【不登校×これからの学校】 なぜ不登校は増え続けているのか

 文科省が10月13日に発表した「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査(2020年度)」によると、小中学校の不登校児童生徒数が19万6127人に上り、8年連続の増加で過去最多となった。こうした状況の中、今年4月に東海3県で初となる公立の不登校特例校として岐阜市立草潤中学校が開校。担任も登校日数も生徒が選択するなど、子どもに寄り添う「学校らしくない学校」として注目を集めている。同校の構想から開校までをリードしてきた前岐阜市教育長の早川三根夫氏と、同校の設立準備段階からアドバイザーとして関わり、除幕式でのスピーチも話題を呼んだ京都大学総合博物館准教授の塩瀬隆之氏を購読者限定オンライン対談会のゲストに迎え、不登校が増加し続けている要因や草潤中学校の設立の経緯などについて語ってもらった。全3回の1回目。(司会・教育新聞編集長 小木曽浩介)

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学校への抵抗の姿が、不登校の数

――年々、不登校児童生徒数が増加し続けている要因は何でしょうか。

 早川 社会や子どもの様子が変化しているにも関わらず、相変わらず学校が高度成長期の時代と同様の教育をしていることが、一つ大きな要因だと思います。

 どこの校長も「うちの生徒は素直だけど、主体性がない」と言います。これは、おかしいと思いませんか? 主体性を育てれば、素直なわけがないんです。本心としては「素直なだけでいい」と思っているのではないでしょうか。

「大人の都合で教育がなされている」と早川氏は指摘する

 つまり、大人の都合で教育がなされている部分が大きいのだと思います。その方が便利だし、面倒じゃないし、効率が良い。真剣に主体性を育てようとしていないのではないかと感じてしまいます。

 時間を守るとか、服装規定を守るとか、明るくハキハキと行動せよとか、学校生活のあらゆる場面に子どもたちの主体性を止めてしまうような装置があります。日々の授業においても、その日の目標を達成するために都合のいい考えだけ認めて、想定外や不都合な考えには寄り添えていない。無意識のうちに子どもたちの可能性の芽を摘んでしまい、学校に不審や疑念を持つ子の「違和感」が生かされていないのです。

 さらに、中学生は「内申点を上げる」ために、教員に認められようとしています。自分らしさを抑えて、同調圧力への適応を求められているわけです。

 こうしたことに疲弊した子どもたちは、小さな世界に逃げ込みます。楽しく居心地の良いインターネットやゲームなどの閉鎖された空間の中で、自己有用感や達成感を味わうしかないのです。

 塩瀬 私も不登校の増加の一因として、子どもたちがインターネットにつながる時間が長くなったことがあると感じています。昔は学校に行かずに家にいると暇だったかもしれませんが、今はインターネットにつながれば、動画などを見ていくらでも時間をつぶして過ごせます。

 また、インターネットで「不登校」という言葉を検索したら、さまざまな情報が出てきます。昔は自分以外の他の学校に行っていない子の情報に触れる機会がありませんでしたが、今は自分以外にも同じことで悩んでいたり、苦しんでいたりする人がいるのを知ることができます。「自分だけじゃない」と分かることで、そのまま家にとどまるという選択を肯定する子が増えたのかもしれません。

 早川 同調圧力に疲弊した子どもたちは不登校になる場合もあるし、その不安が攻撃に転化することもあります。いじめの加害も、不安解消のためだと言う子がいます。

 塩瀬 早川さんのおっしゃるように、不登校児童生徒の増加には、他にも教育カリキュラムなどさまざまな要因が絡んでいると思います。例えば共働き世帯も増えている中で、「学校に行きなさい」という言葉を掛ける大人がそばにいないこともあるでしょう。

 私たちが子どもの頃も、おそらく登校したくないと思っていた人たちは山のようにいて、しかし嫌々でも学校に通っていました。それが、インターネットの発展などの要因によって、より強化されたという気がします。

 早川 学校は「多様でいい」と表面的には言うけれど、結局は画一的で競争的なのだと思います。こうした学校への抵抗の姿が、不登校の数となって表れているのではないかと私は考えています。

