【野口晃菜氏】 全ての土台は教員の働き方改革

 文科省の有識者会議の委員を歴任し、民間の立場から特別支援教育の発展に注力し続けるLITALICO研究所所長の野口晃菜氏。多忙な日々の中でも学校に足を運び、現場の声を聞くことを何よりも大切にし、「多様な教師が自分らしい生き方を体現していく姿こそが、インクルーシブな教育そのもの」と語る。多忙化が指摘され続ける現代の教員は、いかに児童生徒の多様性と向き合えばよいのか――。(全3回の1回目)

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教員が働きづらい環境の中で何ができるか

――最近、学校教育の領域ではどんなことに取り組まれていますか。

 通級と特別支援学級の児童生徒を対象とした「個別の教育支援計画」と「個別の指導計画」を充実させるシステム開発のプロジェクトに取り組んでいます。

 学校教育の中で個に応じた指導を実現するためには、一人一人の子どもに対して、これらの計画をしっかりと立てることが必要不可欠です。ただ現状では、作成する先生によって質のばらつきがあったり、作成することが目的となって形骸化したりと、課題が山積していました。実はリタリコが運営する発達支援教室でも、支援計画を立てる際に同じような課題がありました。そこで、ICTを活用してアセスメント結果を入力すると、それに合わせて目標やプログラムがレコメンデーションされるシステムをつくり、運用してきました。

 ここ数年は、そのシステムの学校版をつくることに注力しています。ようやく今年度から学校教育事業部が立ち上がり、20自治体にトライアル導入しました。現在はそれをブラッシュアップしつつ、アプリとして開発しているところです。来年度からさらに多くの自治体で本格導入される予定なので、それに向けて専門家から助言や意見を頂いたり、教委に向けて研修をしたりしているところです。

 その他にも、個別の支援だけでなく集団全体に対してアプローチするユニバーサル支援の観点から、3校の公立学校で長期的にコンサルテーションをしています。

――教員と接する機会も多いと思いますが、率直に学校の現状をどのように見ていらっしゃいますか。
 
 先生方は、一生懸命で真面目な方が多いと心から思います。世の中にはたくさんの職業がありますが、中でも学校の先生は「子どものためになりたい」という信念や情熱、プライドを持って「教師」という職業を選んでいらっしゃいます。どの学校にお邪魔しても、そんな先生ばかりです。

「先生一人一人の思いを実現することを手助けしたい」と強調する野口氏

 その中で私ができることは決して多くないですが、今は先生一人一人の思いを実現することを手助けしたいと思って活動を続けています。

 先生方の声を聞いていると、必死に頑張っているにもかかわらず、抑圧を受けて働きづらい環境になっているように見えます。努力しているのに報われない、頑張っている人ほど精神的に追い込まれているというケースは、私の周りでもよく見聞きします。その部分には、とても課題を感じています。

個人を責めても子どもは幸せにならない

――特に特別支援教育は担う教員個人の負担が大きくなり、学校一丸で取り組むことが進んでいないようにも見えます。

 そうですね。仕組みが整っていない部分もありますし、できる人、分かる人に全てが集中している部分も目立ちます。勉強しているほど仕事が降ってくる、そういう人に頼らざるを得ないのが現状ではないでしょうか。本来であれば、そういう人が対価を得て、スーパーバイザー的な役割を担うようになるのが理想です。

 また、学び続けて知識や価値観をアップデートし続けている先生がいる一方で、一部には自分の価値観に固執して、圧力のある指導や接し方を子どもや同僚にし続ける人も見受けられます。特にベテランの先生が高圧的になってしまうと、管理職すら何も言えない状況に陥ります。さらには、声の大きい人が学校の中心となり、周囲がその人に気に入られるような指導をするといった、学校全体がねじれた組織になってしまう場合もあります。

 ただ、この問題はその先生個人だけの問題ではありません。学ぶ機会やアドバイスしてくれる存在が、不足してきた結果なのです。自己流でやるしかなく、貫き通してきたことの成功体験も相まって、そこに固執せざるを得ない状況に追い込まれていったのだと思います。

――教員ではない野口さんが学校現場に入り、そういった課題を指摘することに難しさはなかったのでしょうか。

 先生と信頼関係を築かなければ、決して本音は言ってもらえません。

 最初の頃は、失敗ばかりでした。学校現場に足を運び始めた当初は、上から目線で発言してしまったり、先生の思いを尊重できなかったりして、校長先生とけんかをしてしまったこともあります。当時は特別支援教育が始まって数年しかたっておらず、今よりも課題だらけでした。子どもたちにとって良い環境をつくりたいとの気持ちが先走って、熱くなっていたのです。

 しかし、そんな関わり方では門前払いになり、信頼関係もつくれません。先生を責め、個人の責任にしても、その先にいる子どもたちには何も届かないのです。「結局、私は自分の仕事ができていないのだ」ということに気付きました。

