【“探究ドライバー”池谷教諭】 探究科をスタートした理由

 高校でも2022年度の入学生から、新学習指導要領が実施される。「総合的な学習の時間」は「総合的な探究の時間」に変わり、さらには「古典探究」や「地理探究」といった「探究」と名の付く科目が7つもスタートするなど、予測困難なVUCA時代に必要な学びとされる「探究」が改訂のキーワードになっている。こうした動きに先駆ける形で、大阪府の追手門学院中・高等学校では20年度から、教科として「探究科」をスタートさせた。立ち上げたのは、池谷陽平教諭だ。池谷教諭は「探究ドライバー」として、出来上がったプログラムを管理・運用していくリーダー役を担っている。「とりあえずやってみる」というマインドセットが大事だという、探究科の学びの特徴について聞いた。(全3回の1回目)

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圧倒的に体験が足りない

——高校1年生の「探究科」の授業を見せていただきました。自分の価値観を動画で表現していくという授業でしたが、イメージしていた探究の授業とは違っていて、とても興味深かったです。「自分を知る」ことに焦点を当てているのですね。

 「探究」と言えば、課題解決型学習やSDGsに取り組む学校が多いのですが、私は「課題が何かを見つける感覚」をまだ身に付けていないのに、取りあえず与えられた課題を解決するのでは、子どもたちがその課題を自分事にできないと思っています。

 ですから、本学校の「探究科」では中学1年から高校1年までは、課題を見つけるための準備に時間を充てています。「取りあえずやってみるという経験から振り返り、自分自身への感度を高め、自分にしか創造できないことに気付く」ことをミッションとしています。

——なるほど、「取りあえずやってみる」が重要なのですね。

 今の子どもたちは、やってみる前に自分が知っている知識でもって「良い・悪い」を判断してしまう傾向があります。特に偏差値の高い子たちは、この傾向が顕著です。「これは自分には意味がない」「それって意味あるんですか?」と、やる前に判断してしまうのです。

「取りあえずやってみるというマインドセットから始める」と池谷教諭

 でも、彼らは分かった気になっているだけで、分かっていません。例えば、「多様性」を言葉では説明できても、感覚としては備わっていないことが多い。「多様である」「人と違う」とはどういうことなのか、実際に体験してほしいのです。その体験が圧倒的に足りていません。全て頭で体験してきたのだと思います。体験した上で判断しないと、具体的なことを想像できないまま、抽象的な概念で物事を進めてしまうようになります。

 子どもたちの想像力が欠けてしまうと、これから先の社会は何も変わっていかないでしょう。なんでもいいのでやってみてから意味付けをしてほしい。頭の中だけで、言葉だけで、意味付けをしてほしくないと思っています。だからこそ、「取りあえずやってみる」というマインドセットから入ることにしています。

まず「自分を知ること」に時間をかける意味

——このマインドセットを持つのが一番大変そうですが、どのように進めていくのでしょうか。

 「体験してから考える」ことと「振り返る」ことで、その体験の意味付けを自分たちで積み上げていってほしいと考えています。日本の子どもたちは、振り返りを書くことが得意です。だから、やってみた感覚を忘れないうちに書き残していくということを、1年間ひたすら積み上げていきます。この振り返りの際も、「自分はどれくらい知識を覚えられたか」という振り返りではなく、「体験したことに対して自分はどう感じたか」や「みんなはこう考えているんだ」といった、体験自体を振り返ることが学びだと思っています。

 体験があればあるほど、その感覚を身体で感じ取れるようになるので、頭で考えた漠然とした言葉ではなく、自分なりに意味のある言葉に落とし込めるようになります。例えば、高校1年生はプロジェクトのテーマが「価値観」で、そのインプットとして「自分の好きなことを108個書く」という実践をやりました。最初はみんな「サッカー」とか「パン」などと書いていたのが、どんどん自分を掘り下げていくうちに、「サッカーの試合後、疲れた身体で電車に乗る瞬間」とか「食パンの真ん中の柔らかいところ」といった具合に、ものすごく解像度が高いものに変化していきました。

 これ自体が創造です。そうしたことを表現するには、やはりアートとの相性が良いと思うので、アウトプットとしてはアートの手法を取り入れています。高校1年生は写真や動画、コラージュなど、さまざまな手法で自分の価値観を表現していきます。

——まず「自分を知る」ということに費やさないと、どうなるのでしょうか。

 いきなり教員が課題を与えて「やってみよう」と言うと、そういうことが好きな子は夢中になって取り組みますが、そうでない子は全くやる気が出ないという状況になります。例えば、「SDGsの◯番をやってみよう」と言っても、自分事にはなりません。

 それよりも、「関西人だからといって、いつも面白いことを期待されるが、自分はそれに応えるだけの言葉を持ち合わせていない」といったような、自分の困り事を認識した上で、それを解決しようという活動ならば、子どもたちは自分事として取り組めます。結果的にその子の課題がSDGsと一致するのは構いませんが、「SDGsの何番をやってみよう」というスタートでは、子どもたちが興味を持たないことの方が多いと思います。

