いてみた~◇

 児童A「私にとっては、スーパースターみたいな先生! バランス良く食べる方法を分かりやすく教えてくれるし、廊下ですれ違ったらいつも声を掛けてくれます」 

 児童B「私は吉村先生のおかげで、食べられるものが増えました。それまでナスが嫌いだったんだけど、吉村先生が給食のときに励ましてくれて、一口食べると本当においしかったんです」

 児童C「僕も大豆が嫌いだったけど克服できました。吉村先生がみんなの苦手なものを覚えていて、チャレンジしているとすごく喜んでくれるから、給食が楽しくなった」

児童の課題に沿った取り組みを

――現状の学校給食や食育について、感じている課題はありますか。

 その取り組みが「なぜ必要なのか」という視点を、忘れがちなように思います。例えば、「学校園でミニトマトを育てています」「トウモロコシの皮むき体験をしました」「給食のパンは手づくりにこだわっています」など、いろいろな学校でさまざまな取り組みが行われています。各学校で児童が抱える課題は違いますが、それぞれの課題に沿った取り組みになっているか、常に意識することが肝心です。私自身も課題に沿った重点項目を決めて、「なぜならば」と説明できる給食指導や授業づくりをしようと心掛けています。

 ちなみに本校では2年前から、児童にアンケートを取り始めました。朝食を食べているか、早寝早起きができているか、魚や野菜は好きかなど、生活リズムや食事について質問しています。

 その結果、毎朝排便をしている児童が極端に少ないことが分かりました。夜遅くまでゲームやネットに熱中して、朝は登校ギリギリまで寝ているようです。必然的に睡眠不足になりますし、朝にトイレへ行く時間もなく、便秘になるというわけです。朝の時間帯は排便のゴールデンタイムと言われていますが、本校では約5割の児童が排便せずに登校していたのです。

 そこで昨年度から、養護教諭と連携して、排便の大切さを伝える授業を行っています。また、給食指導の際には野菜や海藻類などを食べるよう積極的に声掛けするようにしています。

 自校の児童の課題を把握して、それに対して給食でどうやってアプローチしていくかを考えつつ、必要な授業も展開していく。学校によって当然、課題は違います。だからセンターで一括して給食を作っても、今日のメニューのどれをメインで児童に伝えるかは、必然的に変わってくるでしょう。

言葉が独り歩きする“食育”

――食育についてはどのように見ていますか。

 言葉だけが独り歩きして、どんな取り組みも強引に食育にしがちな状況に、ずっと違和感を抱いていました。2005年に食育基本法が施行されて以降、学校現場はどうやって食育と向き合えばいいのか、私自身答えを見いだせずにいました。

 当時、食育をテーマにした勉強会や講演会に何度も足を運びました。とりわけ、日本栄養士会の中村丁次先生の講義は感銘を受けました。

 そこで聞いたのは、食育基本法が施行されるに至った背景です。施行された当初は、反発意見も多くあったそうです。しかし、当時の小泉純一郎総理大臣が、日露戦争時代に日本軍がオリザニンの知識を持っておらず、かっけによる死者を多数出したことについて触れ、国民が食の知識に基づいて生活することの意義を強く訴えたそうです。

 食育基本法に「心身の健康の増進」とあるように、最初に「心」があります。つまり、食事は身体の健康はもちろん、心の健康にも影響するのです。

児童の人生の基盤となる食の記憶を残したいと奔走する吉村教諭

 例えば、子ども時代にみそ汁を毎朝食べていた子は、大人になってもその習慣が残ります。みそ汁を飲んだら、気持ちがどことなく落ち着いたという経験はないでしょうか。それは気持ちの問題だけではなく、栄養学の観点からも、大豆のトリプトファンが体内に入り、日光に当たることで安心ホルモンのセロトニンに変わり、気持ちを落ち着かせる効果があると言われているのです。

 そんな知識を幼い頃から知っていれば、どうでしょうか。大人になってからもみそ汁を食べる習慣を維持するかもしれませんし、その一杯のみそ汁が何かつらいことがあったときに前向きになれる一助になるかもしれません。

 栄養学のことを学年に合わせて分かりやすく説明し、児童に理解してもらうのが食育の役目です。大人になって、自分で自分の食事をコントロールするようになった時、ふと学校で学んだことを思い出し、彼らの人生をより幸せに、健やかにする心の支えのような存在になりたいです。

――栄養教諭を志したきっかけは何だったのでしょうか。

 実は、高校時代の恩師や大学時代の友人らが、立て続けに亡くなった時期があります。その時に改めて、「どうやったら皆が健康でいられるだろうか」と考え、栄養士の道を志しました。大学卒業後は精神科病棟で栄養士として勤務しましたが、そこでは心身のバランスを崩して食事を楽しめない若者や、命を落とす若者を目にしてきました。そうした経験を通じ、食事を楽しく、おいしくとる習慣や、自分の健康を保つためにバランス良く食べるための知識を早期の段階から学ぶ必要があると感じ、小学校で働き始めました。

 人の命には限りがあります。限られた人生の中で1日のうち3回は食事をとります。栄養バランスが取れていて、楽しい雰囲気の食事が積み重なれば、心身に良い影響が必ずあると思います。食と心と体はつながっているのです。

 「食事をしっかり食べよう」と言って、児童に「なぜ? どうやって?」と聞かれたら、私たち教師はしっかりと答えられないといけません。「自分の心と体を丈夫にするためだよ。食事は楽しく、おいしく、バランスよくね」と。そうした食事の記憶が、子どもたちのこれから何十年と続く人生の基盤になっていきます。だから給食は、楽しくなければならないし、おいしくなければいけないと、心から思います。

 給食を通して、自分の心と体、そして命を大切にできる子どもを育む。そのモットーを胸に、今日、そしてこれからも児童と向き合っていきます。

(板井海奈)


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【プロフィール】

吉村康佑(よしむら・こうすけ) 1986年生まれ、静岡県出身。静岡県立大学卒。子ども時代病弱だったことがきっかけで、管理栄養士を志す。大学卒業後は精神科病院で栄養士を経験した後、学校栄養職員として都内の小学校で勤務。2016年に栄養教諭の免許を取得後、武蔵村山市立第七小学校に赴任。「児童に本物のすばらしさを伝える」をモットーに、ユニークな食育の実践に取り組み、児童の食と健康を支えている。

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