 学校の仕組みに合わせるのに苦労している子どもたちが不登校になるのは、理解できることです。子どもが選択できる多様な居場所が必要であり、学校や先生もその選択肢を認めていくようにしていくべきでしょう。

「不登校になってもよかったね」と言える学校に

――今年4月、岐阜市で草潤中学校(以下、草潤中)が公立の不登校特例校という形で開校しました。どういう経緯や考えで設立されたのか、教えていただけますか。

 早川 2016年に市内中心部の小学校の統廃合をしました。地元の強い反対運動があり、統廃合するまで10年かかりました。その時の条件として、跡地は教育施設として活用するという約束を結びました。

 なかなか良い案が浮かばなかったのですが、その頃から塩瀬先生やカタリバの今村久美さんなどと、事あるごとに跡地の活用方法やこれからの理想の学校について議論を重ねていました。

 そうした中、2017年に教育機会確保法が施行され、夜間中学や不登校特例校などの設置が認められることになりました。岐阜市は不登校児童生徒の数が全国平均と比べて高く、そういった意味でも不登校特例校が必要なのではないかと考えました。

 塩瀬 早川さんから「本気で新しい学校をつくるとしたら、どんな学校がいいだろう?」と問いを投げ掛けられ、私は「絵本の『バーバパパのがっこう』のような学校がいいです」とお話ししたんですね。

 これはフランスの小学校のお話で、子どもたちが言うことを聞かないので、親御さんや市長さんが「警察官をつけてでもいいので、学校に縛り付けて勉強をさせないといけない」と言いだすところからスタートします。それを見かねたバーバパパが、子どもたちを森の学校へ連れ出すのです。

塩瀬氏は「もっと子ども中心に学校はつくられるべき」と話す

 子どもたちはみんなそれぞれやりたいことや、好きなこと、夢中になることが違います。バーバパパには個性豊かな家族がいるので、子どもたちの好きなことに合わせて、いろいろなことを教えることができます。

 子どもたちが興味を持ったことを突き詰めると、その先に分からないことがあっても、さらに知りたいと思えます。このタイミングで学校の先生が戻ってくると、すくすくとそれを吸収して伸びていくことができます。そのような瞬間こそが、子どもたちにとっての学びの場なのです。

 こうして半信半疑だった市長も親御さんも、変化した子どもたちの姿を信じて、バーバパパの学校に子どもたちを預けたい、と思うようになるというお話です。

 子どもたちには学びの選択肢が必要なはずで、もっと子ども中心に学校はつくられるべきです。生徒に寄り添う、学校らしくない学校が『バーバパパのがっこう』であり、私にとっては理想の学校のイメージでした。のちに草潤中の除幕式のあいさつでも、お話しをさせていただきました。

 早川 塩瀬先生からは、他にも例えば「『不登校になってもよかったね』と言えるような学校にしましょう」とか、「不登校の学校ではなくて、未来の学校ですよね」というような言葉もいただきました。

 そうした思いが市の教育委員などにも広がり、「私はこういう学校をつくりたかったんだ」とみんなが意見を出すようになっていきました。

 塩瀬 「不登校になってもよかったねと言える学校」とは、字面だけでは誤解されそうですが、「あの学校に行けてうらやましい」「不登校になっている孫に行かせたい」と思われるような学校にすることが、「不登校自体が必ずしも悪いことではない」と伝えるための一番のメッセージになると思ったのです。

 その意味で、この学校にはなんとしてでも理想を詰め込む必要がありました。そうすることで、今の学校になじめなかったとしても、他の選択肢を求めている子にはぴったりな学校を提供できる。そう思って、準備を進めていきました。

 いろいろな理想を掲げ、こちらが大丈夫なのか心配になるほどでしたが、それを「全部実現しなければ意味がない」と本気で取り組んでくださった早川さんをはじめ、岐阜市教委の皆さんや先生方、地元の方たちが団結してくださったからこそ、草潤中が実現したのです。

「子どもが学校に合わせる」から「学校が子どもに合わせる」へ

 早川 塩瀬先生たちにもアイデアやご協力をいただきながら、事は順調に進んでいましたが、そうした中で2019年7月に岐阜市でいじめによる自死が起きました。くしくも、これが草潤中の設立を進める意味をはっきりさせることになりました。

