【はかま校長】 人生を切り拓く「飛行機人」を育む公立高

 世界と地域をつなぐ大空で、路(みち)を切り拓く飛行機人になる――。今春、北海道網走郡に、こんな壮大なスローガンを掲げる公立高校が誕生した。網走湖や藻琴山など、北海道の豊かな自然に囲まれた北海道大空高校だ。率いるのは、ベネッセコーポレーションで遠隔授業サービスなどを開発し、現在も「スタディサプリ」で数学講師を務める民間人校長の大辻雄介氏。開校から半年で、定期テストの廃止、1人1台端末の積極的な活用など、画期的な取り組みを次々と進め、教育関係者から注目を集めている。(全3回の1回目)

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定期テストをなくした効果は?

――開校から半年がたちましたが、何か手応えなどはありますか。

 さまざまな分野で、小さいですが確実に手応えを感じています。

 例えば、定期テストを廃止したことや、タブレット端末を生徒1人1台ずつ配布して、持ち帰りも許可していること。どちらも一般的な高校と比べ急進的な取り組みですが、開校から半年の大空高では早くも普通のこととして生徒に受け入れられています。

オンラインでインタビューに応じる大辻校長

 それらの小さな変化が集積して、高校自体の評判にもつながっているように思います。先日開催したオープンキャンパスには、昨年度の倍以上の参加者が集ってくれました。私たちが中学校の説明会などに出向き、大空高の特長を伝えることで、「この学校、他と違うぞ」と興味を示してくれている中学生が多いように思います。

――定期テストはなぜ、廃止したのですか。

 定期テストの代わりに、各教科で単元ごとにテストを実施して、生徒の学力の定着度を評価しています。

 定期テストは、生徒の忙しさが一極集中することに問題意識を持っていました。年間5回、1週間ほど連日2~3教科の試験が集中し、徹夜したり、捨て教科が生まれたりする現状があります。また、定期テストであるが故に、教科によっては「教科書の第2章の終わりから第3章の頭までが試験範囲」といった、中途半端な状態も起こります。学習者としても、単元ごとに試験があった方が学習しやすいでしょう。

 廃止した結果、生徒もとても喜んでいます。ある生徒は、「定期テストがなくなったけど単元ごとに試験があり、1回のテスト範囲が狭くなったので、以前より定期的に勉強するようになった」と話してくれました。

 一方、教職員からもネガティブな声は聞こえてきません。これまで期間で区切っていた試験を単元ごとするだけなので、負担は増えも減りもしていないようです。

教師の授業スタイルに口出しはしない

――大空高は、「飛行機人を育む」というスローガンを掲げています。どんな意味を込めたのでしょう。

 外山滋比古(とやま・しげひこ)さんの著書『思考の整理学』に登場する言葉です。その一節に、「風に流されるグライダー人間ではなく、これからは自分のエンジンで路(みち)を切り拓く、飛行機のエンジンを積んだような人間を育てていくことが必要だ」とあります。

 確かにその通りで、これまでの学校教育では、言われたことをいかにやりこなせるかが重視されていました。その結果、偏差値は上がって志望する大学に入れたのに、やりたいことが見つからないという不幸な若者が生まれているのも事実でしょう。

生徒たちには自分のエンジンで、将来を切り拓いていってほしいと強調する大辻校長(本人提供)

 言われたからやるのではなく、「自分の人生を切り拓いていくために、今これをやりたいんだ」と情熱や主体性を持った生徒を育んでいきたいというのが、「飛行機人」に込めた思いです。

 実はこのスローガン、私が決めたわけではなく、学校づくりの検討委員会で地域住民の方から出てきた言葉です。本校がある大空町には女満別(めまんべつ)空港があり、飛行機がとても身近な町です。さらに“大空”町にある“大空”高校ですから、本当に良い言葉をいただきました。

――生徒の主体性を育むために、具体的にどのような働き掛けをされていますか。

 まず主体的である状態を、どのように定義するかを考えなければいけません。大空高では、「意志ある目的や目標に向かって自走している状態」と定義しています。ただ、この状態に持っていくためには、目標や目的を探す際にサポートが必要です。「どんな仕事があるか分からない」と言う生徒に、「こんな仕事があるよ」「社会はこう変化しているよ」と伝えることは、教育の役割です。また、自転車と同じように、自走するまで後ろで支える人も必要でしょう。

