【上田氏×井本氏】 「場」が彩る子どもたちの学び

 コロナ禍、GIGAスクール構想、新学習指導要領……。変革期と困難期が同時に訪れた学校現場。「目の前の子どもを夢中にさせる」という、教師として最優先すべき授業デザインに集中しづらい日々が続く。同志社女子大学で長らく教壇に立ち、ワークショップの先駆者として学習デザインの研究を続ける上田信行名誉教授と、学校になじめない子どもが集う私塾「いもいも」を主宰する、イモニイこと井本陽久氏。どんな状況でも、目の前の学習者を第一に学びをデザインする両氏を、購読者限定オンライン対談会のゲストに招き、子どもの好奇心や興味を起点にした教育実践の極意を語ってもらった。(全3回の1回目)

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学びを支える「BTS」

――児童生徒がワクワクしたり、夢中になったり、面白いとのめり込む授業デザインは、教員の永遠の課題のように思います。このような「面白い学び」について、描くイメージや必要な要素をどう考えますか。

上田 私は30年近くワークショップの実践に取り組み、学生や親子、企業など、さまざまな方と一緒に学び合う場をつくってきました。その経験から、面白い学びには「場」の要素が外せないと思っています。ワークショップをするときも、最初にどんな場をつくるかというところから考えます。

「場」と学びの親和性の深さについて説明する上田名誉教授

 今年4月から山口県下関市にある梅光学院大学で、1年生の講義を担当しています。学生が1300人、ティーチングスタッフ(TS)と呼ばれる教職員が50人、マネジメントスタッフ(MS)と呼ばれる事務職員が50人ほどの小規模大学です。

 大学1年生といえば、高校生までの学びの形からガラリと変わるスタートの年です。大学の学びがどういうものなのかを、彼らが実際に体験しながら把握していける授業デザインを実験的に構築しています。

 2019年度に開設された新校舎「The Learning Station CROSSLIGHT」は、建築家集団と一緒にプロジェクトを組んで、学生、教職員たちが対話を重ね、2年間かけて作り上げたものです。特徴の一つは、建物自体が吹き抜けになっており、どのフロアからも1階を見下ろせる開放的なつくりになっている点。2階、3階のフロアには、人数や用途に応じて使い分けられるスペースが配置されています。ひな壇のような形状をしたベンチ、巨大なソファ、床面がホワイトボードのエリア……。学生はテーマやその日の気分に合わせて、思い思いの場所で学びに取り組みます。

 例えば、ディスカッションでは、まずメンバー同士で校舎のどこで議論するかを話し合って決めます。ガラス張りの壁にポストイットを貼ってもいいし、階段でお互いに顔を見合わせながらじっくり語り合ってもいい。自分たちで学ぶ場を決め、仲間との対話を通して考え抜き、堂々と自分の言葉で語り合う。最初に自分たちで学ぶ場所を決めることが、それぞれが能動的に学びに関わる素地となります。学生たちが、自分で選んだ場所でどんどん学びにのめり込んでいく姿は、見ているだけでワクワクします。

 私は学びの要素を「BTS」と表現しています。学生から「韓国のアイドルグループですか」と突っ込まれるのですが、Bは「場」、Tは「チーム」、Sは「スピリット」、つまり学びに対する姿勢のことです。この3つの要素を重ね合わせる(スーパーインポーズ)と、面白い学びにつながっていきます。

 井本先生が出演されたテレビ番組や著書を拝見すると、この「BTS」のダイナミズムを日常の授業で自然に実践されているように感じました。

子どもの無防備な姿が見たい

井本 ありがとうございます。

 「面白い学び」と聞いてイメージするのは、私たち教員が児童生徒を面白がらせるというより、子ども自身が目の前の学びに没頭して無防備になっている姿です。子どもたちのその姿を見るのが、私は何よりも大好きで、かわいくて仕方がありません。

 振り返ってみると、私はもともと学びに対して何らかの信念があったわけではなく、児童生徒の無防備な姿を見たくてやっていたら、だんだん自分の中で信念が生まれてきたような感じです。その学びを実現するために「何をしたらいいのか」よりも、「何をしないようにするか」を考え続けてきました。

 無防備な姿で学ぶためには、自分のやり方で、自分の思うように取り組むことを受け入れてくれる環境がなければなりません。

 学びに対し、「何かをできるようになるために」「何かを身に付けるために」といった目的を持つ方が、多いのではないでしょうか。しかし、そんな目的を持った瞬間に、自分のやり方ではできなくなります。「できる・できない」で評価される環境では、子どもたちにとって試行錯誤や間違いは恐ろしいことになります。まずは、「できる・できない」の評価から離れ、子どもをその恐怖から救ってあげなければなりません。

 今の学校の枠組みの中で、本来の「学び」を起こすのは難しいものがあります。私も教員なので、教師が「できる・できない」で児童生徒を評価しないことが、どれほど大変かはよく分かります。授業中にできない生徒がいると、「何とかできるようにしてあげよう」と勝手に思ってしまっている自分に気付き、葛藤することが今でもあります。

 先ほど上田先生が「場」について触れられましたが、私が面白い学びに必要だと思うのは、自分が自分でいても大丈夫だと安心できる場。もっと言えば、子ども自身がありのままを見せて、誰かに喜んでもらえる経験を積める場を、授業の中でつくりたいと思っています。

 そのために、例えば模範解答ではなく、生徒の回答をもとに授業をつくるようにしています。正答はもちろん、いわゆる誤答とされる回答も拾ってシェアするのです。誤答にこそ、学びを深める要素が隠れています。生徒は「え? なんでこれが間違いなの」と食いつき、そこから試行錯誤が始まります。

