【「足並みバイアス」を断捨離】 乗り越えるための方法

 「これまでと同じやり方で」「全てのクラスで同じやり方にしましょう」など、学校には「足並みをそろえなければならない」という「足並みバイアス」がさまざまな場面に存在している。こうした状況が日々の業務を圧迫し、新しいことにチャレンジできない職場風土を生み出しているとの指摘もある。そんな中、私立小学校の勤務を経て公立小学校の教諭になった札幌市立屯田西小学校の渡辺道治教諭は、そうしたバイアスを乗り越えながら学校や授業をアップデートし続けてきた。渡辺教諭がこれまで断捨離してきたバイアスや、若手教師がバイアスを乗り越えるための方法について聞いた。(全3回の1回目)

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なぜ、そこまでかたくなにそろえる必要があるのか

――学校には「〇〇しなければならない」「みんな一律に」など、多くの「足並みバイアス」が存在し、それが教師を苦しめています。

公立に来てからさまざまな「足並みバイアス」に驚いたという渡辺教諭

 私はもともと奈良県の私立小学校で11年間勤務した後、札幌市の公立小学校教諭になりました。実を言うと、私立にいた頃は、そうしたバイアスを感じたことがほとんどなかったんです。もちろん、学年で「ここは統一しましょう」というようなものはありましたが、あってしかるべきものばかりで、それぞれの教師の裁量がしっかり認められていました。

 しかし、公立に来てからは、「なぜ、そこまでかたくなにそろえる必要があるんだろう?」というようなバイアスをいろいろな場面で感じ、最初は本当に衝撃を受けました。

――特に、どんなことに驚きましたか。

 例えば、会議の在り方です。「多数決は決してしない」という根強い文化を目の当たりにして驚いた覚えがあります。

 職員会議というのは、基本的には「議決する」場です。最終的な決定権は校長にありますが、その大きな判断材料となる「組織の意思決定」を下すために行われるのが職員会議です。私立時代は、それぞれが意見を出し合い、議論が行きつくところまで行ったならば「会議の場で結論を出す」ことが習慣化されていましたし、多数決という方法を採用することも少なくありませんでした。議論はすでに尽くされた訳ですから、決めなくては先に進めません。

 しかし、公立に来てからは「決定しない」会議が続きました。「みんなが納得することが大切」という不自然なバイアスがかかっていたように思います。とにかく、全員が納得するまで話し合い、折り合いが続きました。「部に差し戻してから再提案」ということも恒常化されていました。「決める」のではなく「話し合う」ことが目的になっているかのようにも感じたほどです。“決まらないから進まない”の繰り返しで、何かが決定されるまで私立時代の3倍以上は時間がかかっていたように思います。

 さらに、月1回のそうした職員会議に加え、毎日のように別の会議や打ち合わせが入りました。指導案検討、学年の打ち合わせ、部の話し合い、特別委員会の話し合い……。放課後がフリーになる曜日がほとんど無く、「皆さん、いつ教材研究をしているんだろう?」と不思議に思ったくらいです。ここには、「打ち合わせは丹念にした方が良い」というバイアスもそうですが、「仕事を削る・精選する」ことが苦手な学校の体質も見えました。

 公立に来る前は、月に1回の職員会議と研修、あとは学年で何か相談することがあったらその都度集まる程度で、ほぼ放課後はフリーでした。ですから教材研究も丹念にできましたし、なんなら他の先生方と息抜きにスポーツをする休憩時間もあったぐらいです。

 それが、先ほど述べたように放課後に自由に動ける時間がほとんどなくなる状況に直面して、「このままでは本当にまずい」と思いました。同時に、これだけ過酷な環境で働いている先生方に敬意の念も覚えました。