 この2つが教育の役割だと考えています。それを具体にしたときに、教師には何ができるのか。大空高では、一人一人の教職員が独自のやり方で試行錯誤しています。

 例えば、ある数学科教員は、上越教育大学教職大学院の西川純教授が提唱する『学び合い』を、授業の中で実践しています。

 授業では、教員が一方的に教えるのではなく、「〇ページの〇番の問題を全員が解けるようになってください」とクラス全員に課題を渡します。自分が解けたから終わりではなく、隣の子が解けないことも自分の責任となるのです。ですから、できた子が率先して教えに行ったり、逆に分からない子が助けを求めに行ったりするなど、生徒たちが自然発生的に協働していく授業設計になっています。

 ただ、それが完全に機能するまでは時間がかかると思っています。授業を見学していても、今はまだ仲間内だけで教え合っている印象があります。ですが、一人の教員が信念を持ってやっていることについて、校長に口出しする権限はないというのが私の考え方です。ですからその教員にも、「まず信じる道で挑戦してみてください」と伝えています。

 教育目標として守ってほしいのは「主体性を育む授業」、それだけです。最終的に目指すものが同じであれば、それぞれの教員の授業スタイルに口を出すことはありません。

「“先生”ではなく“さん”で」にこだわる理由

――学校ではかま姿だったり、「先生」ではなく「さん」と呼ばれたりするなど、これまでの「校長先生」のイメージにはない点が目立ちます。そこにはどんな狙いがあるのでしょうか。

学校ではかまを着用しており、トレードマークになっている(本人提供)

 「どうして洋服を着ているのですか?」と聞かれても、なかなか答えに困りますよね。それと同じように、私も特に深い意味はなく、はかまを着て過ごしています。最初は生徒たちもびっくりしていましたが、1カ月、2カ月とたつにつれて何の違和感も持たなくなったようで、もはや理由を尋ねられることもありません。

 教職員はもちろん、生徒も私のことを「大辻さん」と呼びます。一般的に校長は、教職を経て就く方が大半ですが、私には教職の経験がありません。ですから「先生」と呼ばれると、自分の中に少し違和感が残ります。

 そして、「先生」という肩書で呼ばれた時点で、自動的に先生と生徒という縦の関係が生まれるようにも思います。私の理想は、あくまで生徒にとって「近くにいる面白いおっちゃん」くらいの存在でいること。だから、「大辻さん」でいいかなとも思っています。

 ちなみに私は教職員のことも「〇〇先生」ではなく、「〇〇さん」と呼んでいます。教員には「先生だから、こんなことはできない」「先生だから、こうするべきだ」と、苦しくとも教員であろうとしすぎる傾向があるように思います。もっと力を抜いて働ける環境をつくりたいという思いがあると同時に、「〇〇さん」という人としての人格を互いに尊重し合いたいのです。ですから職員室でも生徒の前でも、教職員は私のことを「大辻さん」と呼びます。

――教職員間の関係に変化はありましたか。

 正直、まだそんなに変わっていないかなという印象です。教職員同士でも「さん」付けで呼び合い始めれば、少しずつ変わるかもしれませんね。しかし、これは個人の好みの問題なので、私の考えを押し付けることはしません。

 トップダウンで、納得しないまま物事を進める組織にはしたくないのです。複雑で先が読めないVUCA時代においては、対話をしながら落としどころを探り、納得解をつくることが大切だと言われています。その方が仕組みや文化も根付きますし、取り組みが長く続くのではないでしょうか。

 「早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければみんなで進め」というアフリカのことわざがあります。今春始まったばかりの大空高は、遠くを目指している段階。ですから、生徒や教職員みんなで対話しながら、一つ一つのことを決めていくやり方が向いているのかなと思っています。

(板井海奈)

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【プロフィール】

大辻雄介(おおつじ・ゆうすけ)大手予備校や塾で講師・教室長を歴任後、2004年からベネッセコーポレーションに転職。ICTを活用した新規事業開発に携わる。その後、島根県隠岐諸島に移住し「島前高校魅力化プロジェクト」に参画。公設塾のマネジメントと教育ICT活用を進め、総務省地域情報化大賞アドバイザー賞を受賞。17年には高知県に移住し、「嶺北高校魅力化プロジェクト」を立ち上げ、入学者数を前年度の倍以上に増やした。今年度より新設された北海道大空高等学校の初代校長に就任。新しい「学校づくり」に取り組んでいる。総務省地域情報化アドバイザー、スタディサプリ数学講師を兼務。

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