「子どもたち一人一人の声に耳を傾け、大切にする先生が評価されるよう変えていくべき」と早川氏

 事件があった学校は研究発表を毎年する研究校で、団結力のある学校経営、学級経営、よく手の挙がる活発な授業なども評判でした。また、進学校への高い進学率を誇る文教地区の学校としても有名でした。そうした学校で事件が起きたのです。

 私たちは猛省しました。これまでこの学校に限らず、よく手の挙がる活発な授業をし、団結のある学級をつくる先生が「力のある先生」だと評価してきました。私は教育長として、そうした評価を下してきたわけです。

 でも、そうした学校の生徒の中には違和感を持ちつつも、内申点を上げるために教員の欲する言動に応えていたような生徒もいます。もちろん、生徒を非難することはできません。大人は生徒のさまざまな不安やストレスに気付きもせず、「活発な良い生徒を育てた」と思い込んでいたのです。あまりにも一面的な理解しかできていませんでした。

 集団の一員であることに対する期待度が過ぎると、集団になじめない子は排除され、いじめの対象となったり、不登校になったりしがちです。つまり、不登校や引きこもり、ゲーム依存などは、みんな不安から自分の身を守るための方法なんだろうと思い至りました。

 その事件の後、多くの生徒と話し合いましたが、生徒たちは大人が思っている以上に複雑な世界に生きているのだと実感しました。また、「ゆうべ徹夜したという先生に、僕たちは『相談したいことがある』なんて言えません」とも彼らは言っていました。さらには、「先生以外の大人でいいから、相談したい」ということも伝えてくれました。

 教員が忙し過ぎることは大きな問題で、国にも教員の数を増やしてもらわなければいけませんが、今の学校の優先順位を変えるだけでも、救われる子どもはいると思うのです。そして、子どもたち一人一人の声に耳を傾け、大切にする教員が評価されるように、仕組みを変えていかなければなりません。

 そうして、草潤中は「子どもが学校に合わせる」のではなくて、「学校が子どもに合わせる」という、“学校らしくない学校”をコンセプトにしました。「あなたが無理をして学校に合わせて苦しむのではなく、学校の方があなたに合わせる“もう一つの学校”があります」というメッセージです。

 学ぶためには人を頼らなければいけません。従来の共通のゴールに向けた教育のありよう、その画一的でレディメードの教育から、個別最適化されたオーダーメードの学校に変換させていこうというのが、草潤中の設計の中心だったのです。

(企画・構成 松井聡美)

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【プロフィール】

早川三根夫(はやかわ・みねお) 前岐阜市教育長。1954年生まれ。岐阜市出身、横浜国立大学卒。小中学校教諭、校長、県教委教職員課教育主管、義務教育総括監等を経て、2012年4月から21年3月まで岐阜市教育長を務める。在任中は「5年先行く岐阜市教育」を旗印に、才能開花教育をけん引。いち早くプログラミング教育を開始し、英語教育、サイエンスフェスタ、ぎふっ子ノーベル賞、小中一貫教育、ペッパー導入、STEAM教育 、Gifted、不登校特例校の新設など、先駆的な施策を提案、実行し、全国から注目を集めた。第7期中教審委員、全国中核市教育長会長等を歴任。現在、岐阜大学客員教授等。

塩瀬隆之(しおせ・たかゆき) 京都大学総合博物館准教授。1973年生まれ。京都大学工学部卒業、同大学院工学研究科修了。博士(工学)。専門はシステム工学。2012年7月より経済産業省産業技術政策課にて、技術戦略担当の課長補佐に従事。14年7月より大学教員に復職。小中高校におけるキャリア教育、企業におけるイノベーター育成研修など、ワークショップ多数。17年度文部科学大臣賞(科学技術分野の理解増進)受賞。著書に『インクルーシブデザイン:社会の課題を解決する参加型デザイン』、『問いのデザイン』(共著)など。文科省中央教育審議会理数探究専門チーム委員、2025年大阪・関西万博政府日本館基本構想有識者ほか委員多数。

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