【ぼうず校長】 学校の中の垂直の関係とななめの関係

 都内で唯一、不登校経験がある生徒でも入学可能な「チャレンジ枠」を有する、3部制(午前・午後・夜間)定時制高校の東京都立八王子拓真(たくしん)高校。生徒の中退や不登校などが深刻だった同校に、磯村元信校長が赴任したのは2019年。以来、「生徒のための学校を取り戻す」をモットーに斬新な学校改革を進め、中退率を赴任時の半数以下にまで減らすことに成功した。不登校や家庭不和、貧困など複雑な問題を抱え、学校生活もままならない生徒に、教師は何ができるのか。「生徒にとって、公教育の最後のとりでになりたい」と力強く語る磯村校長へのインタビューを通じ、「課題集中校」と呼ばれる学校現場の在り方を考える。(全3回の1回目)

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モップを片手に校舎を巡る名物校長
昇降口には磯村校長直筆のメッセージが掲げられている

 「よく来たね、待っていたよ」――。磯村校長は登校する生徒一人一人に、温かいまなざしを向けながらこうあいさつする。昇降口には、一画一画力強い筆跡で書かれた手書きのメッセージが張り出されている。生徒たちは手を振りながら「ぼうず校長、おはよう」と駆け寄って来る。「ぼうず校長」は磯村校長の愛称。生徒たちは親しみを込めてこう呼ぶ。

 磯村校長には、休み時間も授業中も関係ない。モップを片手に校舎内を歩き回り、「調子どう?」「おはよう」「お昼食べた?」などと生徒たちに話し掛ける。授業中の教室に入り、生徒のノートをのぞき込むこともあり、生徒はうれしそうな恥ずかしそうな、何とも言えない笑顔を見せる。

 同校に通う生徒の中には、複雑な課題を抱えた者も少なくない。そんな「課題集中校」に赴任して2年半余り、「ぼうず校長」は日々、生徒たちの様子を丁寧に紡ぎ上げながら、傷ついた者たちの心を温めてきた。

コロナ禍で見えた改革のヒント

――八王子拓真高校に赴任して3年目を迎えました。これまでの学校改革を振り返って、どのような手応えを感じていますか。

 この3年間は、新型コロナウイルス感染症と隣り合わせの学校運営となりました。1年目の終わり頃にコロナが流行し始めて、2年目には一斉休校になるなど、学校の在り方そのものが大きく様変わりしました。

 コロナ禍でもちろん大変な思いもしましたし、課題にも直面しました。一方でコロナ禍だからこそ、分かったこともたくさんあったと感じています。私が校長として赴任する前年の2018年、本校は不登校が198人、転退学者が104人とピークを記録し、深刻な状況でした。しかし、昨年度は不登校が84人、転退学者が63人と激減しています。

 背景には、コロナ禍で学校の当たり前を見直せたことが、大きく寄与しているように思います。

 例えば、不登校。コロナ禍で全国一斉休校や地域ごとの度重なる休校措置など、生徒全員が学校に来られない状態が続きました。これが結果として、今まで不登校だった生徒の気持ちの負担を軽くすることにつながったようです。学校が再開されると、他の生徒と同じように、当たり前に登校し始めた生徒の多さに驚かされました。

コロナ禍の学校運営の中で、改革のヒントが見えてきたという

 感染防止のための分散登校でも、気付きがありました。本校では緊急事態宣言中、30人学級の半分に当たる15人程度が登校していました。いつものように授業中の教室をのぞきに行くと、生徒の様子が違うのです。普段はなかなか落ち着けなかった生徒が、落ち着いた様子で教師の話に耳を傾けています。教職員に尋ねても、「クラス全員に目を配れる余裕が生まれた」などと、変化を実感していました。本校のように多様な課題を抱えた生徒と向き合うためには、教師が気持ちや時間に余裕を持って教壇に立つことが必要不可欠です。

――このような変化を受けて、通常の学校生活に取り入れた仕組みはありますか。

 例えば、登校時にショートホームルームを行うようにしました。

 本校は3部制なので、午前8時半から午後9時まで、ずっと授業をしています。そのため、以前の時程ではショートホームルームが下校時にのみ設置されていました。登校時に生徒の様子を見られなければ、下校時まで出席しているかどうかも把握できない状況だったのです。

 コロナ禍以降は、授業を1コマ当たり5分間ずつ短縮し、その分を登校時のショートホームルームに充てて検温や健康チェックを義務付けました。それが想像以上に効果的だったのです。

 何より、担任が1日のスタートに教壇に立つことで、生徒の様子をしっかり把握できます。いつもとは様子の違う生徒がいたら、声掛けをしたり教科担任の教員に報告したりしながら対応に当たれます。欠席しがちな生徒が登校していない場合は、早い段階で電話連絡することもできます。そうした取り組みの結果、「生徒の精神状態が安定してきた」と、各学級の担任からの報告が相次ぎました。

 コロナ禍以前も、一部の担任は自主的に登校時のショートホームルームをしていました。ただ生徒の遅刻が多い学級では、「ほとんど生徒がいないから必要ない」などという声もあり、していないケースもありました。しかし、生徒が来ているか来ていないかが問題ではありません。晴れの日でも雨の日でも、毎日同じ時間に教師が教室で迎えることに、生徒は安心感を抱くのです。

