【山田勝治氏×松岡亮二氏】 教育格差の連鎖を断ち切るために

 教師は教育格差の現実とどのように向き合い、その連鎖を断ち切るために何に取り組むべきなのか――。ゲストに、「反貧困教育」など独自の学校改革に取り組み、教育格差の問題に向き合ってきた大阪府立西成高校の山田勝治校長と、膨大なデータを用いて教育格差の実態と生成メカニズムをさまざまな角度から分析してきた教育社会学者の松岡亮二早稲田大学准教授を迎えた対談。教育格差の是正を考える上で、社会の在り方をどう変えていくべきか。また、今後の教育におけるデータ利活用の必要性についても掘り下げる。全3回の最終回。

(司会・教育新聞編集長 小木曽浩介)

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社会制度を自分たちで選んでいる意識を育てる

――弊紙の6月のインタビュー「山田勝治校長の学校改革」では、「いくら学校でセーフティーネットをつくっても、その先に待っている社会があまりにも冷たすぎる」と話されていました。お二人は、教育格差の是正を考える上で、社会の在り方を変えるためにできることについて、どう考えていますか。

「もっと議論や対話ができる学校教育にしていきたい」と山田校長

 山田 どの選挙も投票率が低いですよね。2022年度から18歳成人になりますが、こうした状況は社会として健全ではないと思います。

 ではどうすればいいのか。私は、学校教育の中で「教育制度や社会制度を自分たちで選んでつくっている」という意識を、みんなでもっと考えていくような取り組みをしないと、社会そのものが変わっていかないと思っています。

 われわれが社会にどう参加するのかということを抜きに、社会は変わらないわけです。学校教育の役割の一つは、社会の文化と伝統や仕組みを、身に付けることです。また、社会そのものを「これでいいんだろうか?」と問い直していけるような力も付けるべきです。しかし、現状の学校にはカリキュラムの余裕がなさすぎます。

 例えば、週に35~40時間も授業をしているような学校もあります。でも、それは何のためかというと、トップランクの大学に合格させることが目的です。私は、それよりも「世の中はどうあるべきか」とか、「人生をどうしていきたいのか」などについて考える時間の方が、高校生時代は大事だと思います。

 そのためには現在、高校で身に付けるべきとなっている知識や技能を、もう少し先延ばしにする。つまり大学に入ってからでもいいという部分もつくりながら、高校教育そのものを、少し緩やかにしていくべきではないでしょうか。

 私は、もっと考えたり、議論したり、対話したりできるような学校教育にしていきたいという理想を持っています。そうでなければ、社会情勢は変わっていかない。みんなで一緒に考える時間をつくることで、教育格差に苦しむ生徒たちの支援につなげていきたいですね。

「日本の教育行政は十分にデータを取得も活用もできていない」と松岡准教授

 松岡 あらゆる議論の出発点には、可能な限り適切な現状把握があるべきです。日本の教育の議論では「こうあるべき」という理念が前面に出てきますが、もっとデータと研究に基づいた現状把握を踏まえて、何をどう実際に変えることができるのか具体的に考える必要があると思います。

 日本社会だけに限定しても1億2千万人もいて、私たちはそのうちの一人一人に過ぎません。自分の視界に入るケースや日常的に会話をしている人は、とても限られていますし、学歴、職種、年齢などさまざまな観点で偏っています。

 そのような限界に自覚的になりながら学校でできることとしては、例えば、性別による社会的な差を議論するのであれば、職種による男女比の偏りをデータで概観するのはどうでしょうか。議論の出発点として、社会全体の実態を確認する。可能であれば、縦軸として数十年の傾向、横軸として国際比較のデータも用いる。

 これは子どもたちだけではなく、教育を論じる全ての大人にも求められることです。「貧困層出身でも努力して成功した人がいる」という社会全体の傾向からすれば少数派の実例ばかりに焦点を合わせていたら、学校教育制度を改善したり投資を増やしたりする必要はないということになります。しかし、データで社会全体を見ると、社会経済的に恵まれない層の多くの子どもたちは、可能性を形にすることのないまま社会に出ています。相対的貧困層だけでも1学年当たり10万人以上いるわけで、多くの可能性が毎年消えていっています。

 このようなデータが描く実態と向き合うことは、後ろ向きな話でしょうか。「もっと機会を与えられていたら、伸びる子どもたちがこれだけいる」という解釈もできるわけで、その可能性に希望を感じ、行動に移すことができるのかは、私たち大人次第ではないでしょうか。

 個別の特殊なケースやエピソードを話題として消費するのではなく、全体を見て一人でも多くの子どもたちが実際に伸びる方策を模索するために、データと研究に基づいて議論すべきです。議論の仕方と政策を変えていけば、ずっと大きくは変わらなかった教育格差が少しずつ縮小していく可能性もあるかと思います。

データを活用して科学的に実証すべき

――参加者の方から「学校は、どこまで学力を保障すればいいのでしょうか」と質問がきています。

 山田 本校では義務教育段階の学習内容と、高等学校の必履修科目については、みんなが学習をして卒業できるようにしています。しかし、全員に身に付いているのかについては非常に難しいところです。

