【ボクサー教師の背中】常に挑戦し続ける先生に

 「学術とスポーツの真剣味の殿堂たれ」を建学の精神に掲げる岐阜県の中京高校は、部活動が盛んな学校として全国的に知られている。そんな母校への思いから、教壇に立ちながらアマチュアボクシングの頂点を極めようとしてきた田中亮明教諭。東京五輪男子ボクシング・フライ級で銅メダルを獲得したほどのボクサーが、教師として掲げる目標とは何か。一教師としての田中教諭の素顔に迫った。(全3回の最終回)

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ボクサーをしているからできる授業

――教師として母校に戻ろうというのは、いつ頃から考えていたのですか。

 大学1年生の頃から教職課程は取っていました。高校卒業前に、ボクシング部の石原英康監督から「大学に行くなら教員免許は取っておいた方がいい」とアドバイスをもらったのがきっかけです。石原監督自身が免許を持っていたおかげで、プロを引退した後に教員になれたということもあり、将来使うかどうか分からなくても取っておいた方がいいと教えてくれました。僕は遊ぶために大学に行くつもりはなかったし、仕送りももらわずに奨学金を借りて、やれることはやっておこうという気持ちでいましたので、公民の教員免許を取りました。

ボクサーと教師という二足のわらじを履いてきた田中教諭

 しかし、大学を卒業して中京高校の教員になったものの、ちょうどその頃はリオ五輪を目指す最中でもあったので大変でした。どんなに練習がきつくても、教員である限り間違ったことだけは絶対に教えられません。教材研究を一からやり始めると、いかに自分の勉強が足りていないかを痛感しました。

――普段の授業では、どんなことを意識しているのですか。

 今は通信制課程を担当していることもあり、普段は授業をすることがないのですが、長期休みになるとスクーリングに来る生徒たちに向けて授業をします。通信制の生徒は、普段は家で教科書を読みながら自分一人で勉強を進めています。なので、せっかくスクーリングで学校に来たときくらいは楽しくしたいと思い、教科書に載ってないような内容を取り上げたり、雑学を交えたりして授業を進めることもあります。

 中には、僕がボクシングをやっていることを知っている生徒もいて、ほぼ初対面なのにボクシングの話題で打ち解けることもあります。試合で世界各国に行ったので、そうした国々で日本人がどう思われているかという話をすることもあります。

ボクサーにはない教師としての悩み

――それこそ、海外のボクシング選手から学ぶことも多いのではないですか。

世界を渡り歩いてきた経験が、教師としても役に立つと話す田中教諭

 フィリピンやタイに行くと、小さい頃からボクシングを生業としていたという選手とよく出会います。ボクシングは道具がなくてもできる。子どもでも賭け試合に出て、勝てばファイトマネーをもらい、それを親に渡していたりします。そういう選手がたくさんいて、その国の代表として海外で試合をすることで、家族を養っているわけです。そういう選手ばかりなので、リングに上がると「遊びでやっているんじゃないんだぞ」という気迫が伝わってきます。

――そういうハングリーさを持った選手を前にすると、「勝てない」と思ってしまいませんか。

 そう思ってしまったボクサーは、絶対に勝てないですね。僕は彼らよりもやることをやってきた自信がある。だから勝てる。そこまで真剣になれていない人間は、真剣になっている人間には勝てないと思います。

 僕はボクシングを諦めずに続けてきたからメダルまでたどり着けた。僕にとっては、ボクシングしかないのです。これまでいろいろなことを教わってきましたが、僕の中でボクシングに勝る学びはありませんでした。

 だから、生徒やボクシング部の部員にも「諦めないで」と、言葉を掛け続けていきたいんです。これまで、いろいろな事情で学校を辞めていくボクシング部の部員もいました。そんな子たちに、本当はもっとこうするべきだったんじゃないかと反省したことも何度もあります。普通のボクサーはそんなことで悩む必要はありません。「辞めたいやつは辞めろ」でいいんです。でも僕は教師だから、くじけそうになっている子どもがいたら励まして、その子がもう少し頑張れるきっかけをつかむまで、言葉を掛け続けてあげたい。

 そして、ボクシングでも何でも、3年間続けて乗り越えられたなら、「お前なら大丈夫。何でもできるよ」と、そう声を掛けて卒業生を送り出したいですね。

もっと「かっこいい」人間に

――教師としての理想像はありますか。

田中教諭が目指す「かっこいい」教師とは……

 僕に教わってよかったなって、生徒が思ってくれる教師になりたいという思いはあります。それから、もっと「かっこいい」人になりたいですね。

――東京五輪銅メダリストというだけで、十分過ぎるほどかっこいいと思うのですが。

 銅メダリストって、僕からしたらかっこよくはないですね。あくまでそれは肩書みたいなもので、それで終わってしまったら本当に「しょうもないやつ」です。だからこそ、これからが大事です。いつまでも銅メダリストでやっていくつもりはないので、これに満足せずに新しいことに挑戦する自分でいたいです。

――常に新しいことに挑戦するというのが、先生にとっての「かっこいい」ですか。

 人によっていろいろな「かっこいい」があると思いますが、僕にとっては現状維持の人間よりも、何かにチャレンジしている人の方がかっこいい。それから、「かっこいい」にはどこか人を引き付ける「面白い」という要素も含まれると思います。

 教師として、ボクサーとして、そういう姿を見せながら、生徒が元気になれるような先生になれたらいいですね。

(藤井孝良)

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【プロフィール】

田中亮明(たなか・りょうめい) 1993年、岐阜県生まれ。母校でもある中京高校の教員として勤務しながら、東京五輪男子ボクシング・フライ級の日本代表として出場し、銅メダルに輝く。弟にプロボクサーの田中恒成選手がいる。同校ボクシング部の監督として、後輩の指導にも当たる。

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