 目的は子どもが幸せになること、子どもたちにとって学校がより楽しい場所になることです。そこに行き着くまでの戦略を考えると、まず先生たちのサポートをしなければ、ゴールにはたどり着けません。単発の研修で何かを変えることは難しく、先生と長期的に関わり信頼関係を築いていくことで、先生や学校が少しずつ変わっていくのだと心に留め、活動を進めています。

ポジティブな声掛けで、学校が変わる

――コンサルをされている学校では、どのようなアプローチをされていますか。

 昨年度から関わっている埼玉県戸田市立喜沢小学校では、米国の多くの学校などで導入されているポジティブ行動支援(PBS)をメインに取り組んでいます。PBSとは当事者のポジティブな行動(本人の生活の質の向上や本人が価値あると考える成果に直結する行動)をポジティブに(罰的ではない肯定的、教育的、予防的な方法で)支援するための枠組みです。例えば、「〇〇をしては駄目」ではなく「〇〇をしよう」などと言い換えたり、何かできたときに「できたね」と声掛けをしたりと、ポジティブなサイクルを増やします。そうした関わり方を通じ、子どもたちの問題行動も減っていくというエビデンスに基づいています。

公立学校3校で、学校全体のコンサルテーションを手掛けているという

 喜沢小学校では、学校目標を題材にして、どんな行動を取れば皆が自分らしく過ごせる学校になるかについて、先生と児童が一丸となって合意形成を図っています。最初に大切にしたい3つの目標を決め、その目標を「授業中に実践したら」「休み時間に実践したら」と、具体的な行動に落とし込んでいきました。昨年度にルールを作り終え、今年度はそれを運用している段階です。どんな工夫をすれば、ポジティブな行動が増えるのか、アイデアを出し合っています。
 
 例えば、「廊下を歩こうキャンペーン」の際に4年生は、こんな活動を実現させました。車の減速を促すため車道に描かれた「立体減速表示」を真似て、廊下の床に3Dに見える減速表示をビニールテープで描いたのです。その他の学年も学級ごとにさまざまな工夫をして、それをシェアしつつ、頑張ったことについてシールを貼って可視化するなどしてポジティブなフィードバックを増やしています。

――すてきですね。児童だけでなく、教師にとっても得るものがありそうです。

 はい。先生方にはポジティブなフィードバックの手法を学んでもらうため、最初に十分な時間を割いて研修を受けてもらいます。そもそも学校の先生は、ポジティブなフィードバックをすることに慣れていないように思います。授業中は「教科書を開いてください」「ここを読んでください」などと指示することが多いですし、できた子どもに対しても「できたね」とフィードバックする機会を思うようにつくれないのが現状ではないでしょうか。また、先生同士でポジティブなフィードバックをし合うこともなかなかありません。

 そのため、研修の冒頭でグループになってもらい、グループの中の1人の先生について1分間、皆ですてきなところや頑張っているところを伝え合うワークをします。皆さん恥ずかしそうに照れてニコニコし、とてもうれしそうなのが印象的です。

 こういった働き掛けが、教員の感じている抑圧を軽くし、凝り固まった人間関係をほぐすきっかけにもなるように思います。

隠れたカリキュラム

――一方で、教員や児童生徒が苦しくなっている学校も少なからずあります。一番の問題は何だと思いますか。

 間違いなく、教員の余裕のない労働環境が原因だと思います。35人学級や小学校の教科担任制も進みつつありますが、それでも教員1人当たりの児童生徒数が多過ぎるように思えてなりません。

「声を上げる先生に賛同したいし、全力でサポートしたい」と語る

 先生たちが休憩すら取れない職場環境は、労働基準法に照らしても完全に違法で、民間企業では考えられません。しかし、学校ではそんな状況が普通にあり、先生たちも麻痺(まひ)して当たり前と捉えざるを得ない状況があります。まず、先生方の労働環境を改善しなければ、インクルーシブ教育を進めることすらできません。土台である労働環境を改善しないことには、何も始まらないのです。

 最近感銘を受けた書籍『脱「いい子」のソーシャルワーク』の中に、支援をしている人が抑圧構造の中で支援をすると、結果として子どもたちにも抑圧構造を招いてしまうという指摘がありました。学校が抑圧構造から脱するためには、先生の働きやすい職場環境が必要なのだと改めて感じました。

 ですから、私は声を上げる先生に賛同したいし、全力でサポートしたい。教師が自分の生きやすい社会を自らつくって体現していく姿は、まさに「隠れたカリキュラム」。児童生徒も必ず見ているはずです。そして、それ自体がインクルーシブな社会や教育とつながっていくのだと感じます。

(板井海奈)

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【プロフィール】

野口晃菜(のぐち・あきな) LITALICO研究所所長。博士(障害科学)。インクルーシブ教育の実現を目指し、自治体などと連携して、障害のある子どもを含む多様な子どもがいることを前提とした教育の仕組みについて研究する。著書に『発達障害のある子どもと周囲との関係性を支援する:コミュニケーション支援のための6つのポイントと5つのフォーカス』(中央法規出版、共著)などがある。

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