【サコ氏×日野田氏】 教育でアウェー体験をさせる

 世の中の不確実性が高まる中、新時代の教育にはどんな視点が必要なのか――。京都精華大学のウスビ・サコ学長と、武蔵野大学中学校・高等学校および武蔵野大学附属千代田高等学院の日野田直彦学園長による対談では、新時代の教育に向けて教員に求められる資質、今の教育に足りない視点について意見を交わした。全3回の2回目。(司会・教育新聞編集長 小木曽浩介)

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「Z世代」の育成では「柔軟性」がカギになる

――今、学校教育は変革期を迎えています。新時代の教育を創っていくにあたり、教員にはどのような資質が求められるのでしょうか。

日野田 日本の教員は、基本的に全員、スペックがとても高いと思っています。なのに、その能力が生かされていない場合が多いのが問題です。

 では、何が必要かというと、まずはみんなで腹を割って話し合うことです。教員というのは、専門家の集団です。みんな得意なことがあるのに、それを発揮できていないわけで、それぞれの得意をフルパワーで出せるような環境づくりが必要です。

 皆さんは思っていることを文字化したことが、意外にないと思います。だから、私はよく教職員全員でホワイトボードに「本当は何をしたいのか」を書いていくようなワークショップをやります。

「教員の高い能力が生かされていない」と日野田氏

 お互いが思っていることをフィードバックし合えるような環境づくりをしていかない限り、コンテンツをいくら充実させても、結局しんどくなって、続けられなくなります。まず、それぞれがやりたいことについてのアイデアを出し、共通項を探りながらみんなで取り組んでいく。そのように先生たちが働ける環境を整えていけばよいのではないでしょうか。

 もう一つ、とにかく日本の教員はみんな頑張り過ぎです。真面目な人が多いので、私はいつも「頑張っちゃ駄目です。適当に手を抜いてください」と伝えています。頑張っている時というのは、サッカーに例えると、自分の足元のボールしか見えていない状態です。そうではなく、目線を上げて、周りを見る余裕を持つことが大切です。そもそも「何のために、何をすべきなのか」を俯瞰的に考え、目的と手段が逆転していないかを考え続けることが大切なのかもしれません。

 また、休みの日は、ちゃんと遊びに行くことも大事です。そうでないと、思考も縮こまってしまうばかりで、視野も狭くなってしまいます。

 「遊び」と言うと、悪いイメージを持つ方も多いのですが、車のハンドルの「遊び」は必要ですし、中国には「遊学」という言葉もあります。先生たちが休んだり、遊んだりすることが許されるような環境をつくることが、教員の資質を生かすことにつながります。

サコ 皆さんは、常に「オン」の状態になっていないでしょうか。ずっと緊張感を持っているのではなく、だらだらとする「オフ」の時間帯がもっと必要です。

 日野田先生がおっしゃったように、「遊び」はとても大事です。例えば、コロナ禍により大学ではオンライン授業が中心となりました。すると、これまで教室での対面授業ではあまり感じなかったのに、「つまらない」「面白くない」と感じる先生が増えたようなのです。

 それは、おそらく遊び心があるかどうかが影響していると思うんですよね。オンラインになると、学生たちはパソコンの画面上でしか先生を見られません。教室での対面授業では感じることのできた、先生のいろいろな雰囲気が感じ取れないので、そうしたことが起きているのだと思っています。

 私たちの世代の多くは真面目さを武器にやってきましたが、Z世代が生きていく社会では柔軟性がないとやっていけなくなるでしょう。なぜなら、コロナ禍も含めて、これからの世の中はいつ状況が変わるかも分からないからです。こうした時代を生きていく上で、ワンパターンしか持っていない人は苦しくなります。

 つまり、Z世代を育成していくためには、柔軟性がカギになり、教員自身もそれを持たないといけないのだと思います。

トライ&エラーできる環境や場所が必要

日野田 サコ先生がおっしゃったように、世の中の不確実性は高まっています。でも、それをネガティブに捉えるのか、チャンスが大量に転がっていると捉えるのかだと思うのです。

 教室での学びは大事です。それは基本としてやる。でも、それを実践で使う場所を提供し続けることが、学校や教員には求められていると思います。

 私は5割から6割は、今まで通りの教育でいいと思っています。ただ、あとの4割は実践知が必要です。子どもたちがトライ&エラーできる環境や場所を確保しないと駄目だと思っています。

サコ 私はそういう意味でも、大学の施設をどうつくればいいのかということをずっと考えていて、今、本学でコモンズをたくさん持っている建物をつくっています。

 学生にとって、教室と違ってプレッシャーが少ない場所、誰もが自由に集えるような、ちょっとお茶でも飲みながらお互いに声を掛け合えるような所。そういう場所をたくさんつくろうとしています。

 今の学生に一番足りないのは、教室で授業を受けることではなく、自分が抱えている悩みやモヤモヤを他者と共有することと、場所です。授業中はそれができないから、授業以外の時間で友人たちと共有して、価値観の違いなどに気付くことが重要なのではないかと考えています。

サコ氏は「今の学生に足りないのは、悩みを共有することと、その場所だ」と指摘

日野田 コモンズ、素敵ですね。そうやって自分の価値観や考えを外に出す機会を与えることは、本当に重要だと思います。

 日本の場合、小中学校の間、ペーパーワークは得意とする一方で、フリーディスカッションをする機会がほとんどありません。だから、自分の思いを口に出したり、対話をしたりするのが苦手です。

 私は日本人を対象にワークショップをするときは、まず参加者が自分の考えなどを書いて文字化したものを作った上で、説明してもらうようにしています。日本人は、そうした教育を受けてきているからか、耳から入ってくるよりも目から入ってくる方が得意なようです。

