【上田氏×井本氏】 子どもの今この瞬間を輝かせる教育

 「先行きの見えない時代を生き抜くため」という理由で、子どもたちにはたくさんの学習課題が課せられている。ワークショップの第一人者として学びのデザインに長年携わってきた同志社女子大学の上田信行名誉教授と、学校に馴染めない子どもが集う私塾「いもいも」を主宰するイモニイこと井本陽久氏は、そうした風潮に異を唱える。「未来への備え」としての教育があふれる現代、日々教壇に立つ教師はどう授業実践に臨めばよいのだろうか。両氏の対談を通じ、子どもたちが未来はもちろん、今この瞬間に生き生きと輝くための学びを考える。(全3回の最終回)

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目標を子ども側に置かない

――新学習指導要領やGIGAスクール構想など、学校教育は大きな変革期を迎えています。

井本 私が学校外での活動をメインにするようになったのは最近ですが、距離をとってみて改めて、教師が持っているもののすごさをかみしめています。

 昨今は、学校外の人が学校教育について評論する機会が増えています。よく「〇〇をすれば成績が上がる」「〇〇と声を掛ければ、子どもの主体性が伸びる」といった方法論が注目を浴びますが、現場にいる者はそんな方程式は存在しないと分かっています。一方で学校の中を知らない一部の人が、その方程式ありきで教育を語っていることに違和感を覚えます。だから「これがあれば、将来生きていける」なんていう、全く根拠のない議論がまかり通ってしまうのではないでしょうか。

 さらに言えば、そんな方法論はないのだと気付けた段階で、本当の教師生活がスタートするように思います。

 責任感があるが故に目的を持ってしまうことが、教師を苦しめています。「この授業で、児童生徒が何を身に付けられるか」という前提が、まずおかしいのではないでしょうか。

 教師が、子どもを「できるようにする」と考えるのはとてもおこがましいことです。もし、教え子が自分との関わりの中で伸びたように思えても、教師が伸ばしたわけではありません。それは、縁(えん)の中で起こったことにすぎません。さらに言えば、その子の人生の中で、できるようになるのがいいのか、できないままがいいのかも、誰にも分かりません。ですから先生たちは児童生徒を変えよう、伸ばそうとするのをやめてみてください。それよりも「できなくてもいいんだ」と安心できる環境をつくることに、注意を払ってほしいと思います。

教育の目標を子ども側に置かないよう指摘する井本氏

 また、教育の目標を子ども側に置かず、大人側に置くべきだとも思います。つまり、子どもを変えようとするのではなく、子どもを見るこちらの心を変えるのです。同じ姿を見ても、こちら側の心が変われば、「うるさいな」が「かわいらしいな」と思えるようになります。子育てを思い浮かべても、多くのお父さん、お母さんは子どもを通してご自身が変わった経験があるでしょう。学校教育も同じなのではないでしょうか。

 他人を変えることはできません。それは大人も子どもも同じです。私も含めて全ての人は心の奥底で、「何かができないと価値がない」「何者かにならないと価値がない」と、不安を抱えています。その不安を、子どもを通して解消しようとしてはいけません。その思い込みを、ふっと手放してみてください。そうすれば目の前の子どもと出会った縁を大事にし、自分自身も相手も受け入れて進んでいけるように思います。

最初から成果を求められる苦しさ

上田 最近、企業のワークショップをデザインすることが増えているのですが、全く同じだなと思いながら聞いていました。

 例えば、ワークショップをする前に「これをやって何かできるようになりますか」「どんな効果がありますか」と尋ねられることが、本当に多いのです。うそをつくのは嫌なので、「やってみないと分かりません。でも絶対に面白いことが起こると、私は信じています」と答えるようにしています。皆さんが求める「成果」とは一体どんなものでしょうか。3時間ワークショップをしたから、会社の売り上げが倍増するわけはないし、すぐに働き方が変わるわけでもありません。

 さらに、ワークショップに取り組むのは若手の新入社員ばかりで、依頼してくださった幹部の方に声を掛けても、「見学しています」と固辞されます。このようなことを繰り返していると、本当に変わらなければいけないのは参加していない幹部の人たちなのだと気付き始めました。何かを変えようとするときは、その場の全員が当事者として手を動かすことが絶対条件ではないでしょうか。

 変化を怖がらずに、逆に面白がれるようなカルチャー、そして何が起こるか分からないからこそ挑戦する意義があるという空気。それらが今の企業にも、おそらく学校にも、根付いていないのがとても残念です。

 最初から成果を求められている状況は、企業だけでなく、学校教育にも見受けられるように感じるのですが、いかがでしょうか。

先の備えとしての教育への疑問

井本 そうですね。常に成果が求められている中で、何かに取り組み続けることは精神的にもかなりしんどいはずです。最近は特に、「先の備えとしてこれを身に付けておくべき」という教育のスタイルが主流化しているように思えます。果たして先の備えとしての学びが、生き生きするでしょうか。「この先、こう生きるために」「こんな未来が来たら、困らないために」という単純で安易な動機から、学びがつくられています。それが、今の社会が求める「効率化」にもつながるのでしょうか。

 私たち大人がそんな感じだから、付き合わされている子どもは本当にしんどいでしょう。

上田 井本先生の教育実践が書かれた書籍『いま、ここで輝く』というタイトル、ものすごくいいと思います。「今ここで輝かないと、いつ輝くんですか?」ということですよね。

