【小川修史准教授】 学級にWin-Winの視点を

 日本の学校でも広く認知されるようになった、インクルーシブ教育。しかし、現状は枠組みが整備されただけにすぎず、教師や児童生徒の意識にまで浸透しているとは言い難い。そんな中、兵庫教育大学大学院学校教育研究科の小川修史准教授は「インクルーシブ教育を『受け入れる』という思考で捉えるべきではない」と指摘する。小川准教授が描くインクルーシブ教育とはどのような姿なのか。(一社)日本障がい者ファッション協会(JPFA)副代表も務め、学校教育とファッションの観点からも多様性と向き合う小川准教授に、これからのインクルーシブ教育について聞いた。(全3回の最終回)

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「受け入れる」思考を止める

――インクルーシブ教育が広がり、障害の有無に関わらず全ての児童生徒が共に学ぶ環境が実現されつつあります。一方で、障害のある児童生徒が孤立したり、児童生徒同士がお互いの個性を理解し合えずトラブルが起こったりするなど、学級の中で生まれる分断に頭を悩ませる教員も少なくないようです。

 これは、多様性の価値観がアップデートされていないからこそ起こることなのではないでしょうか。つまり、インクルーシブ教育や特別支援教育を「受け入れる」という思考で捉えているから、「どうして受け入れなきゃいけないの」という反発が生まれてしまうのです。

 現在のインクルーシブ教育の在り方を見ると、障害のない児童生徒が、障害のある児童生徒に「してあげる」「お世話する」という概念から抜け出せていないように思います。

 少し話がそれますが、「合理的配慮」の原文は「Reasonable accommodation( リーゾナブル・アコモデーション )」です。この「アコモデ―ション」に注目してください。日本語の「配慮」と聞くと、「してあげる」という印象を抱きがちです。しかし「アコモデ―ション」は、直訳すると「宿泊施設」という意味になります。

 ホテルがお客さんを宿泊させるときに、「もてなして“あげる”」とは言いません。宿泊客はホテルに泊まれてハッピーですし、ホテル側はサービスに対する対価をもらえてハッピーです。つまり、「Win-Win」の関係が成り立っているのです。

 特別支援教育だけでなく、福祉も含めて、日本にはこのWin-Winの視点が欠けているように思います。

――Win-Winの視点について、もう少し詳しく聞かせてください。

 私が所属するJPFAでは、全ての人がおしゃれに、機能的に着こなせる和服に着目しました。京都・西陣の織元である、とみや織物さまの技術協力のもと、「l’essor(レソール)」という新世代の和服を開発しています。

 これまでの和服は障害の有無に関わらず着付けに苦労しましたし、機能的とは言い切れませんでした。

 私たちが開発する和服はセパレートになっていて、簡単に着用できます。上半身は羽織になっており、下半身の部分は巻きスカートのように身体に巻き付けるスタイルです。帯はベルトになっているので、背中で結ぶ必要もありません。

高校生や学生らと開発した制服を着用する小川准教授(写真右、本人提供)

 もちろん車いすユーザー向けに開発したので、障害のある人でも簡単に着用できます。一方で障害のない人にとっても、「普段着感覚で着られる着物」として新たなニーズに応えられています。成人式や卒業式に高額な着物をレンタルしなくてもいいし、「今日は着物を着て散歩しよう」などと、日常に着物を取り入れやすくする効果があります。つまり、全ての人にとって魅力的な和服が完成したのです。

 「どちらが得をするか」という世界から抜け出して、みんながWin-Winで楽しめる世界へ。これこそが、多様性がアップデートされた世界なのではないでしょうか。

視覚で楽しむ百人一首

――学校にWin-Winの視点を落とし込むとしたら、どのような形が考えられるでしょうか。

 面白い話があります。子どもたちが百人一首をやろうとしていたのですが、そこに聴覚障害の子どもがいました。先生は「百人一首の代わりに何をさせよう」と悩んでいたのですが、子どもたちはその思惑にとらわれません。「手札を読むのではなく、画面に映せばいいよね」と、視覚を使った新しい遊び方を生み出して、皆で百人一首を楽しんだのです。

 子どもは、「皆で楽しむこと」が目的になっています。一方で、教員をはじめ私たち大人は、楽しむことを忘れて小さなことにとらわれがちで、視野が狭くなっているのかもしれません。