人を変えるよりも、仕組みを変える

――そこからどのようにその状況を乗り越えていったのでしょうか。

 私立での11年の教員経験があるとはいえ、札幌市の教員としては初任者でした。「札幌のやり方はこう」「学年のやり方はこう」「オーソドックスな指導法はこう」など、さまざまな「足並みバイアス」に閉塞感を覚えながらも、最初の半年は一切何も意見せずに、全部受け止めてやってみました。同僚との関係をつくる意味でもそうですが、「異文化を素直に一度受ける」ことも自分の教師人生において必要な学びだと思ったからです。

 そのうち、研修会や飲み会などで自分の意見を話す機会が増え、校内に少しずつ仲間ができてきました。私立から公立に来た私が感じていることを、ぜひ職場でも話してほしいと同僚からも背中を押されるようになり、会議の場などで意見したり、提案したりするようになりました。

 例えば、会議については、「会議は決める場なので、決まらないと先に進みません。全員の同意を得られないから部会に持ち帰って、再提案をするという形では非常に時間がかかります。決めてしまえることはできるだけこの場で決めませんか?」と訴えかけていきました。「多数決」という言葉にはかなりのアレルギー反応があったので、「これで決定というわけではありませんが、一応の意思表示をお願いします。A案に賛成の方? B案に賛成の方?」という形で、立場や考えをハッキリ表明できるようにも努めました。

「業務改善部」を立ち上げるなど、5年で大きく職場環境は改善された

 また、「業務改善部」を立ち上げることも提案しました。先ほど述べたように、学校には「業務を増やすことは得意でも、削ることは苦手」という体質があります。「業務を削減しましょう」と誰かが投げ掛けて、一時的に業務が減ったとしても、異動によって組織のメンバーが変わると元の木阿弥なんてことも多々あります。ですから、「人を変える」よりも「仕組みを変える」ことを目指して、「業務改善部」を提案しました。

 そうしたことの積み重ねを経て、例えば職員会議は毎月から隔月開催になりましたし、学年の打ち合わせも毎週から隔週になりました。学級通信はウェブで発行することも可能になり、集金も自動化しました。他にも大規模研究大会を中止するなど、みんなで協力しながら業務を改善していく仕組みができていきました。

 結果として、公立で勤め始めた5年前と今とでは、大きく状況は変わりました。実際の業務改善が進んだことにも価値はありますが、それ以上に「業務を削っても、困ることはない」「むしろ身軽になって良いことがたくさんある」という雰囲気が職場にもたらされたことが大きかったと思います。放課後、自由に動ける時間がたくさん生み出されたことで、教材研究の中身も充実するようになりました。

算数は「話し合い中心」から「習得中心」の授業に

――子どもの視点から考えて、乗り越えてよかった、断ち切ってよかった「バイアス」はありますか。

 さまざまな教科において「指導法」のバイアスも存在します。例えば、算数の指導法については、私立の時代に主流だった方法と公立のそれが大きく違っていて驚きました。

 公立で見た授業のほとんどは、「話し合い中心」の授業でした。核となる1問の解き方を考えさせ、子どもたちに議論させたり説明をさせたりして授業が終わり、習熟問題はドリルなどの宿題で出される、というような構成です。この場合、子どもたちは分かったつもりになって、できるようにならないで授業が終わるというサイクルになりがちです。

 話し合い中心の指導法を全て批判するわけではありませんが、算数は技能教科です。「分かる」状態で終わるのではなく、「できる」まで練習する、習得を中心とした指導法の方が適していると思います。実際にそのようにして進めた授業から子どもたちの大きな変化の事実が生まれましたし、参観に来られた先生方からも「習得中心の授業」には大きな反響がありました。

――こうしたバイアスがなかなか乗り越えられないのは、なぜなのでしょうか。

 一つ、誤解してほしくないのは、全てのバイアスがあしきものではないということです。これまで生まれてきたバイアスは、結局、その当時に良かれと思ってつくられた、教師の熱意や善意の塊であったりします。しかし、時がたつにつれ、なぜそれをしていたのかという目的を見失っていたり、形だけが残ったりして、業務全体の大きな足かせになってしまっているケースもあるということなのです。

