【北欧の教育最前線】スウェーデンの成人教育機関コムブクス

 スウェーデンの全自治体に設置されている成人教育機関コムブクス(Komvux)は、成人に対して小中学校、高校と同等の教育を提供する学校だ。授業料は無料で、仕事をしながら学ぶこともできるし、必要なら奨学金を受けることもできる。コムブクスで中学校レベルの教育を終えた後に、職に就いたり職業教育機関に進んだりする人もいるが、目立つのは大学進学を目指して高校レベルの授業を受ける生徒たちだ。かれらはどんなふうに学んでいるのか。2人の生徒にインタビューした。

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目指す職業を決めて入学準備

 2019年秋にコムブクスで学び始めたCさんは、今夏に第一志望の大学に合格し、8月から大学生になった。現在23歳。エンジニアを目指しており、未取得だった高校卒業資格と工学部への出願に必要な科目の単位を得るためにコムブクスに入学した。彼女は日本語学習が趣味で、コムブクスでは日本語の授業も履修した。履修者が少ない科目は遠隔授業として提供されており、彼女の日本語科目も当初からオンラインだったそうだ。

リンシェーピン市のコムブクス校舎。一階には受付と食堂、二階に教室や図書室などがある

 Cさんにとってコムブクスの授業は、高校の授業よりも取り組みやすいものだったという。科目の構造や到達目標が明瞭で、教師の励ましも的確だったので意欲を保ちやすく、かなりよい成績をとることができた。かつて在学していた高校で勉強を続けていたとしても、希望する大学に入学できるほどよい成績を取れる見込みはなかったし、高校卒業資格がないままでは仕事を得ることもできなかっただろう、と彼女は言う。近いうちに大学の交換留学プログラムを利用して日本に留学するつもりだ。いまの彼女は将来への希望にあふれている。

 昨年1月にシリアから移住してきたRさんは、その1年後からコムブクスで学んでいる。2011年に母国で内戦が始まってから19歳でスウェーデンに来るまで、学校教育を受けることができなかった。彼女には歯科医師になるという目標があり、できるだけ早く高校卒業資格を取得して大学に入学したいと思っている。初級スウェーデン語を学ぶ移民向け講座を短い期間で修了し、現在はコムブクスで高校レベルのスウェーデン語と数学を履修している。スウェーデン語が上達したら履修科目を増やす予定だ。

 コムブクスには進路アドバイザーが常駐していて、個々の生徒の目標に応じて履修計画の助言をしてくれる。彼女の場合は、できるだけ早く大学に出願したいと希望しているものの、歯科医師コースに合格するには各科目で高い成績が求められる。そのため、アドバイザーの助言に従い、まずはスウェーデン語科目で好成績を収めることを最優先に考えているという。

明確な目的、柔軟な学習

 Rさんは当初、高校で学ぶことを希望していた。コムブクスには年上の生徒が多く、なじめないのではないかと不安だったそうだ。しかし、それは杞憂(きゆう)
で、自分の母親と同世代のクラスメイトと親友になった。さまざまな経験を積んだ人たちとともに学ぶことができるのは貴重な機会で、自分の成長が実感できるという。Cさんも、クラスメイトと助け合いながら学んだり、さまざまなことを話し合ったりした経験を語ってくれた。学ぶ目的を明確に持つ生徒が集うからこそ生じる効果があるのだろう。

 コムブクスは、公的に初等中等教育を保障する教育機関であり、日本における夜間中学や定時制・通信制高校と似ている点はあるものの、内実は大きく異なっている。大学入学のための予備校のようだと言われることもあるが、コムブクスで学ぶことは目指す職業に就くための積極的な選択であるといえる。スウェーデンにおいて大学教育は、特定の職業に就くための資格を得ることとほぼ同義であり、希望する大学に入学できるか否かは、各科目で取得した成績によって決まるからだ。

 人気のある大学に入学できるほどのよい成績をとることは、高校でもコムブクスでも容易ではなく、高い学習意欲が必要とされる。個々の事情に合わせて柔軟に学習を進められるコムブクスは、人生の目標に向けて大学教育を必要とする多くの人にとって有用なシステムなのである。

(太田美幸=おおた・みゆき。一橋大学大学院社会学研究科教授。専門は比較教育、成人教育、ノンフォーマル教育)


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