【セルビア編】教員採用試験はなくコネ採用 突然のクビも

教員の実情

 ヤゴディナ市で活動を始めてから3カ月がたった2019年11月、私は学校の中で「Individual Class」を開設することにした。クラスの中で取り残されている子どもたちをピックアップし、実態把握することや指導支援の工夫を担任の先生へ伝えることを目的とした。まずは、教室づくりからスタートした。空き教室を1部屋用意してもらい、机と椅子をそろえ、学校中の余っている教材教具をかき集めた。

「Individual Class」の様子

 協力隊が派遣される学校といえば、教材教具がなく、何もない教室をイメージされるかもしれない。しかし、私の派遣された学校は教材教具が豊富で、コンピューターや大型プリンター、感覚統合のための大型設備まで整備されていた。まさに「宝の持ち腐れ」状態だった。

 また、校長先生がセルビア人の先生を準備の手伝いとして任命してくださり、その先生と二人三脚で教室、教材づくり、運営の計画を進めていった。日本の構造化された教室を写真で見せ、イメージを共有すると、先生方は感動して「いいね!」と絶賛してくださった。百聞は一見にしかず。具体的な事例を写真や動画で見せることは、とても効果的だった。

セルビアで作った手作り教材

 準備が整い、いよいよ1週間後に授業をスタートしようとしていた時、事件は起こった。準備をしてきた先生が、朝から見つからない。校長先生に尋ねに行くと、「あ、A先生ね。あの人は昨日クビにして、B先生という私の知り合いを雇ったの。1週間後よろしくね」と言われた。衝撃の一言だった。実はこのことは、セルビアの先生たちの実情をよく表している。

 セルビアには、日本のような教員採用試験はない。先生たちは大学で教員免許を取得した後、コネクションで採用される。だからこの時も、校長の知り合いであるB先生が優先され、私と一緒に準備をしてきたA先生は追い出されてしまったのだ。

 そんな校長先生は、先生方の選挙で決まる。つまり校長に票を入れた先生は、さまざまな場面で優遇される。先生方は自分もA先生のように、いつクビになるか分からないので、いつも校長の顔色をうかがい、言われたことにはなるべく逆らわない。そのような構図が自然とできてしまっていた。

 ちなみに先生方の月給は、日本円で6万円程度。それに対して校長先生は、いつもゴージャス。いい服を着て、いい車に乗り、世界中を旅行していた。先生たちは、このような現実に疑問を抱きながらも、自分の生活を保つために、淡々と日々をこなしていたのである。

日本の教員との違い

 そんな衝撃の交代劇の後、なんとかIndividual Classを軌道に乗せ、2カ月たった頃には、先生方からも評価されるようになってきた。ただ、少し都合よく使われるようになってきたのも事実で、「うちのクラスの○〇をこの時間に預かってくれない?」と、“手のかかる生徒たちを預かってくれる教室”化してきていた。私は危機感を覚え、もっと直接的に先生たちの専門性を向上させたいと思うようになった。

 ある日、校長に、「先生たちへ向けた研修会を企画したい」と申し出た。すると、これまで好意的に活動を支えてくださっていた校長先生から、意外な返事が返ってきた。

 「研修? 先生たちはポイントがたまらなければ参加しないわよ? あなたが、セルビアの教育ライセンスを持っていたらよかったけど…」

 教員はこのポイントを取ることで、校長からの評価を受けるらしい。自分の利益にならないことはしない、ということだ。日本の先生たちは、教員としての仕事に、自己研さんに励むことを義務付けられている。法定内研修であったり、校内での研修であったり、中には自費で研修会に参加される先生も多いだろう。しかし、セルビアの場合はそのようなシステムもなければ、先生方のモチベーションもない。文化の違いと言ってしまえばそれまでだが、日本の教員の専門性が高いのは、こういった研修に対する意識の違いもあるのだと感じた。

形骸化するインクルーシブシステム
学ぶ意欲の高い子どもたち

 前回述べたように、ヤゴディナの学校は、さまざまな障がいのある子どもたちがミックスされたクラス編成だった。特に気になったのが、小学3年生のクラス。肢体不自由があり車いすを使用している子どもが3人、軽度の知的障害の子どもが1人、重度の自閉症の子どもが2人の合計6人の子どもに、担任は1人であった。授業は、軽度の知的障害の子どもに国語や算数を教えるだけで、その他の子どもたちは、鍵のかかる教室でおやつを食べるか、おもちゃで遊ぶかして時間を過ごしていた。そこに「学び」はなかった。

 私のIndividual Classでは、この放置されていた5人の子どもを取り出し指導していたが、子どもを呼ぶために教室へ行くと、担任の先生はほっとした顔で迎え、「ありがとう」と伝えてきた。担任もこの状況をどうしてよいか分からず、困り果てていたのだ。

 このような状況になってしまっているのは、明らかな教員不足と、先生方の専門性の低さにある。インクルーシブ教育という名の元に、全ての子どもたちを受け入れるからには、人材確保と教員の専門性を高めることはセットでなければならない。大人の都合でシステムを構築すると、最も犠牲になってしまうのは、子どもたちであるということを実感した。

(横井結衣=よこい・ゆい 青年海外協力隊の活動を終え、特別支援学校教諭として特別支援教育に携わる) 


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