 これほど業務過多の現状があり、多くの方がしんどさを感じているにも関わらず、それでも削れないし変えられないのは「これは多分大切なものだから、子どもたちのために捨てられない」という感覚があるからです。そして、「削った時に責任を追及されるかもしれない」という恐れを持っているからです。

 ただ、もう学校や教師は、今までと同じ量の荷物を持つことはできません。限界を迎えています。だからこそ、本当に大切なものは何なのかを考え、覚悟を持って「バイアス」を乗り越える必要があるのだと思っています。

若手教師がバイアスを乗り越える方法

――若手教師は立場上、目の前にある「足並みバイアス」を乗り越えられずに苦しんでいるケースも多いと思います。何かアドバイスはありますか。

 大前提として「知」を磨くことです。教師としての力量を測る物差しはいくつかありますが、その一つに「知識の量」があります。教師として勤めたての頃は、その知の量が圧倒的に足りていないことがほとんどです。その状態で足並みバイアスを乗り越えようとしたり、自分のやりたいことを全面に出したりすれば、周囲といろいろなあつれきが生まれます。

 例えば、先日、ある若手の方から「研究授業で新たな指導法に取り組んでみたいと学年の先生に相談したところ、『そんなのは見たこともないから、いつも通りやったら?』と言われてしまいました。こういう時はどうしたらいいでしょうか」といった相談を受けました。

 私はその時に、まず「先行実践にどのくらい当たりましたか?」とその先生に聞きました。すると「そんなに当たっていません」との答えが返ってきたので、「こういうときにこそ、磨いておいた知の力が役立つんですよ」とアドバイスしました。

各地でバイオリンの演奏活動も行っている

 具体的には、「先行実践はどの程度あるか」「その実践を受けての修正追試はあるか」「最新の教育雑誌などで発表された実践は何か」という基礎的なことを調べてみる。そして「自分が今回提案する指導法は、これらの先行実践を参考に提案してみました」と付け加えて伝えるだけで、先輩もむげに提案を退けるようなことはしなくなります。むしろ、「よく勉強していますね」「それだけ調べているならやってみましょうか」と評価されたり応援してもらえたりするようにもなります。

 そしてもう一つ大切なことは、「教室での事実をつくる」ということです。普段から学級の子どもたちが明らかに生き生きと学んでいて、楽しそうに授業を受けているというような「事実」です。教室の子どもたちが明らかに育っている事実は、その人の発言に確かな力をもたらします。裏を返せば、教室での事実が一切つくれていない段階では、まだまだ提案の時ではなく、愚直に力を磨くことが必要な段階と言えるのかもしれません。

 知を磨いて事実をつくるということは、大変なことに感じるかもしれません。でも、それが理不尽な「足並みバイアス」を乗り越えるための一番の近道です。そのようにして着実に力を積み上げる道中で、周囲からの信頼度が増してくると、自信をもって実践や提案に取り組むことができるようになってきます。

(松井聡美)

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【プロフィール】

渡辺道治(わたなべ・みちはる) 2006年に北海道教育大学卒業後、奈良県の天理小学校にて勤務。17年より現職。JICA教師海外研修にてカンボジアを訪問したことをきっかけに、その後もJICAの要請・支援を受け、SDGs教材開発事業に携わる。初等教育算数能力向上プロジェクト(PAAME)にてセネガルの教育支援に携わるなど、海外とのネットワークも太く、年に数回は国外において授業実践や教材開発を続けている。16年にはグローバル教育コンクール特別賞を受賞。 現在は公立校で教壇に立ちながら、月に数回の講演活動や、福祉施設などでのバイオリンの演奏活動にも取り組んでいる。20年からは教育オンラインサロンを立ち上げ、毎月4〜5回のセミナーを開催。四児の父でもある。著書に『学習指導の「足並みバイアス」を乗り越える』(学事出版)。今後、立て続けに3冊の単著を発刊予定。

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