【はかま校長】 教師の挑戦が生徒の安心を支える

 今春、北海道の広大な自然に囲まれた場所に開校した公立高校、北海道大空高校。来年度に迫る高校の新学習指導要領への移行を前に、同校の斬新で革新的な取り組みが注目を浴びている。率いるのは、はかま姿がトレードマークの大辻雄介校長。予備校の講師や民間企業でのICTサービスの開発など、ユニークな経歴が目を引く大辻校長は、これからの高校教育のキーワードは「探究」だと強調する。同校の探究学習の実践と、その効果で変わりつつある生徒や教師の姿について聞いた。(全3回の最終回)

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これからのキーワードは「探究」

――これからの高校教育のキーワードは何だと思いますか。

 「探究」ではないでしょうか。新学習指導要領では、これまでの「総合的な学習の時間」が「総合的な探究の時間」に変わります。探究学習とは生徒一人一人のモチベーションを育み、主体性を育むもの。大空高でも重視していますし、ゆくゆくは全教科の授業を探究のスタイルで実施したいとも考えています。

 具体的に来年度からは、生徒が地域の問題解決に取り組む授業が本格的に始まります。現在はその前段階として、1年生は「産業社会と人間」という授業に取り組んでいます。ここで課題の発見力を磨き、来年度からは実際にプロジェクトを持って動かす取り組みにつなげます。

 本校では、「課題」と「問題」を明確に定義した上で整理しています。問題は、理想と現実のギャップ。課題は現実を理想に引き上げていくためのToDoリストと定義しています。

――具体的に、1年生ではどのような授業が展開されているのでしょう。

オンラインでインタビューに応じる大辻校長

 生徒たちが社会人の方にインタビューをして、問題や課題を見つけていく授業がメインです。これまで、すでに15人の方にインタビューしてきました。地元の名産品やお菓子、ソーセージなどの肉加工品を作っている方々のほか、オンラインで東京のミュージシャンや元女子アナウンサー、写真家など、ありとあらゆる職業の方に話を聞いています。

 そのインタビュー記事を生徒たちがまとめ、冊子にしていきます。どういう問題や課題が見えてきたかは、生徒それぞれがインタビューの中で発見していきます。

 それと並行して、夏休み明けから新たなチャレンジを始めました。「学校の中の問題、理想と現実のギャップを発見しよう」というプロジェクト型学習です。

 まず、1人3つずつ学校の問題を挙げてもらいました。ICTを使ってその回答をデータマイニングすると、「図書」というワードが真ん中に大きく表示されました。多くの生徒が図書室に問題を感じていることが分かったので、今は「理想の図書室をつくろう」というテーマで動いているところです。

「失敗しても誰も怒りませんよ」

――探究学習の中でもICTを活用されているのですね。

 はい。生徒が描く理想の図書室のイラストも、オンラインで共有し合いながら、イメージを膨らませました。生徒からはブックカフェやラーニング・コモンズが入り交じったようなデザインがたくさん出てきました。

 さらに、そのために必要なタスクを生徒に出してもらいました。すると、生徒から「5つの班に分かれて動こう」と提案があり、①プレゼン資料を作成する班②資料を基に学校や外部に説明する班③本を増やす班④家具を増やす班⑤資金を調達する班――ができました。

 ここまで来ると私たち教員は基本的に見守るだけで、それぞれの班の生徒が主体的に動いていきます。

 最近動きがあったのは、「本を増やす班」です。生徒から「町立図書館から貸し出しさせてほしいから、教育委員会に交渉したい」と提案があり、生徒たちが担当者の方と電話で交渉し、検討していただけることになりました。

――生徒たちに「自分で考えて動く」という土台が出来上がっているのですね。一方で全ての学校で、そのような環境がつくられているわけではないように思います。

 確かに、うちの生徒を見ていると「よく動くな」という印象はあります。おそらくそれは、生徒にとって学校が安心・安全が保障された場所だからだと思います。

 グーグル社はプロジェクト型で仕事を進める会社ですが、うまく回るチームと回らないチームの違いを調査したことがあるそうです。その違いの原因は、ボスのキャラクターでも、コミュニケーションの頻度でも、飲み会の頻度でもなく、チームメンバーにとって安心・安全な環境であるかどうかだったそうです。

