【廣津留すみれ氏】 安心のある教室だから学びは高まる

 大分市の公立学校からハーバード大学、ジュリアード音楽院に進学し、バイオリニストとして世界を舞台に活躍する廣津留すみれ氏。今年度から大分市の教育委員に就任するとともに、国際教養大学と成蹊大学で教壇に立つなど、次世代の教育の担い手としても期待されている。そんな廣津留氏がこれからの教育のキーワードとして掲げるのが「ダイバーシティ」と「想像力」だ。さまざまな価値観や文化を持つ人と共存しなければ生き抜けない時代は、すぐそこに迫っている。世界各国で多様なバックグラウンドの人々と触れ、学び合ってきた廣津留氏に、日本の教育の未来について聞いた。(全3回の最終回)

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安心・安全な教室だから学びは生まれる

――廣津留さんは現在、国際教養大学と成蹊大学で教壇に立たれています。授業では、どんなことを心掛けているのでしょうか。

 授業の最初に必ず、「この教室は皆さんにとって、セーフスペースです。だからお互いを信頼してほしい」と説明するようにしています。そのために、教室で発言したことはその場限りのことで他の場所で広めないこと、失敗を笑わないことなどのルールを決めています。

 また、議論の中で「何か指摘を受けたとしても自分への攻撃と捉えないで、ポジティブなフィードバックとして受け止めてほしい」と呼び掛けています。意見を活発に交換していると、場面によっては批判と捉えてしまい、不快に感じることもあるかもしれません。でも、相手が自分のことを思って勇気を振り絞って意見してくれるのは、実はとてもありがたいことでもあるのです。

 私がハーバード大学に通っていたときも、授業中にディスカッションをしていると「とげとげしい雰囲気になってきたな」と最初は戸惑うこともありました。ただよく聞いてみると、シンプルに相手のことを思って「こうやって直した方がもっと良くなるんじゃない?」と言っているだけ。授業が終わると、「この後、一緒にランチどう?」と、両者ともケロッとしているのです。学ぶときとプライベートのけじめがついていて、授業中は建設的にお互いを高め合うことができる環境がありました。

 ただそのためには、教室が学習者にとって安心・安全な場所である必要があります。教師が責任を持ってその環境をつくることで、活発に意見やフィードバックが飛び交い、質の高い学びが生まれるように思います。

 質問についても、気を付けて反応するようにしています。学生は教員から「何でそんな簡単なことを質問するの」と一度でも言われてしまうと、もう二度と質問する気にはなりません。質問をぶつけてくれる学生は、授業を真剣に聞いてくれているから疑問に感じ、積極的に授業に参加してくれようとしています。そのモチベーションをリスペクトして対応するようにしています。

――教育の面白さはどこにあると思いますか。

 自分が教える以上に、学習者から学ぶことが多いところでしょうか。大学で教壇に立つたび、子どもたちと触れ合うたびに、「あ、そういう視点で物事を考えているのか」「この世代はこうやって感じるのか」と新しい発見があります。

学習者から学ぶことが多いと語る

 特に、私が講師を務めている大学の学生は、質問の質がとても高いのです。私がレクチャーしている中で、学生から「でも、それって〇〇ですか?」と指摘されて、「なるほど!」と新たな疑問が生まれることも少なくありません。そのときは、本当にワクワクしますね。

 例えば、「この問題が分かりません」という質問を受けることで、「ここが分からないのか!」という新しい発見があります。自分が簡単に感じていた問題だとしても、「どこが分からないんだろう」と学習者と一緒に問題を分解していくことで、教える側としては学びにつながっていきます。ですから、授業後にもらう学生からの質問は、私にとって最高の学びです。

学校でダイバーシティを教えられる?

