【パプアニューギニア編】 授業の延長、遅刻も当然の文化

南の島で高校の理科の教師

 日本から南に飛行機で6時間半、オーストラリアの北に位置するパプアニューギニアは典型的な「南の島」だ。たくさんのヤシの木、サンゴ礁豊かなエメラルドグリーンの海は日本人が持つ「南国リゾート」のイメージをそのまま絵に描いたような環境で、それがどこまでも続いている。人がほとんど手をつけていないような場所もたくさんあるので「世界最後の楽園」と称されることもある。ゲゲゲの鬼太郎でおなじみの水木しげるさんが日本兵として訪れた激戦地ということで名前を知っている方もいるかもしれない。首都をはじめ、各州の中心部では発展開発が進んでいる場所もあり、大洋州諸国(太平洋に浮かぶ小さな島国)の中では経済をけん引する存在になっている。

 そんなパプアニューギニアへ私は2018年の1月から20年の1月までの2年間、青年海外協力隊として派遣された。配属先は開発が進んでいる街から約40キロ離れたホスキンスという村にある高校で、グレード11(高校2年生)の生物科目を担当した。比較的、田舎に位置していたが、生徒数1300人規模のマンモス校だった。日本の中学3年~高校3年に当たる生徒が午前8時から午後2時前まで35分×9コマの授業を受ける。パプアニューギニア国内に学校が圧倒的に不足しているため、1クラスは65人学級。約40人の教員で学校を回している。

出稼ぎ民が集うリトルパプアニューギニア
プランテーションに囲まれた配属先を空から

 私の配属先であるホスキンス高校は、水木しげるさんが訪れた激戦地ラバウルのお隣の州、西ニューブリテン州に位置する。当地はアブラヤシの大規模プランテーションが有名な州で、州内のほとんどの土地がアブラヤシで埋め尽くされている。国内に安定した働き口が少ないことから、他の州から出稼ぎに多くの人が集まる州でもある。各地から人が集まるため、「リトルパプアニューギニア」と呼ばれることもしばしば。これは、日本だと東京に日本人が集中するという当たり前の現象だが、パプアニューギニアで各地から人が集まるということは、単なる「人口集中」で片付けられない要素がある。それはパプアニューギニアが超多民族国家であるという要素だ。

 パプアニューギニアは国土の面積が日本のおよそ1.25倍、人口は約1千万人の国。しかし、この一つの国の中に、800を超える民族が暮らし、各民族が独自の文化と言語を持っている。つまり、約10キロごとにその土地の文化と言語が変わる計算になる。実際に私がよく使っていた40キロ先の街へ行くバスの中では公用語の英語、国内共通語のピジン語、現地語2つ、3つが常に飛び交っていた。「パプアニューギニア人」とは名ばかりで、国内で文化も違えば顔立ちも、肌の色も、話す言語も違うのが当たり前の状況だ。

何事も柔軟に

 そんな多言語・多民族が当たり前の環境に、私は同質な社会が当たり前の日本人として飛び込むことになった。パプアニューギニア人の彼らにとっては、日本人を受け入れることは至極簡単なことで、配属先の先生・生徒は歓迎して私を迎え入れてくれた。しかし、日本人の私からすると、パプアニューギニアの文化は中々受け入れられないものだった。

65人学級の理科室

 パプアニューギニアの学校は4学期制で1学期10週のサイクルで進んでいく。3週目から宿題・テストを適宜行い、10週目はその成績の算出期間になり、宿題やテストを生徒に課すことはできない。「どの週が大切」ということは基本的にはないはずなのだが、教員も生徒も第1週と第10週は学校に来ないことが多い。65人学級であるにもかかわらず2、3人しか生徒が集まらないことも多々あった。また、雨が降ると生徒が集まらなかったり、午後の授業が急に中止になったりもする。遠方から来ている生徒の乗るバスが雨で動けなくなるのを見越しての措置だ。

 ここまではなんとか許容できるのだが、どうしても日本人として納得できないこともある。それはパプアニューギニアの「時間」に対する文化だ。パプアニューギニアには「時間」の概念はあるが、「時間を守る」という文化があまりない。授業の開始・終了時刻は決まっているが、教員も生徒も遅刻は当たり前。授業の切りが悪いから授業時間を勝手に延長する先生もいるし、チャイムを鳴らし忘れるというハプニングも頻繁に起きる。各授業の間に休憩時間も設定されていないため、移動教室があると10分、15分の遅刻は必ず発生することになる。私の担当教科が理科ということもあり、理科室で授業を行うと1コマ35分の授業が20分程度になることもあって戸惑った。

 文化の違いに柔軟に対応することが当たり前のパプアニューギニア人にとって、授業を柔軟に行うことなど造作もないことのようだったが、時間や規律を厳格に守る日本人の私にとってこの状況はなかなか受け入れられないものがあった。ある意味、日本と真逆な文化のパプアニューギニアの教育。次回の記事ではこの教育文化の詳細と、それに私が徐々に染まっていく過程を述べたいと思う。

(服部晃平=はっとり・こうへい 青年海外協力隊の任期を終え、漫画家として現地の文化をSNSで発信する活動を行う)


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