【野口晃菜氏】 学校教育にない「社会の側に障害がある」という視点

 今年度から国士舘大学で教壇に立ち、教員志望の学生に特別支援教育を教えているLITALICO研究所所長の野口晃菜氏。「自分が当たり前に持っている『恩恵』や『特権』に気付くことが第一歩」と、教員の卵に説いているという。「大変だね」という視点から一歩抜け出す教育は、どうすれば実現できるのか。「仕組みを変えるための教育」の重要性を説く野口氏に、今後の展望を聞いた。(全3回の最終回)

この特集の一覧

教員の卵に伝える特別支援教育

――今年度から国士舘大学で、教職課程の必修科目である特別支援教育の講義を受け持っていると聞きました。教員を目指す学生にどのようなことを伝えているのでしょうか。

国士舘大学で教員を目指す学生に向けて、特別支援教育の講義を受け持つ野口氏

 今期は400人くらいの学生に向けて、講義をしてきました。彼らには、「今現場にいる先生方はこの授業は必修ではなかったため、学ぶ機会がなかった。あなたたちが学校現場に出たら、リードしていってください」と期待を込めて伝えています。特別支援教育が教職課程で必修科目となったのは2019年度。現状では専門的に学んでいない先生が多い中で、新たな世代がどんな新しい風を吹かせてくれるか楽しみでもあります。

 いろいろな考え方の学生がいるので一概には言えませんが、多くの学生が私の問題提起を柔軟に受け入れ、価値観や思い込みを更新してくれているように思います。そういう柔軟な姿勢を持ったまま現場に立ってほしいし、つぶされてほしくないと思います。ですから、「卒業後も何かあったらすぐに連絡してください」と、しつこいくらい何度も言っています。

 同時に、「自分が理不尽な状況に陥ったときは声を上げてもいいんだよ」とも伝えています。

――特に学生たちの反応がよかったテーマ、価値観を揺さぶることができたテーマはありますか。

 計15回の授業の中で、13~14回目でする「合理的配慮」についての授業は、多くの学生が真剣に考えている姿が印象的でした。

 車いすユーザーの伊是名夏子さんが鉄道会社に乗車拒否された話や、車いすユーザーが航空会社に搭乗拒否された話など、現実にあったケースを基に、障害のある人が自分の権利を獲得するためにどう運動してきたかを知るという内容です。そこから合理的配慮とは何か、障害者差別をなくすとはどういうことかについて考えを深めます。いつも以上に学生の意見が割れますし、彼らの心が揺さぶられている様子を垣間見ることができました。

 最初は、あえて私からは何も説明しません。例えば、伊是名さんが話している動画を見せて経緯を知ってもらい、その後、世間の反応やネットの誹謗(ひぼう)中傷などの情報を伝えます。そこで「これまで学んだことを踏まえて、皆さんはどう思いますか?」と問い掛けます。そして、おのおののスマホで入力すると、匿名で表示されるツールを使って意見を共有します。

自分の「恩恵」や「特権」に気付く

――匿名だと、ますます率直な意見が出てきそうですね。

 本当に多様な意見が出ます。「障害があるからといってわがままを言ってはいけない」という人もいれば、学んだことを踏まえて「合理的な配慮の観点で、鉄道会社の対応は良くない」という人もいます。そこですぐに私が「正解」を示すのではなく、多様な意見を紹介しつつ、論点を探っていきます。

 例えば、合理的配慮を切り口に考えると、最初から拒否してしまうと、対話にはつながりません。「拒否」という行為自体が差別につながると説明します。ただ全ての学生には伝わりきらなかったり、腹落ちしなかったりするので、イメージしやすいように話し方や説明の仕方を工夫するようにしています。

「自分が当たり前に持っている『恩恵』や『特権』に気付くことが第一歩」だと強調する

 「態度」と「権利の保障」の違いについても言及します。学生のコメントの中には「感謝しなきゃいけない」「障害者だからといって、わがままはいけない」などと、当事者の態度に関する指摘が多くあります。そこで、「皆さんは今朝、駅を使うとき、駅員さんに『ありがとう』と感謝しましたか? 当たり前のように電車に乗ったのではないでしょうか。障害のある人だけが、感謝を強いられるのはなぜなのでしょうか」と問い掛けると、学生たちはとても迷い始めます。障害の有無や態度の善しあしに関係なく、私たちは皆、移動する権利を持っているのです。

 15回の授業の中で、自分たちが障害のない人としていかに恩恵を受けて日々を送っているか、学生が自覚できる機会をなるべく多く設けています。そうすると、ピンとくる学生が多いように思います。また、大学の構内でフィールドワークをして、もし車いすユーザーだったら、校門から教室まで来るのにどれだけ不便かについても、実際に体験してもらいます。こうした活動は、「今、授業を当たり前に受けているけれど、自分はたまたま障害のない体に生まれてきたから、当たり前のようにここにいるのだ」という特権に気付くきっかけになります。