 私たちは長きにわたり「10年後のために頑張ろう」「今苦しくても耐えよう」などと言われ、我慢を美徳とする精神を刷り込まれてきました。少しずつ変わってきたように思いますが、まだその価値観は社会に根深く残っています。

「今、この瞬間」に注目する大切さを訴える上田名誉教授

 しかし、どうでしょう。今この瞬間が楽しい方が、明日も楽しくなる可能性が高いと思いませんか。私たちは、どうしてこんなにも、今この瞬間をないがしろにしているのでしょうか。これから「命輝く人生」を生きるためには、「この瞬間に集中して、目の前にあることに精いっぱいになって、今ここで輝く」ことが第一歩で、その積み重ねが人生であり、子どもたちが歩む未来になるのです。

子どもを見ているだけで大丈夫

――今は教師もさまざまな方面から評価され、縛られているように思います。教員にメッセージをお願いします。

井本 よく現場の先生から「自分も児童生徒を認めたいし、一人一人を大切にしたいけれど、学校の方針は違う」「そんなことをしたら、保護者からクレームが入りそうだ」という相談を受けます。はっきりしているのは、子どもを見ているだけで大丈夫ということです。

 以前と比べて、学校は保護者からの要望や期待に応えることに敏感になっているように見えます。期待に応え続けると一時的に信頼されますが、そうやって得た信頼はもろいものです。さらに言えば、果たして保護者は期待に応えることを本当に望んでいるのでしょうか。

 例えば、わが子が学校から帰ってきて、「イモニイが今日こんなことしちゃったんだよ」とキラキラした表情で語ったとします。すると、「この子はこの先生といるのが幸せなんだな」と分かる。多くの保護者は、それだけで安心するはずです。

 でも、児童生徒のことだけを見て、自分の評価を気にしなくていいのかと言えば、現実には難しいところでしょう。私も明確に答えられないのですが、「思い続けていると、少しずつ変わっていける」と信じることが大切なのではないでしょうか。「自分の評価を気にしないようになりたい」と思うなら、その意欲はぜひ持ち続けてほしい。すぐにはそうなれなくとも、思い続けていると、少しずつ人生がそちらに動くように思います。

 私自身も「子どもをジャッジせず、どの子も愛したい」と、ずっと思い続けてきました。20代、30代の頃は、表面的にはできる自分と、本心ではそう思い切れていない自分とのギャップで苦しみました。しかし、「そうなりたい」という意欲を持ち続けていると、本当にじわじわとですが、人生で起こることが全てそこにつながっていくように思います。どんなに苦しくても、自分の中でそう思い続けることが、鍵になるのではないでしょうか。

「一方的に楽しませる」意識を捨てる

上田 ワークショップを準備するとき、さまざまなアジェンダを踏まえて計画を立てます。その際に学生と一緒に計画を立てると、段取りばかり考えてしまいます。そんな時は、「それでは駄目。このテーマの本質を最後まで考えよう」と声を掛けます。段取りを細かく決めてそれを完璧に遂行しようとすると、本番当日は参加者一人一人に目を配ることがほとんどできません。想定外の参加者やアイデアを前にした時も、それを無視して進めてしまいます。

 多くの人が勘違いしていますが、準備とは当日の段取りを細かく決めることではありません。大切なのは、そこに掲げられたテーマの本質を当日ギリギリまで、どこまで掘り下げて考えられるかにあるのです。

 そして、何より大切なのは、目の前の人を見ること。どんな人が参加して、どんな様子なのかをつぶさに把握して、そこからすべきことを考え始めます。要は、現場に行って始まらないと、何も分かりません。段取りが通用しないから、一瞬一瞬、状況を真剣に見ていないと「場」は動かせないのです。だからこそ、面白いのです。

 学校の先生も同じではないでしょうか。指導案をいくら細かく作り上げても、いざ児童生徒の前に立てば、想定外の連続でしょう。井本先生がおっしゃる通り、「子どもを見る」に尽きるのだと思います。

 それができると、子どもを一方的に楽しませようという意識はなくなります。その場にいる全員を巻き込みながら、次は何が起こるだろうという面白さだけでなく、不安すらも共有しながら、みんなが当事者になれる学びができていくのです。

(板井海奈)


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【プロフィール】

上田信行(うえだ・のぶゆき) 同志社女子大学名誉教授、梅光学院理事、ネオミュージアム館長。1950年、奈良県生まれ。2020年まで同志社女子大学現代社会学部現代こども学科で教壇に立つ。同志社大学卒業後、セントラルミシガン大学大学院でM.A.、ハーバード大学教育大学院でEd.M.、Ed.D.を取得。ハーバード大学教育大学院客員研究員、MITメディアラボ客員教授などを務め、現職。著書に『プレイフルシンキング[決定版]:働く人と 場を楽しくする思考法』(宣伝会議)、共著に『プレイフル・ラーニング:ワークショップの源流と学びの未来』(三省堂)、『教育の方法と技術』(ミネルヴァ書房)、翻訳に『発明絵本 インベンション!』(アノニマ・スタジオ)など。ネオミュージアムのウェブサイトはこちら

井本陽久(いもと・はるひさ) 「いもいも」主宰 栄光学園数学科講師。長年、児童養護施設やセブでの学習支援活動を続けている。子どもから「イモニイ」の愛称で親しまれる。『いま、ここで輝く。』(おおたとしまさ著)、NHK「プロフェッショナル仕事の流儀」でその生き方を紹介された。

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