 本来のインクルーシブ教育は、この子どもたちのような視点を持つことではないでしょうか。「どうしたら、みんなで一緒にワクワクできるだろうか」と。

 パラリンピックのボッチャもそうです。手、足、口、どこを使って球を投げてもいい。最優先すべきはそこにいる全員が楽しめることであり、ルールは柔軟に変えていいのです。

――教師がその視点を持つためには、どうすればいいでしょうか。

 「一緒にワクワクする」と言うと、「甘やかしているのではないか」「児童生徒の将来のためにならないのではないか」などと、懸念する先生もいらっしゃると思います。

 学校の先生向けに講演するときも、同じような質問をよくいただきます。そのときは、ストレスをポジティブとネガティブの2種類に分けましょうとお話しします。

 ポジティブなストレスは、頑張れば報われるストレス。ネガティブなストレスは、頑張っても報われないストレス。人間の成長に必要なのは、ポジティブなストレスですとお伝えしています。

 例えば、児童生徒が自分で何かに挑戦して失敗したとします。その際、失敗を多くの人はネガティブに捉えてしまいがちです。しかし何かに挑戦しようという主体性は「頑張れば報われる」見通しから生まれるものであり、主体性があるからこそ問題解決する力につながるのです。本来はポジティブなストレスであり、評価すべき対象です。

 これからの学校教育は、「主体性」が重要なキーワードになります。そのためにはネガティブなストレスを解消することが重要です。それは決して教師目線ではなく、子どもたちと一緒に考えることが重要です。百人一首の事例も、先生に足りなかったのは「一緒に考える」という視点だったのかもしれません。

 子どもたちが抱えるネガティブなストレスを、どうすればポジティブなものに変えられるか。そのためには「ワクワクすること」が必要不可欠です。

「楽しさ」が障害を取り払う

――教員を目指す学生や現役の教員にアドバイスをお願いします。

 楽しいことは悪いことではありません。学びは楽しさやワクワクから生まれますし、楽しさやワクワクに障害の壁はないのではないでしょうか。

 そして、障害は人にあるものではなく、社会に存在するものです。例えば、車いすユーザーがいて、目の前に段差があったとします。障害はこの段差であり、決してその人自身ではありません。この段差を取り払ったり、段差のないフィールドに活動の場を移したりすれば、この人に障害はないのです。

 例えば、大型のショッピングモールでは、車いすユーザーの方が便利だと思いませんか。広い敷地を徒歩で歩くのは、結構大変です。それならば、電動車いすをレンタルするサービスを開始して、ショッピングモール全体をバリアフリーにすれば良い。すると、障害のある人はもちろん、障害のない人にとっても恩恵がある、まさにWin-Winなのです。

 どうすれば障害を取り払う発想が生まれるかと言うと、「楽しさ」に尽きるのではないでしょうか。どのようにすれば皆で楽しめるのかという視点があれば、誰でもどこでも、そこにある障害をなくせるのです。

 だから、教員志望の学生や現役の教員の皆さんには、「一緒に楽しむ」視点を忘れてほしくないと思います。「楽しませる」のではなく、「自分も楽しいし、相手も楽しい」。この考え方を、児童生徒を含む学級の一人一人が持てれば、本当の意味でのインクルーシブ教育が始まるように思います。

――今後、どのような活動を予定されているのでしょうか。

教員にも児童生徒と「一緒に楽しむ視点」を持ってほしいと語る

 実はJPFAで、来年の『パリコレウィーク2023 春夏コレクション』に向けてショーの開催を目指しています。JPFAのコンセプトである、多様性をクロスさせて輝かせる「X-Style(クロス・スタイル)」という概念を発信し、世界にインパクトを与えたいと考えています。

 今回の東京パラリンピックを見て、価値観がガラリと変わった人も多いように思います。障害や多様性という言葉に、厳かなイメージを持っていた人も少なくないかもしれません。しかし、どの競技の選手もとにかく明るく、プロのスポーツ選手としてとてもかっこいい。世界中の人たちが持つ障害に対する偏ったイメージを変えることに、大きく寄与したと感じます。

 私たちのショーでもWin-Winの社会の在り方をしっかりと提案したいと考えています。皆さんも、Win-Winの社会のあり方について一緒に考えてみませんか?

(板井海奈)

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【プロフィール】

小川修史(おがわ・ひさし) 兵庫教育大学大学院学校教育研究科・准教授,博士(工学)、専門は教育工学と特別支援教育。2019年12月に(一社)日本障がい者ファッション協会(JPFA)副代表に就任、21年3月よりミライの制服プロジェクト・代表。現在に至る。

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