 私の授業では「正答か誤答か」ではなく、「どう考えたか」という過程にフォーカスします。たとえ誤答だったとしても、自分の考えがクラスで共有され、友達が「こんな考えもあったのか」と驚きを持ってくれる経験は、回答した生徒にとっても自信につながります。生徒たちにとっては教師に認められること以上に、クラスメートが承認してくれた経験の方が、はるかにモチベーションや安心感につながるのです。

ジャッジされない、ジャッジしない

――井本先生は最近拠点を移し、新たな教育活動に取り組まれているんですよね。

井本 昨年の10月から、東京都の山村である檜原村という自然豊かな所に「森の教室」をつくりました。不登校の子どもや、学校を休みがちな子どもが川や森、あらゆる自然の中で遊びながら学んでいます。学校ではいわゆる問題児扱いされるような子どもたちが、森の教室ではキラキラと輝いているのです。改めてその理由を考えてみると、「場」の影響が大きいように思います。

 まず、自然は私たちをジャッジしません。例えば「君はまだこれができないから、川は流れてあげないよ」「君は真面目じゃないから、この石を持つことはできません」なんてことはありませんよね。一方、学校はどうでしょうか。「できる・できない」に軸を置いた評価という名のジャッジを、児童生徒は日々突き付けられています。

自然の中で子どもたちが伸び伸び過ごす様子を語る井本氏

 自然が相手だと、こちら側もジャッジする必要がありません。子どもたちが川に対して「何でお前はゆっくり流れないんだ」と言うことも、木陰に向かって「もっとこっちに来いよ」と求めることもありません。つまり私たちも、自然のあるがままを受け入れなければならないのです。でも、それが教室であれば、クラスメートや教師に対して、「どうして〇〇してくれないんだろう」と求めてしまいます。

 人間を無理やり一つのスペースに押し込むと、よほど気を付けない限り、「受け入れられないし、受け入れることもできない」という状況になってしまいます。森の教室を始めてから、私自身、学校では見えない手で生徒をコントロールしていたのかもしれないと、気付くことができました。

 一方で表面的な「場」を重視しすぎて、本来の目的を忘れてしまう場合もあるかもしれません。「すてき」や「おしゃれ」という要素ではなく、学習者である子どもがいかに心を落ち着かせて、無防備になれるかをしっかりと見極めなければなりません。

本気だから、面白くなる

上田 とても大切な視点ですよね。

 私が大学1年生に対して、どうして多様な学びの体験ができるように授業を展開しているかというと、これまで刷り込まれてきた既成概念を壊すためです。「教師はこういうものだ」「勉強は暗記だ」「授業は椅子に座って受けるものだ」……。そういう概念から一度自分を解放して、実際に体を動かしてみながら学び、その面白さを味わってほしいのです。

 学びたいように学べる空間や場所をどこまで使い倒せるかが、大学で学ぶリテラシーの一つだと思います。高校までの学びのように教師が与えてくれるのではなく、自分で能動的に動き、学びを自力で勝ち取っていかなければなりません。

 例えば、梅光学院大学では教員の個人研究室をなくしました。その代わり、1階の誰でも入れるオープンスペースに各教員の本棚が並んでいます。学生はそれぞれの本棚に並ぶ本を見ながら、教員の興味関心や研究領域について理解を深めることができます。個人研究室や決められた事務スペースがないので、教員(TS)や職員(MS)も日々学生と同じ空間にいて、いつでもコミュニケーションを取ることができます。

 このように、開放された場は自由である一方、自力で学ぶ場を探さなければ学びが成り立ちません。こうした学習環境の中で、1年生には「どこでも学べる」「何をやってもいい」「チームでやってみると面白い」など、行動の可能性に一つずつ気付いてもらい、学びの在り方を再構築してもらっている段階です。

 すなわち、高校生まで教室に閉じ込められていた学びを、「場」の力を借りながら解放しようとしているのです。そうすると、こちらが少しサポートするだけで、学生たちはどんどん学びにのめり込んでいくのです。その姿は井本先生がおっしゃったように、本当に無防備。「変なことを言って笑われないだろうか」という呪縛から解き放たれて、「何を言ってもいい」という安心感を手に入れたからでしょう。

 授業内容が面白いから、学びが面白くなるわけではありません。学習者が本気で取り組むから、面白い学びが生まれるのです。学生にはいつも、「本気でやろう、絶対に面白くなるから」とメッセージを送っています。

(板井海奈)


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【プロフィール】

上田信行(うえだ・のぶゆき) 同志社女子大学名誉教授、梅光学院理事、ネオミュージアム館長。1950年、奈良県生まれ。2020年まで同志社女子大学現代社会学部現代こども学科で教壇に立つ。同志社大学卒業後、セントラルミシガン大学大学院でM.A.、ハーバード大学教育大学院でEd.M.、Ed.D.を取得。ハーバード大学教育大学院客員研究員、MITメディアラボ客員教授などを務め、現職。著書に『プレイフルシンキング[決定版]:働く人と 場を楽しくする思考法』(宣伝会議)、共著に『プレイフル・ラーニング:ワークショップの源流と学びの未来』(三省堂)、『教育の方法と技術』(ミネルヴァ書房)、翻訳に『発明絵本 インベンション!』(アノニマ・スタジオ)など。ネオミュージアムのウェブサイトはこちら

井本陽久(いもと・はるひさ) 「いもいも」主宰 栄光学園数学科講師。長年、児童養護施設やセブでの学習支援活動を続けている。子どもから「イモニイ」の愛称で親しまれる。『いま、ここで輝く。』(おおたとしまさ著)、NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」でその生き方を紹介された。

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