【パプアニューギニア編】 生徒の名前を覚えない教育文化

国内のエリートが集う高校

 パプアニューギニアには国内に高校が約260校しか存在しない。その数は圧倒的に不足していて、高校への総進学率は24%にとどまっている。経済的・地理的問題がなく、なおかつ高校に進学するための国家試験を突破できた、全体の上位4分の1が集うパプアニューギニアの高校生は、私の想像よりずっと意識が高かった。また、パプアニューギニアで高校の教員になるためには、国内に唯一の教育学部のある大学を卒業しなければならないため、同僚教員の意識、授業レベルも非常に高かったように思う。

 私の青年海外協力隊員としての主な任務は「現地で理科(生物)の教員をしつつ、同僚教員の授業指導を行う」というものだったが、実際は同僚教員や生徒から教えてもらったことの方が多かったように思える。特に日本と真逆とも言える生徒との向き合い方、教育文化については、目からうろこが落ちるばかりだった。

生徒の名前が絶対に覚えられない環境

 私はこの青年海外協力隊に参加する前に、日本で2年間の高校教員勤務経験があった。授業をするにしても、学級経営をするにしても、日本では生徒の名前を覚えることは生徒との信頼関係を築くには必要不可欠だ。

 パプアニューギニアの英語表記の名前を覚えることは日本のそれより何倍も難しいことを見越して、最初の授業は生徒の名前と顔を写真におさめる時間に充てることにした。家に帰って必死に生徒の名前を覚えようとしたが、日本には存在しない2つの壁にぶつかることになる。

生徒に指導する同僚教員

 一つ目は座席表の概念がないことだ。パプアニューギニアの生徒たちは日本の大学のように好きな席に座るため、毎日座る席が変わる。そのため、座席表を作ること自体ができず、授業中に生徒の名前と顔を一致させて覚えることは不可能に近い。しかし、座席表がないだけでは、生徒の名前を覚えられない理由にはならない。そう自分に言い聞かせ、家に帰っては必死に生徒の名前と顔を覚えようと努力を続けた。

 そんな私に、この国ならではの二つ目の壁が立ちはだかる。それは生徒に提出物を返却する時の出来事だった。生徒の名前を呼んで、やって来た生徒の顔と名前が頭の中で一致しない。1クラス65人学級。まだまだ道のりは長いのかと肩を落としながら、引き続き名前を呼び続けていると、さっき提出物を受け取ったはずの生徒が再びやって来た。

 「君、さっき自分の提出物受け取ったよね? 名前、聞き間違えたんじゃない?」

 それを聞いても、その生徒はキョトンとして私の持っている提出物を受け取ろうとする。何が起きているのか分からず混乱している私に、察しのいい生徒が横から説明してくれた。

 「先生、彼は今ここにいない友達の提出物を代わりに受け取ろうとしてるんだよ」

 体調不良による欠席だけでなく、交通網が脆弱(ぜいじゃく)なために午前中の授業に間に合わない生徒も多くいる私の配属先では、面倒見の良い生徒が友達の提出物やテストを代わりに受け取るのが当たり前だったのだ。名前が覚えられないので、提出物は本人が受け取るようにしてほしいと生徒たちに言ってみたが、そうすると欠席している友達に提出物が届けられず、友達が復習をする機会を失ってしまうという声が多数あり断念した。

 しかし、この状態では生徒の名前を覚えるチャンスが極端に限られてしまう。配属されて1カ月が過ぎても、生徒の名前が全然覚えられていない。たまらず、仲の良い同僚の教員にどうやって生徒の名前を覚えているのか聞いてみた。

生徒の名前は覚えないのが普通
約1300人の全校生徒

 同僚の教員は「生徒が1300人もいるのに全員覚えられるわけがないだろ! 覚えなくていいよ!」と大笑いしながら答えてくれた。現に同僚の教員たちは生徒から話し掛けられる度に、学年・クラス・名前を聞いていた。覚える気などさらさらない!と言わんばかりの立ち振る舞いは、日本の教育とは真逆の「冷たい」印象を受けた。

 授業中に生徒の顔を見て指名することができない。座席表代わりの名簿一覧で生徒を指名してみても、日本人以上にシャイな性格の生徒たちは下を向いてその場にいないふりをしてしまう。この国の高校では生徒を「指名」して発表させたりする教育手法自体が存在しないようだった。

 しかし、だからと言って同僚の教員が生徒と信頼関係を築けていないかというと、そんなことは決してない。生徒の名前を覚える日本の教育スタイルを導入・広めるという選択肢もあったが、パプアニューギニアの教育を体験してみたい好奇心から、私は生徒の名前を覚えることを意図的にやめてみた。次回の記事では、この一見「冷たい」印象の教育文化が生徒にどのような効果をもたらすのかを述べたいと思う。

(服部晃平=はっとり・こうへい 青年海外協力隊の任期を終え、漫画家として現地の文化をSNSで発信する活動を行う)


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