——自分のことを知らないと、課題にも気付かないということですね。

 それがないと、その次のステップに進むのは難しいと思います。自分が「こういう人を助けたい」というエンパシーやパッションが取っ掛かりとしてなければ、その先は自走していきません。自分の内側から発生することに取り組むからこそ、エンパシーやパッションを持つことができるので、課題解決に乗り出す前には、「自分を知る」というステップを必ず踏まなければならないと思います。

 高校1年生までに自分が何に興味を持っていて、何を大切にしたいか、何を追求していきたいかを深掘りし、それをベースに2年生からはアントレプレナーシップにチームで取り組んでいきます。アントレプレナーシップというのは、社会の問題やニーズを発見し、それを自分の力で解決していく姿勢や能力のことを指します。

 チームでやっていくうちに、例えば「自分はサポートするのが好きだ」とか「アイデアを出していくのが得意だ」とか、チームにおける自分の役割を認識していくことになります。

 そうしてチームでの経験もした上で、高校3年の最終段階での取り組み方は、自由にしています。自分1人でやってもいいし、誰かと組んでもいい。本当の意味での「探究」を、高校3年生になって初めて取り組むというステップです。

もっと授業で成長する経験を

——「探究科」を立ち上げた経緯について教えてください。

 私はもともと英語科の教員です。本校に着任した当初は、英語科の中で生徒たちが探究的な考え方ができればいいなと考え、取り組んでいました。

 ただ、1つの教科だけでそれを進めるのは難しかったんですよね。ちょうど2022年度から高校で「総合的な探究の時間」がスタートすることもあり、学校全体として「探究」をやっていくことに興味があったので、その全体像をデザインしていくことになりました。そして、なんとか昨年度から「探究科」という形でスタートを切ることができました。

追手門学院中・高等学校の「探究科」プロジェクトデザイン(「O-DRIVE」より引用)

——教科にする上で、一番労力を掛けたのはどのようなことでしょうか。

 教科としての理念をつくることに、一番労力も時間も掛けました。もちろん新学習指導要領にのっとった学習内容にもなっています。

 国語や英語などは教科としての歴史があるので、何を目指すのかはある程度みんな共通認識を持っています。しかし、「探究科」はそれがない全く新しい教科なので、教科としての理念をきちんと設定しないと、みんながどこを向いていいのか分からなくなると思いました。準備期間だった19年度の1年間を丸々使って、考えていきました。

——具体的にはどのような理念なのでしょうか。

 まず、「生徒が、楽しみながら、自信、レジリエンスを獲得し『自己肯定感』を高め、自らの人生をよりよく選択する」というビジョンを設定しました。探究科では、「自分はこれでいいんだ」とか「チームで何かやるときに自分の役割がある」などと感じることで、自己肯定感を高めてほしいと思っています。

「今の学校教育には、自分を肯定するような経験を積む場所や時間がない」と警鐘を鳴らす

 今の学校教育には、自分を信じたり肯定したりするような経験を積む場所や時間がほとんどありません。根底に自己肯定感や自信があれば、何かあったときにはそれに従って、より良い選択ができるはずです。それがないから、進学先も偏差値で選択せざるを得なくなっています。そもそも日本は自殺が多い国ですし、この点は文化的な背景があるのかもしれませんが、まずは自分を受け入れてから次のステップにいくという時間が必要だと思います。

——スタートしたばかりではありますが、この先が楽しみですね。

 生徒たちが本当に自分の好きなことを探究してくれたら、中身は何でもいいと思っています。そして、その経験が大学入試にも生きてくると考えています。

 大学入試でも総合型選抜が増えてきています。でも、生徒たちは自己PRとして何を書くのかに困るんです。これまでは「部活動でキャプテンをしていました」などと書く子が多かったのですが、探究科の学びが充実していくことで、今後は「私はこういう理由でこれが好きだから、こういうことを研究してきました」などと、授業での学びから自分を語れるようになるのではないかと思っています。

 これからの生徒は、「自分は授業でこう成長した」ということをもっとアピールできるようになっていくべきです。おそらく、大学側もそうした人を求めています。部活などで培った力だけでなく、授業でどんな成長をしたのかを語れるようになれば、大学側に自分のことを分かってもらう上でプラスになると思っています。

 (松井聡美)

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【プロフィール】

池谷陽平(いけたに・ようへい) 関西学院大学卒業、同大学院修了。関西学院大学時は、アメリカンフットボール部で日本一も経験。社会人チームでも活躍する。2010年度から母校である大阪府立箕面高校で英語科教諭となる。18年度から追手門学院中学・高等学校へ赴任、20年4月から「探究科」を立ち上げ、現在は学年主任と探究科の「探究ドライバー」として日々取り組んでいる。22年度から新設される同校の「創造コース」の立ち上げにも関わっている。探究科のオウンドメディア「O-DRIVE」にも、各校から注目が集まっている。

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