「大変だね」で終わらせないために

――特権に気付くとはどういうことでしょうか。

 障害のある人とない人が一緒にいるだけではインクルーシブとは言えません。そこには格差があるので、それを埋めるための行動である「合理的配慮」があってこそ、初めて対等になれるのではないでしょうか。だからこそ、障害のない人に対する教育が特に大切だと思います。

 障害のない人が自分の置かれている社会的な立場について知る機会をつくらなければ、「障害のある人がいる」「大変だね」で終わってしまいます。まずは、自分の当たり前が特権だと自覚して、そことどう向き合っていくのか。それは障害だけでなく、ジェンダーやセクシャルマイノリティー、外国にルーツのある方などとの関係づくりにも当てはまります。

 インクルージョンといったときに、属性によって生まれる格差を見て見ぬふりをするのではなく、きちんと見据えた上でどう埋めていくかを考える。学校教育の中にその視点が根付かなければ、変わらないだろうと思っています。

――具体的に、どう変わらなければならないのでしょうか。

 差別は、個人が個人に対してするものだけではなく、社会の構造の中に組み込まれているのです。

 日本の道徳の教科書や学習指導要領を見ても、「差別は悪いことだからやめよう」「差別をするのは弱い人間だ」などと、個人の努力に任せてしまっている側面があります。差別についてそんな文脈でしか学んでこなかったので、私自身もかつては、みんなが思いやりや優しさを持てば差別はなくなると信じていました。

 しかし、社会の構造の中に差別がある限り、いくら個人が思いやりを持って接しても、差別はなくなりません。障害のある人がストレスなく生活できるように社会がデザインされていないがための、働きづらさや不自由さが存在するのであり、障害のある人を前提に建物や制度がつくられていれば、問題はなくなっていくはずです。

 「社会の側に障害があるから、それをどう変えていくか」という視点は、学校教育にはほとんどありません。構造の中に障害があり、それを自分はどう変えていくのかというところまで深めていかなければ、いつまでたっても自分事にはなり得ないように思います。

 一方で、社会を変えるのはとても難しいことでもあります。だからこそ、幼い頃からそうした視点を学び、一市民として社会をより良くするために何ができるかを主体的に考え続けるような学習がもっと広がればいいなと思います。

間違いに気付こうとできる指導者に

――教員の側も、自分の思い込みやバイアスについて自問自答し続けることが肝心になってきますね。

 はい。私もこの仕事を始めるまでは、自分は差別しない人間だと思っていました。しかし、この仕事を通してさまざまな問題や人に出会い学び続けることで、差別をしている自分に気付くようになりました。気付くことはもちろんしんどいですし、最初は嫌な気持ちにもなります。一方で、それを前提にしていなければ良い支援はできないと心に留めています。

指導者として、「間違いや思い込みをしているかもしれない」と常に自問自答しながら、子どもと向き合っているという

 差別だけでなく、「自分は間違っているかもしれない」という思いを常に持ち合わせながら子どもたちと向き合っていなければ、自分の価値観を押し付ける支援者になってしまうように思います。それが私自身の支援観、指導観として特に大切にしていることの一つです。

 完璧な人なんていません。誰だって間違うことや失敗することはあるし、差別をしてしまうこともあるでしょう。大切なのは、それに気付けること。常に気付こうとして、気付いたときに直すこと。先生方にもそういう姿勢を持ち続けていただいて、常に価値観をアップデートしてもらいたい。そうやって先生が学び続けている姿勢が、子どもにとって何よりの刺激になるのではないでしょうか。

――インクルーシブが実現した社会や学校として、どんな姿を思い描いていますか。

 私が目指しているのはあらゆる格差がない社会であり、それこそがインクルーシブが実現した姿だと思います。

 現状は、たまたま生まれた環境、持って生まれた身体など、「たまたま」による格差が社会にまん延しています。属性ごとの格差があることを前提にし、その上で多様な価値観が大切にされ、認められている状態が理想です。

 そのために学校教育では、格差を可視化することが非常に大切だと思います。どんな子どもにどんな格差が生じているかをしっかりと可視化し、埋めるためのプランを立てる。そして、そのプランを実現させるためには、一人一人の努力や思いやりに頼るのはなく、そこにお金を使って仕組みや環境をつくることが不可欠です。

 さらに、そもそも子どもたちは一人一人違っていて、多様なことが当たり前です。それを前提に教育をデザインし直す必要もあるように思います。現状、個別の指導計画は障害のある子どものものだけが作られていますが、本来は全ての子どもに作られるべきだと思います。

 一人一人が異なる目的を持ち、異なるスピードで、異なる内容を学ぶスタイルを確立させたい。障害の有無にかかわらず、全ての子どもの学ぶ権利が保障されている状態をつくっていきたいです。

(板井海奈)

この特集の一覧

【プロフィール】

野口晃菜(のぐち・あきな) LITALICO研究所所長。博士(障害科学)。インクルーシブ教育の実現を目指し、自治体などと連携して、障害のある子どもを含む多様な子どもがいることを前提とした教育の仕組みについて研究する。著書に『発達障害のある子どもと周囲との関係性を支援する:コミュニケーション支援のための6つのポイントと5つのフォーカス』(中央法規出版、共著)などがある。

あなたへのお薦め

 
特集