【イグおじさん】 イグ・ノーベル賞から学ぶ教育の本質

 人々を笑わせ、考えさせた研究に贈られる「イグ・ノーベル賞」。そのユニークな研究を広める「イグおじさん」として、子供たちに向けてワークショップやトークショーを企画しているのが、立教大学理学部の古澤輝由特任准教授だ。小中高校生を対象に、科学をテーマにしたワークショップも手掛けるなど、子供たちの好奇心や探究心をくすぐるプログラムが人気を集めている。なぜ、古澤氏の学びは子供たちを夢中にさせ、のめり込ませるのか。学びと学習者のつなげ方について聞いた。(全3回の1回目)

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オンラインでも子供の好奇心を刺激する

――小中高生向けに、工夫を凝らしたワークショップを開催されていると聞きました。

科学に関連した数々のワークショップやトークショーを手掛ける古澤氏

 今年の夏休み期間は、新型コロナウイルスの影響や1人1台端末活用の後押しもあり、オンラインに切り替えてワークショップやトークショーを実施しました。「はやぶさ2」のプロジェクトに関わっていた立教大学の亀田真吾教授をゲストに招き、「研究こそこそ話」というタイトルでトークイベントをしたり、電子顕微鏡を使う疑似体験をしたりしました。

 小学生を対象にしたものとしては、「探Qへようこそ」というタイトルで、子供たちが探究学習に取り組みました。各自で「探Qノート」を作り、そこに日常で見つけた「ふしぎのタネ」を書き込んでもらいます。そのアイデアについて、「探究するためにはどうすればいいのだろうか」と、オンライン上で、皆で話し合うのです。夏休みの自由研究のテーマをそこで見つける児童も多く、「こんな自由研究ができました」と送ってくれる子供もいました。

――どれも面白そうですね。

 例えば、小学生向けの電子顕微鏡のワークでは、子供たちに見たいものを聞いて取り入れました。毛糸や指紋、葉っぱの気孔など、電子顕微鏡を使う様子を見るのは初めての児童も多く、オンラインでの開催ながら盛り上がりました。

 桃を見たときの映像なのですが、電子顕微鏡だと表面に生えている毛がとても粗く見えます。さらに髪の毛を見てみると、毛根と毛先だと形状が全然違っていて、毛先はとがっているのが分かります。

 そうやって「どう見えるかな?」「どう感じた?」などと話しながら、子供たちの好奇心を刺激し、視点を変えることで見え方が大きく変わることを伝えました。

――対面と違って、オンラインで子供たちの好奇心をかき立てたり、集中させたりすることに難しさは感じませんでしたか。

 コロナ禍以前はリアルな場でのワークショップが基本でしたが、今年はほぼ全てがオンラインでの開催になりました。

古澤氏のワークショップの様子(本人提供)

 正直なところ、オンライン上で子供たちを夢中にさせることに難しさを感じながら、試行錯誤しています。特に中高生、さらに私が日常的に向き合っている大学生になると、オンライン上で能動的に参加することが難しくなるように思います。小学生が一番、物おじせずに発言します。

 通常のオンライン会議や授業では、発言者以外はミュートにすることがマナーとされています。でも、私の場合、オンラインで授業やワークショップをするときは、基本的に全員がマイクをオンにして参加するようお願いしています。

 何か発言しようとしたときに、「マイクをオンにする」という動作が入ってしまうと、ワンテンポ遅れてしまうように思うからです。特に子供たちは、その間に気持ちが下がってしまうので、最初からマイクをオンにしてもらっています。そうして、つぶやく程度の小さな声であっても、子供たちの感動や発見を細かく拾えるようにしています。

 一方で、現役の小中高の先生と合同でオンライン学習に取り組むと、児童生徒がしゃべったり、盛り上がったりすることに厳しい見方を持っている方もいるように思います。あんばいが難しいですね。

「バナナの皮の滑りやすさ」から何を学ぶ?

――今は立教大学に所属されています。他にどのようなことをされているのでしょうか。

 立教大学理学部、共通教育推進室(SCOLA)というところに所属しています。共通教育推進室とは、サイエンスコミュニケーションの教育と実践を行っている部署です。サイエンスコミュニケーションとは、簡単に言うならば、科学者などの専門家と一般の人をつなげること。どちらかが歩み寄るという一方向的なことではなく、それぞれの立ち位置をフラットにして、双方向で科学や社会が抱える課題や可能性について考えるのです。

 サイエンスコミュニケーションと言うと、「科学を分かりやすく伝えることでしょう」と思われることが多いのですが、本来の目的は「科学と社会の関係を良好にする」ことです。その手段の一つとして、「分かりやすく伝える」ということがあります。

 大学では、例えば「サイエンスコミュニケーション入門」という講義を担当しており、サイエンスコミュニケーションの実践者の育成にも携わっています。学生はサイエンスコミュニケーションの基礎を学ぶだけでなく、その基礎を生かして、小中高校で活用できる教育教材を作るなどの活動をしています。