 ただ、「学力」とはなんなのか、皆さんは考えたことはありますか? 本校でも3年前までは「基礎学力を身に付ける」というような、アドミッションポリシーを発表していました。でも、ある時の職員会議で、私が「学力とはなんなのか、答えられる人はいますか?」と聞いたら、みんな顔を伏せました。「答えられないものを保障するというのは、どうなんだろう?」と疑問を抱き、内容を変更しました。

 私はいわゆる識字能力というのは大事だと思っています。でも、知識をたくさん詰め込むような教育をするつもりは全くありません。むしろ、「学ぶことは面白い」ことを見つけてもらうための学校システムを、どうつくっていくのか――。それが校長として一番考えなければいけないことだと認識しています。

――今日の対談で感じたことについて、最後に一言お願いします。

 山田 松岡先生と対談して、データで見る必要性をより強く感じました。

 本校では、独自の「生活と人権アンケート」を行って、定点観測しています。内容としては、家に自分用の机があるのか、朝ごはんを食べられているのか、1日何食食べられているのか――といった生活実態についてです。そして、それが本校のカリキュラムのベースになっています。

 これは、おそらくどこの学校でもできることだと思います。各学校がこうしたデータをもとに、それぞれの学校のカリキュラムをつくるべきじゃないかと、松岡先生の話を聞きながら、痛感したところです。

 また、データの読み取りについても、ベテランと中堅、若手によって、世代間の違いがあると思います。あるデータについて「仕方がない」という考えもあれば、「それはおかしい」と憤る人もいるでしょう。そうした違いを学校の中でしっかり議論していかないと、生徒に向き合える教育はできないと思っています。

 松岡 残念ながら、日本の教育行政は十分にデータを取得できていないし、現場で有効性を感じるような活用もできていないかと思います。

 小学校から高校までの年齢層に対して約100万人の教師がいて、同じ数の実践があるわけですが、現状ではそれらに効果があったのか客観的には分からないままです。先生方は裁量の範囲内で目の前の子どもたちに合わせて工夫されているでしょうし、行政はモデルケースの周知をしてきたはずですが、残念ながら、このような今までのやり方では改善という結果が出ているとはいえません。

 教育格差が変わっていないだけではなく、比較可能な学力指標で見ると、10年や20年といった期間で、学力はあまり上がっていませんし、低下している分野もあります。これらの期間、何度も「教育改革」が行われてきたはずですが、明確な改善を示すデータは見当たりません。

 特定の教育手法に効果があるのか検証を行い、実証研究で効果が裏付けられた実践をデータベース化していくべきかと思います。詳しくは、拙著や近刊の編著書で論じているのでご参照ください。

 私はこれからも研究者として、研究、行政、学校現場が対話しながら、少しでも子どもたちの可能性を具現化するという結果を出せるような流れ作りに、尽力したいと思います。

(企画・構成 松井聡美)


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【プロフィール】

山田勝治(やまだ・かつじ) 大阪府立西成高等学校校長。1957年、大阪市西成区生まれ。1990年から2004年までの15年間、「成人識字」教室の運営に関わる。05年、西成高校に教頭として赴任。09年から13年3月まで同校校長を務めた後、異動。17年、同校校長として再赴任。「基礎教育保障学会」所属。著作に『格差をこえる学校づくり 関西の挑戦 阪大リーブル』(志水宏吉編、大阪大学出版会)内の第2部『「先端でもあり、途上でもある」—高校版「UD化」計画—』、『わたしたち(西成)は二度「消費」された』(ヒューマンライツ2019年9月号)。また同校で、全国で初めて開始された「校内居場所カフェ」について、『学校に居場所カフェをつくろう!-生きづらさを抱える高校生への寄り添い型支援』(居場所カフェ立ち上げプロジェクト編著、明石書店)内で、『「となり」カフェという企(たくら)み—ハイブリッド型チーム学校論』を執筆。

松岡亮二(まつおか・りょうじ) 早稲田大学准教授。ハワイ州立大学マノア校教育学部博士課程教育政策学専攻修了。博士(教育学)。東北大学大学院COEフェロー(研究員)、統計数理研究所特任研究員、早稲田大学助教を経て、同大学准教授。日本教育社会学会・国際活動奨励賞(2015年度)、早稲田大学ティーチングアワード(2015年度春学期・2018年度秋学期)、東京大学社会科学研究所附属社会調査データアーカイブ研究センター優秀論文賞(2018年度)、WASEDA e-Teaching Award Good Practice賞(2020年度)、早稲田大学リサーチアワード<国際研究発信力>(2020年度)を受賞。著書『教育格差:階層・地域・学歴(ちくま新書)』は、1年間に刊行された1500点以上の新書の中から「新書大賞2020(中央公論新社)」で3位に選出された。13刷・5万5000部突破(2021年8月時点)。近刊に松岡亮二編著『教育論の新常識-格差・学力・政策・未来 (中公新書ラクレ)』(2021年9月8日刊行)、中村高康・松岡亮二編著『現場で使える教育社会学:教職のための「教育格差」入門』(2021年10月刊行)。

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