【カナダ編】 インクルーシブ教育の理想と現状


 多民族国家のカナダ。どのクラスをのぞいても、たくさんの違った言語を母国語に持つ児童生徒で溢れている。さまざまな国から来た人たちが共に生活していくために育んできた国民性として、平等と寛容の精神がある。これはクラス内においても一緒で、言語的な壁だけではなく、肉体的または脳の発達においての障害も含めて、全ての児童生徒が共にクラス内で学ぶ権利が法の下で保障されている。今回は、障害のある児童生徒の教員補助員の経験から、カナダのインクルーシブ教育の理想と現状について紹介する。

なぜインクルーシブ教育が盛んなのか

 カナダでインクルーシブ教育が盛んになり出したのは、1980年代。それまでの特別学級や特別学校によるサポートから、同じクラス内で平等の教育機会を公正に与える動きが広がった。

図書館でパソコンを借りてきて、テストやエッセイを書いたりする生徒もいる

 さまざまなニーズをもった児童生徒が共に学ぶことで、全ての児童生徒が社会的、精神的に成長できる。そして障害のある児童生徒の学習意欲も向上し、それに伴って学力がついていくという考えがベースにある。

 よくある懸念として「共に学ぶことで障害のない児童生徒の学びが遅れる」というものがあるが、実際、そのような結果が研究によって示されることはなかった。このような研究結果をもとにインクルーシブ教育はどんどん広がっていった。

小学校でのインクルーシブ教育の現状

 小学校でのインクルーシブ教育は、障害の程度に関係なく、ほぼ全ての学校で行われている。障害のある児童が休憩や運動するスペースのような部屋はあっても、基本的にどの児童も同じ教室で教育を受ける。

 IEPという個別教育プランをもとにカリキュラムが構成され、障害の程度によってカリキュラムの中身は変えずに、その児童に合ったサポートをすることもある。主なサポートとして、手で書くことが苦手な場合はパソコンでのアウトプットを推奨したり、アウトプット自体に時間がかかる児童にはテストや課題の時間を多めに与えたりする。

 大幅な学習の遅れがある場合などは、カリキュラムの内容をその児童に合わせる。例えば音楽の授業であれば、みんながギターの練習をしているときに太鼓の練習をしたりする。また、みんなが小学5年生の算数をしているときに、同じ教室で小学1年生の算数をしたりもする。

 障害のある児童に対しては、1対1か2対1で教員補助員がつく。基本的に担任教諭の責任で学習内容や方法は決まっていくが、実際にそれを実行に移すのは教員補助員だ。州からの各学校への支給額は障害によって違い、これも影響して自閉症の生徒と働くことが大半だった。

 IEPは1年に2度見直され、学校ベースのチームで話し合いが行われる。学校ベースのチームには、校長、担任教諭、担当の教員補助員、親が参加する。そこでこれまでの学びの進捗(しんちょく)
状況を話し、どのようなサポートが最適かを決めていく。

高校でのインクルーシブ教育の現状

 カナダ・ブリティッシュコロンビア州では、幼稚園からグレード7までが小学校で、グレイド8から12まで(日本の中2から高3)が高校のくくりだ。小学校まではほぼ完全な形でのインクルーシブ教育だったが、高校に入ると話は変わる。

家庭科の時間に生徒が作ったハロウィーンクッキー

 学力がある程度ある児童生徒は、なるべく多くの普通クラスに参加する。少し遅れている場合でも、学習サポートクラスという時限を設けて、その時間に必要なサポートをすることで普通クラスについていくという形がとられている。

 障害の程度が重く、学習についていけない場合は、体育や家庭科などのクラスを除いて、基本的に特別学級で1日を過ごす。特別学級のクラスでのスケジュールはその生徒によって違い、国語や数学などの学習をする時もあれば、地域の協力を得て、地元のホテルなどで簡単な仕事体験を週に1度ほどさせてもらうこともある。

理想と現実

 インクルーシブ教育の真の目的は、全ての児童生徒に平等で公正な教育の機会を与えることだ。形の上では実現できている小学校現場でも、教員の多忙もあり、障害のある児童のサポートを教員補助員に丸投げするというようなケースも多々あった。

 そのような場合、児童への教育がおろそかになることもある。ここで決定的な変化をもたらすことができるのは、保護者だ。保護者が心配していることを教員に直接伝えることで、ないがしろにされている児童の教育に再び力が注がれる。

 高校においては、特に障害の程度の重い生徒のサポートは本当にまちまちだ。特別学級の教員の中にも情熱を持ち、一人一人の生徒に寄り添って、保護者と協力しながら働いている教員もいる。その一方で、養護教員の資格を持っている人は圧倒的に少ないのが現状だ。教員になりたての、養護教育に関わったことがない新米教員が、仕事ほしさにその場しのぎでこの職に就くというケースもよく目にしてきた。

 このように理想と現実には、まだまだ壁がある。どれだけ理想を掲げても、結局のところは各クラスに関わっている教員や教員補助員次第で、一人一人の児童生徒へのサポートのきめ細やかさが変わってくる。私は教員補助員を5年間やったが、その経験はさまざまなクラスの教員を観察できただけでなく、カナダのインクルーシブ教育の現状を学ぶいい機会になったと思っている。

【プロフィール】
 梅木卓也(うめき・たくや) 兵庫県出身。2007年度よりワーキングホリデーをきっかけに、カナダのバンクーバーで学童保育の仕事に従事。その後、13年度より教員補助員として1対1での障害児のサポートに携わる中で、公立小中高での教育制度や現状について学ぶ。並行して大学にて数学、教育学を学び、19年度よりバンクーバー市の公立高校にて数学教員となる。初年度より、生徒主体で数学を学ぶ方向性を模索。Thinking Classrooms (考える授業)の構築や、Standards Based Grading (基準を言語化した評価方法)の導入により、生徒と先生という垣根を超えた双方向的学びを実現。noteに日々の実践や学びを書いている。


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