 先ほど紹介した小中高生とのワークショップもサイエンスコミュニケーションの一環で、地域連携という形で地域の子供たちにその実践を広めています。

――イグ・ノーベル賞を世に広める、「イグおじさん」としても活動されています。それもサイエンスコミュニケーションの一環なのでしょうか。

 そうですね。日本科学未来館で科学コミュニケーター(サイエンスコミュニケーター)として勤務していた頃に、イグ・ノーベル賞の企画を任されたのがきっかけでした。その後、主催者のマーク・エイブラハムズ氏とつながりができ、現地の授賞式に参加するようになりました。他にも展示の監修をしたり、オンラインで開催された去年と今年の授賞式では、配信の日本語訳の監修を担当したりしました。日本でも、子供や一般の方向けに、受賞した研究を紹介するトークイベントやワークショップを実施しています。

――「人間と同じように、ワニの声もヘリウムガスで変わる」など、クスっと笑えるユニークな研究が多いですよね。

 実はイグ・ノーベル賞を受賞している研究で、笑えるような面白い研究をしようと思っている人はほぼいません。主催側が切り口を工夫して一般の人たちにも面白く見えるようにし、科学に対しての間口を広げているのです。

 例えば2014年に「バナナの皮の滑りやすさ」を証明し、物理学賞を受賞した北里大学の馬渕清資名誉教授の研究があります。馬渕教授は医学が専門で、人工関節の研究の一環としてこの研究に着手しました。人工関節は身体の中でよく滑るように機能しなければならず、そのためにバナナの皮の滑りやすさを研究したというわけです。

 イグ・ノーベル賞の研究のタイトルを見ると「え? なんで」と最初は思いますが、その中身を知ると「なるほど」と納得するものばかりです。入り口は面白さやユニークさを感じるだけかもしれませんが、一歩踏み込めば奥深い科学の世界が広がっている。それがイグ・ノーベル賞の醍醐味(だいごみ)の一つだと思います。

「成果」のみを求めない学校教育を

――子供たちがイグ・ノーベル賞に触れる機会をつくっていることには、どんな狙いがあるのでしょうか。

 そもそもイグ・ノーベル賞自体が、大人にとっても子供にとっても魅力的なものだろうと思っています。

 もちろん、本家のノーベル賞は素晴らしい研究や発明ばかりです。でも、受賞した研究タイトルを見ても、多くの人が難しく、そのままではピンと来ないのではないでしょうか。一方、イグ・ノーベル賞はタイトルを見るだけで、「なんだこれ?」と好奇心をかき立てられるものが多いのです。研究そのものは決して簡単なものではありませんが、科学のハードルを下げる上で大きな役割を果たしているでしょう。

 また、今の社会は大人だけでなく、子供も過剰に成果を求められながら生きているように思えます。全ての行動に、「何のために?」「この先、役に立つのか?」という成果が求められています。教育現場でも子供たちから、「これを学んで、将来、役に立つの?」と質問を受けることが増えているように思います。

 大切なのは「役に立つか、立たないか」だけではないはずです。例えば、科学の研究は今すぐに役に立たなくとも、何十年たって初めて評価されることもあります。イグ・ノーベル賞を受賞した研究者たちを見ても、自分自身の好奇心に素直に従い、それを突き詰めている人ばかりです。

「役に立つか、立たないか」だけで測れない学びの価値を強調する

 学校教育や社会にとって、「成果」はこれまでも、これからも大切なものの一つでしょう。でも、決してそれだけではなく、子供に対して「自分が興味のあることに素直に従っていい」と認めてあげること、「その先にあるものは何だろうね」と考える機会をつくってあげることが、これからの教育者には必要なように思います。

 私自身も子供たちにそんな機会を提供するために、「イグおじさん」として活動しています。

――イグ・ノーベル賞には、成果主義から解放される生き方のヒントがあるのかもしれませんね。

 過去の受賞者の中には、高校生もいます。子供たちに、「君たちも自分の興味に従って探究や研究を積み重ねると、イグ・ノーベル賞が取れるかもしれないね」というような話をすることもあります。

 今突き詰めていることが、何かにつながるかもしれない。ただ、つながらなかったとしても、それはそれでいいのではないでしょうか。たとえ研究自体が実を結ばなかったとしても、そのプロセスで得た経験や考え方は、必ずその後の人生の中で生きるはずです。

(板井海奈)

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【プロフィール】


古澤輝由(ふるさわ・きよし) 立教大学理学部SCOLA特任准教授、サイエンスコミュニケーター。PICO factory Japan代表。高校で生物教師として教壇に立つ傍ら、音楽ライター、DJとしても活動。2011年より青年海外協力隊としてアフリカ・マラウイ共和国に赴任。理科教師、教育アドバイザーとして活動しつつ、有志で科学劇団「PICO factory」を結成。帰国後、日本科学未来館での科学コミュニケーター職、北海道大学 科学技術コミュニケーション教育研究部門(CoSTEP)特任助教を経て現職。コミュニケーターの育成に携わる。近年では、イグ・ノーベル賞に着目し「イグおじさん」として教育番組解説や展示監修、授賞式の日本語配信監修なども行っている。節操のないことが取り柄と信じ「まとまりのない経験をまとめて活かす」がモットー。

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