――時代が変化するにつれて、学校や教師の役割はどのように変わっていくと思いますか。

 コロナ禍で端末1人1台も広がり、知識はオンライン上で身に付けることが主流になってきました。とはいえ今後も、子どもたちの学びに対するモチベーションを刺激するのは教師の役割でしょう。

 さらにこれからは、今まで以上に多様性の問題と向き合い、さまざまなバックグラウンドを持った人と接することが避けられない時代になります。これまでは決められた枠組みの中で、設定されたルールに沿って生きていければよかったかもしれません。でも、これからは何のルールもない野原を、自分なりの生き方で生きていかなければいけません。そのときに、何を大切にするべきかを子どもたちに伝えることが、これからの教師の何よりの役割だと思います。

 これからの時代、私が大切だと思うのは想像力です。つまり、今話している人がどういうバックグラウンドを持っていて、どんな言葉を掛けたら傷つくのかと考えられる力が一層重要になってくるのではないでしょうか。逆に自分と違う相手を、問答無用に「否定する」という考えの人は、ますます生きづらくなるでしょう。違いをいったん受け入れて、「この人はこんなバックグラウンドから来ているから、このように考えるのか。勉強になるな」と思考を転換できるスキルが求められているように思います。

――日本は島国なこともあり、違いを受け入れる点については世界から大きく後れを取っているという指摘もあります。

2つの大学で教壇に立つ廣津留氏

 これだけ海外と行き来があり、オンラインも発達した現代において、そんな言い訳は通用しないほど、日本にいても異文化に接することが当然になっています。例えば、海外のドラマや映画を見るだけでも、少なからず各国の文化に触れていますよね。カルチャーは受け入れているはずなのに、対人のコミュニケーションは受け入れられないというのはおかしな話なのではないでしょうか。

 また、国際的なダイバーシティだけでなく、さまざまな分野でダイバーシティに触れる機会はあります。自分とは違う価値観や背景を持つ人に出会ったときに、オープンマインドで自分のことを話し、相手のことを知ろうとする姿勢を持つことがこれからは求められます。

 そして、それを子どもたちが初めて体験できる場所の一つが、学校ではないでしょうか。違う環境、価値観、人格の人々と出会い、共に学んだり意見を交わしたりする機会。「学校の中にはいろいろな人がいて当たり前」という社会の仕組みに気付いて、その中で想像力を持って生きていける力を育んでもらいたいと思います。

教育の質を担保するために働き方改革を

――今年度から大分市の教育委員に就任しています。気になっているトピックスはありますか。

 学校の先生の負担を軽くすることが喫緊の課題の1つではないかと感じています。

 例えば大学では、事務の専門の方がいて、課外活動には専門のコーチがいて、先生は本業に専念できます。だから研究にも注力でき、質の高い教育が提供できているのです。一方で小中高校にその環境が整っていないのはどうしてだろうと、不思議にさえ思えます。

 先生の労働環境を改善しなければ、そもそも教育の質は担保できないのではないのでしょうか。先生が抱えている負担を軽くして、一人一人の先生のパフォーマンス、つまり提供する教育の質を高めていく。地道な作業ですが、教育をより良くするためにはこの方法しかないように思います。

 まだ委員になって半年ほどですが、先生方の労働時間のデータを見ても、深刻さはひしひしと伝わってきます。何事も変えようと思う人がいなければ変わりませんし、現場の先生を見ていると声を上げたくても上げられない状況にあるように思えます。だからこそ、教育委員として少しでも解決に導ける策を講じていきたいと考えています。

(板井海奈)

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【プロフィール】

廣津留すみれ(ひろつる・すみれ) 大分市出身のバイオリニスト、起業家、著作家。成蹊大学客員講師・国際教養大学非常勤講師。大分市教育委員。12歳で九州交響楽団と共演、高校在学中にNY・カーネギーホールにてソロデビュー。ハーバード大学(学士課程)、ジュリアード音楽院(修士課程)卒業。2013年に共同設立した大分での英語セミナーSummer in JAPANの開催や、ビジネスセミナーとリサイタルを組み合わせた「講演演奏会シリーズ」の定期開催、テレビのコメンテーター出演など、演奏の傍ら多方面で活動中。著書に『ハーバード・ジュリアードを首席卒業した私の「超・独学術」』(KADOKAWA)など。

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