 確かに、安心や安全が保障されていない環境では何をするにしても不安になりますし、「誰かに確認してから動こう」と消極的になってしまうのは言うまでもありません。

 私は今年の入学式で、「学校は、安心して失敗できる場所だ。社会に出たら取り返しのつかない失敗もあるかもしれないが、学校にいるうちは失敗してそこから学ぶことの方が多い。失敗しても、誰も怒りませんよ」と生徒に伝えました。

教員が挑戦できる学校に

――安心・安全な環境を重視してきたことで、生徒は変わってきましたか。

 本校には中学校時代、不登校を経験した生徒が何人かいます。彼らは毎日頑張って登校していて、その中には生徒会やクラス委員として活躍している子もいます。そういう姿を見ると、彼らにとって安心で安全な環境を提供できているのかなと思います。

 学校に来られるようになったということは、もちろん生徒自身の成長もありますが、それまでの環境と生徒の間のずれが解消された結果だと思います。特に本校は小規模校ですので、一人一人の生徒が見えやすいですし、それぞれの個性に合わせた対応がしやすい環境にあります。目の前の生徒の意見をしっかり聞く時間や気持ちに寄り添う時間を、比較的取れているように感じます。

――生徒にとって安心で安全な学校をつくるためには、どんな要素が必要でしょうか。

生徒の主体性とともに、教員の主体性も尊重しながら学校運営を担う大辻校長(本人提供)

 まず学校で働く教員が主体性を発揮することが、安心・安全の土壌になるように思います。つまり教員自身が「そういう経験あるよ」と、許容できる懐の深さを持つ必要があるのです。教員が挑戦し続けられる学校が、生徒にとっても安心で安全な学校なのではないでしょうか。教員も失敗するでしょうし、それが人間です。そういった考え方が、大空高の職員室にも少しずつ浸透しているのかもしれません。

 私の場合、方向性を示して、その後はそれぞれの教員に任せるスタイルで学校経営を行っています。

 例えば先日、開校して初めての体育祭がありました。誰が何を担当するかという議論があったのですが、体育科の教員が「それを全員で決めていたら他の業務が回らなくなるので、私たちに任せてください」と手を挙げてくれました。そして彼らがリーダーシップを発揮しながら分担を決め、各委員会に振り、各委員会が競技のアイデアを出し、あっという間に物事が進んでいきました。

 先日は、こんなこともありました。全教職員を対象に、学校のビジョンを共有する会議を開催しました。そこで、主体性、協働性、社会性、探究力を中心に据えた学校運営をしていこうという話になりました。すると、分掌の垣根を越えた20~30代の若手の先生7人が「その仕組みづくりを担いたい」と自発的に手を挙げてくれ、有志のプロジェクトチームが誕生したのです。開校当初は目の前の対応に必死でしたが、半年たって少しずつ大空高の目指すものが先生たちにも浸透しているのだと実感できる、うれしい出来事でした。

 今春開校した大空高はゼロからつくる学校。「前例を踏襲したら何とかなる」ということが、一切ありません。だからこそ、一人一人の教員が前向きに、主体性を持って動けるのかもしれません。

(板井海奈)

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【プロフィール】

大辻雄介(おおつじ・ゆうすけ)大手予備校や塾で講師・教室長を歴任後、2004年からベネッセコーポレーションに転職。ICTを活用した新規事業開発に携わる。その後、島根県隠岐諸島に移住し「島前高校魅力化プロジェクト」に参画。公設塾のマネジメントと教育ICT活用を進め、総務省地域情報化大賞アドバイザー賞を受賞。17年には高知県に移住し、「嶺北高校魅力化プロジェクト」を立ち上げ、入学者数を前年度の倍以上に増やした。今年度より新設された北海道大空高等学校の初代校長に就任。新しい「学校づくり」に取り組んでいる。総務省地域情報化アドバイザー、スタディサプリ数学講師を兼務。

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