 来年度からは、授業時間や休み時間を工夫するなどして、正式に登校時のショートホームルームを時程に位置付けることを決めました。

「話を聞いてもらいたい」生徒たち

――磯村校長は休み時間や授業中も校舎内を周り、生徒たちに話し掛けています。先ほども生徒さんから、「ぼうず校長」と話し掛けられていましたね。

 実は取材の前も、校長室に生徒が来て話していました。

 本校には、教室に行けない生徒や不登校気味の生徒の居場所となる「相談室」があります。そして、担当の教員が、そこにいる生徒を定期的に校長室へ連れて来てくれます。本校には約1000人の生徒がいるので、一人一人の状況を完全に把握して、関係を築くのは難しい面があります。その分、何かしらの課題がある生徒と接点を持ち、話すことで生まれるつながりを大切にしています。

 昨日の昼休みは校庭にあるベンチで、生徒と一緒に弁当を食べました。不登校気味の生徒がたまたま登校していたのを見かけたので、声を掛けたのです。

 日々こうして生徒と向き合う中で感じるのは、彼らが求めているのは単純に「話を聞いてもらいたいだけ」なのではないかと感じています。

 本校には相談室の他にも、図書室や保健室、校長室など、教室以外の生徒の居場所が幾つもあります。その他にも、毎週木曜日にはユースソーシャルワーカー(YSW)が来校して「クローバーひろば」というイベントスペースを設け、生徒たちがボードゲームをしたり、雑談したりしています。さらには、私が散歩途中で見つけたサービスを利用し、月に1回、ヤギをレンタルして生徒たちと触れ合うという取り組みもしています。

 こういった場所やイベントには、不思議と課題を抱えた生徒が集まってきます。

――どのように、生徒は心を開いていくのでしょうか。

 教師が「相談室のカウンセラーのところに行っておいで」と指示するよりも、複数ある居場所の中から生徒自身が選んだ場所に出向く方が、よく話をするように思います。

 クローバーひろばや相談室、校長室もドアは常に開けっ放しなので、自然と今の自分に必要な場所へ生徒の足は向くようです。それらの場では、たとえ大人側が黙っていたとしても、生徒側からぽつりぽつりと話をしてくれます。だから、私たちは本当に聞いているだけ。「ああ、そうなんだね」と。

学校の中に「ななめの関係」を

――生徒から悩みや愚痴を打ち明けられたら、アドバイスや指導をしてしまいがちなようにも思います。

 そうですね。もしかすると、「聞くだけ」という行為が、一番難しいのかもしれません。

 私たちは本人ではないから、彼らの本当の痛みを理解することはできません。「君のつらさ分かるよ」と言っても、「分かるわけがないだろう」と反発されるでしょう。しかし、「私には分からないかもしれないが、分かりたいと思っている」と伝えることが、教師には大切なのではないでしょうか。そのためには、彼らの話を聞くことに尽きると思います。

生徒が心を開ける「ななめの関係」の必要性を強調する

 私は40年余りの教職生活の大半を、課題集中校で過ごしてきました。近年、特に危惧しているのは、子どもたちの周りに頼りになる大人が減っているのではないかということです。例えば、引きこもりの子どもがいたとしても、昔は親戚や近所の人など、決して深い関係性でない人が気軽に手を差し伸べていたように思います。しかし今では、家族しか接点を持てないことも珍しくありません。

 つまり、子どもの有する人間関係が、保護者や担任といった「垂直の関係」ばかりになっているのです。こうした関係では「この子のために何かしてあげなければ」という意識が先行してしまって、お互いが苦しくなってしまいます。子どもにとっても、常に「叱られるかもしれない」「指導されるかもしれない」という疑念と隣り合わせで、なかなか息抜きできる時間がありません。

 学校でいえば「校長」という立場は、生徒と垂直の関係になりにくいように思います。一つ一つの言動について、叱ったり、指導したりする立場ではないですし、生徒もあらゆることを話しやすいのではないでしょうか。実際に、生徒から打ち明けられた話を担任に情報共有してみると、知らなくて驚かれることもあります。

 YSWやスクールカウンセラー、養護教諭なども、これに当てはまると思います。本校がクローバーひろばや相談室、図書室など複数の居場所を用意している理由は、垂直の関係ではない「ななめの関係」で息抜きできる場所を生徒たちに見つけてほしいからです。大人もそうですが、ストレスや悩みは、誰かに打ち明けるだけで分散されます。問題を抱えた子どもにいくら「何でも相談しなさい」「カウンセラーのところに行ってきなさい」と指導しても、心を開くわけがないのです。そんな指導をせずとも、生徒は自分が選んだ居心地の良い場所で時間を過ごしていれば、おのずと自分から語り始めるのではないでしょうか。

(板井海奈)

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【プロフィール】

磯村元信(いそむら・もとのぶ)

東京都立八王子拓真高等学校校長。2008~18年まで東京都立秋留台高等学校校長として在任。19年より現職となり、中退防止を最重要課題として、学び直し、特別支援教育の高校への普及・啓蒙を推進するために教員集団の意識改革に努めている。

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