 文字化したものを見せ合って、フィードバックをもらうことを繰り返す。そうして相手にどうやってフィードバックするかという練習をし続けていくと、勉強ができる、できないにかかわらず、相手の話をちゃんと聞いてあげられる優しい子に育っていきます。

 こうしたことからスタートしていけば、もっとみんなが自分の意見や考えを言い合えるようになるのではないでしょうか。

思ったことを言わなければ「タブー」になる

サコ これからの教育というのは、「日本の子」「中国の子」ではなく、「世界の子どもたち」なので、そうなると一番大事なのが、「自分の言葉で語れる」ということです。誰かに叩き込まれた言葉をそのまま演じるのではなく、自分の言葉を持つために、口に出すことが重要です。

 みんな頭の中ではいろいろなことを考えているかもしれないけれども、それを口に出す練習も、絶対にやらなくてはいけないと思います。これが日本語でできるようになれば、自然と英語や他の言語でもできるようになります。

日野田 まず、「自分の言葉で、自分のことをきちんと語る」ことができるようにならなければいけませんよね。

サコ 私の子どもたちも、日野田先生と同じように、国外での生活を経て日本に来ました。そうしたら、小学校の時に担任の先生に「問題があるのでは」と呼び出されたことがあります。

 うちの子どもたちは北京国際フランス学園(フレンチスクール)で教育を受けて、日本の小学校に転入しました。彼らがフレンチスクールでどんな教育を受けていたかというと、「頭に浮かんだことを全て言う」ような教育です。しかし、それを日本でやると、「問題がある」になってしまうわけです。

 私は文化交流などで日本の小学校を訪問する機会も多いのですが、低学年の子たちから本当にいろいろな質問をされます。例えば、「サコさん、なんで黒いの?」と聞かれます。私もそうした質問に対するテンプレートを用意しているので、「テニス焼けだよ」と答えると、「テニスでそこまで黒くなるわけないやん!」などとツッコミが入るわけです。

 こうした質問ややりとりは、高学年になると絶対に出ません。子どもたちは思っていても、言わなくなります。でも、思ったこと、感じたことを言わないと、結局それは全部「タブー」のままになってしまいます。そして、知識にもなりません。「世界にはさまざまな人種がある」ということを、最初から「タブー」にしてしまうと、それは「差別」につながってしまうのです。

 これからどんどん世界が多様化していく中で、子どもも大人もデリケートなことにたくさん出合うでしょう。それを差別にしないためにも、口に出すことが必要だと思います。

日野田 サコ先生も私も、ある意味でアウェイ体験ばかりをしてきたわけですが、それはとても大事なことだと思います。

 アウェイというのは場所だけではなく、環境や人間などさまざまです。例えば先日、本校の生徒たちが「価値観ワークショップ」をやりました。250ものキーワードから、自分が大事にしていることを10個選ぶのですが、お互いの選んだものを見て、生徒たちは「え? あなたはそんなことを大事だと思っていたんだ!」というような反応をしていました。これだけでも、アウェイ体験になります。

 海外に出なければアウェイ体験はできないと思いがちですが、そうではありません。オンラインで海外とつながることはもちろん、今まで水泳が苦手だった子が、スイミングスクールにトライするだけでも大きなアウェイ体験になります。今までいた自分のコンフォートゾーンから一歩踏み出す。たった5%でもいいから、踏み出せばいいのです。

 Z世代だからこそ、物理的な垣根を越えていくことも多くなるでしょう。自分の思い込みで「この人はこうだ」と決めつけるのではなく、ちゃんと相手の話を聞き、丁寧にリスペクトする。そして、否定しないことが前提になります。こうしたことができるような教育を先生たちが意識しない限りは、変わっていかないと思います。

 そして、先生自身がコンフォートゾーンから抜け出して、新しい冒険の旅に出る。その背中を生徒は見ていると思います。そんな姿を見せ続けていただければ、きっと素敵な教育や学校が達成されると信じています。

(企画・構成 松井聡美)


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【プロフィール】

ウスビ・サコ 京都精華大学学長。マリ共和国生まれ。高校卒業と同時に国の奨学金を得て中国に留学。北京語言大学、南京東南大学を経て1991年に来日。99年、京都大学大学院工学研究科建築学専攻博士課程修了。博士(工学)。専門は空間人類学。「京都の町家再生」「コミュニティ再生」など社会と建築の関係性を様々な角度から調査研究している。バンバラ語、英語、フランス語、中国語、関西弁を操るマルチリンガル。京都精華大学人文学部教員、学部長を経て2018年4月から現職。編著に「現代アフリカ文化の今」(青幻舎)、著書に『「これからの世界」を生きる君に伝えたいこと』(大和書房)、「アフリカ出身 サコ学長、日本を語る」(朝日新聞出版)、『アフリカ人学長、京都修行中』(文藝春秋)など。

日野田直彦(ひのだ・なおひこ) 武蔵野大学中学校・高等学校および武蔵野大学附属千代田高等学院学園長。帰国子女。同志社国際中高、同志社大学卒。塾ではトップ講師として、学校では私立学校の新規立ち上げなどに携る。2014年に大阪府の公募等校長制度に応じ、大阪府立箕面高等学校の校長に着任(当時全国最年少36歳)。着任3年目には海外トップ大学への進学者を含め、顕著な結果を出す。18年、武蔵野大学中学校・高等学校の校長に着任。20年より武蔵野大学附属千代田高等学院の校長を兼任。21年より、上記両校を統括する中高学園長となる。また22年より、閉校された千代田女学園中学校を千代田国際中学校として、未来に向けた新しい教育のトライアルを始める。著書に『なぜ「偏差値50の公立高校」が世界のトップ大学から注目されるようになったのか !?』(IBCパブリッシング)。

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