【木村泰子×山田勝治】 子どもが子どもらしくいるために

 子どもの幸せとは何か――。教員であれば、誰もが一度は考えたことがある問いだろう。教育新聞では1月15日、「子どもの幸せ」をテーマにオンライン対談会を開催。ゲストに大阪市立大空小学校初代校長の木村泰子氏と、大阪府立西成高校の山田勝治校長を招いた。木村氏は「私たち教師は学校という場所で、子どもたちにどれほどの安心感を与えられているだろうか」と問い掛ける。学校現場の最前線で、多様な子どもたちに関わり続ける2人が見つめてきた子どもの幸せとは――。(全3回の1回目)

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子どもが当たり前に、その子らしく育つ

――本日は「子どもの幸せ」について、深めていければと思います。

 木村 実は大空小学校を卒業してから、大阪市の校長先生とお話しするのが初めてなんです。だから今日は山田校長先生とお話しできることに、とてもワクワクしています。

 参加してくださっている皆さんは、大空小学校と聞くと、映画『みんなの学校』を思い浮かべる方が多いでしょう。メディアではインクルーシブの学校、障害のある子どももない子どもも分けない学校なんて言われていますが、実はそういうことを一切考えたことがない学校でした。友達をすぐたたいてしまう子がいれば、家で宿題に取り組む余裕のない子もいる。障害があると診断された子どもたち、学校に行けなくなった子どもたちが全国から集まって来て、どんどん変わっていく。そんな学校でした。

子どもの幸せについて、「生涯問い続けても、正解はない」と語る木村泰子氏

 彼らの姿を思い浮かべると、まさに今日のタイトルにある「子どもの幸せ」について考えずにはいられません。子どもの幸せって何でしょうか。生涯問い続けても、正解なんてありません。だからこそ、問い続けなければいけないように思います。今ぼんやりと思うのは、いろいろな個性を持った子どもたちが、当たり前にその子らしく育つ。それが一番大切で、それだけでいいんじゃないかと。大空小の9年間で関わってきた子どもたちや、周りの大人たちに、そんなことを学ばせてもらいました。

 山田 別の高校での4年間の勤務を挟むのですが、今年度で西成高校の校長として9年目を迎えます。西成区内の小中高校を見ても「西成」という名前が付いている学校は、本校だけです。これまでに何度も、名前を変えるべきではないかという議論があったほど、「西成差別」と言われる現実がありました。

 小学校と違い、高校は子どもたちを社会に送り出すための「最終校」にもなる場所です。生徒を社会に送り出すためにどんなことが必要なのか、本当に悩みながら歩んできました。本校に通う生徒の多くは、小中学校の9年間で嫌な思いや苦しい思いをたくさんしてきました。その思いを受け止めるためには、教室にこだわらなくてもいいのではないかというのが、私たちがたどり着いた答えです。例えば家に帰ると居場所がない生徒も少なくないので、校内に民間が運営する「居場所カフェ」をつくり、生徒が自由に出入りできるようにしています。学校の中に、教室だけではない居場所をつくっているのです。

 さまざまな背景を持った生徒を見ていると、高校を中退したり、留年したりするのは、本当にわずかな違いです。この違いは子どもたちの人生や幸せにとって、どんな意味があるのだろうかと常に考えています。改めて、義務教育ではない高校教育の在り方を問い直さなければならないと感じています。

幸せは他者に与えられるものではない

――大空小学校の児童が、西成高校に進学したとも聞きました。

 木村 実は映画『みんなの学校』にも出ていた児童が西成高校に進学し、卒業しました。

 私は大空小を卒業してから、ただの一度も大空小の卒業式に参加したことがありませんでした。過去の人間が行っても、何もできませんからね。でも彼の卒業式だけには、こっそりと足を運びました。

 彼は小学校時代、誰よりも困り感を持った子どもでした。いわゆる貧困家庭で、夏休みに食べる物が家にない。「3日間は水を飲んで我慢したけど、何も食べずに4日目や」と職員室に飛び込んできたこともありました。何も悪いことをしていないのに、中学校に進学すると教師から体罰を受けて苦しみました。そんな彼が高校に進学後は3年間、無遅刻・無欠席で、施設から学校に通いきったんです。小学校の時は「起きろー!」と自宅まで迎えに行かなければ、起きてこなかったのに。

 卒業式後に彼からのLINEが、大空小の教職員から送られてきました。そこには卒業式の後に同級生たちと撮った写真と、「こんな幸せなことは、今までにはなかった」という言葉がありました。彼の表情を見て、「こんなに幸せそうな顔をするんだ」としみじみ思いました。

 私はこれまで、「この子はどんなときに幸せなんだろう」「この子が幸せになるために、私に何ができるかな」と考えながら、子どもと関わってきたつもりです。でも、常に自分は無力だという現実を突き付けられました。幸せって、他者に与えられるものではありません。幸せだと感じられる自分には、自分でなることしかできないんじゃないかと思いました。

「高校生らしい」経験を味わえるように

 山田 高校と小中学校の決定的な違いは、入学者選抜があることです。今は中学3年生の成績で、ある程度の人生が決まってしまう社会になっています。

 さまざまな困難を抱えて生きた子どもたちは、別の人生を歩んだことがありません。比較対象がないから、それが当たり前と思っています。でも中学3年生になると、いろいろな比較と直面します。塾に行っている子、家庭教師がついている子、自分の部屋を持っている子、学習机が家にある子、パソコンを持っている子……。自分は彼らとは境遇が違うんだと、はっきり分かります。その結果として、高校入学で偏差値というランクが付きます。

 本校を選んでくれた生徒を見ていると、何が幸せか、何が不幸かは、正直まだ分かっていない部分があるように見えます。例えば親に対して、「言うことを聞かないと殴ってくるだけの存在」と諦めている生徒も少なくありません。

西成高校の生徒に対して、「高校生らしい年代の楽しい経験を積んでほしい」と語る山田勝治校長

 そんな彼らに、幸せって何だろうと考えてもらうために、2つのことを大切にしています。1つは、学校で高校生の年代らしい楽しみをしっかりと味わってもらうこと。本校の生徒は4分の1がアルバイトをしており、さらにそのうち4分の1は生活費としてそのアルバイト代の一部を自宅に入れたり、将来のために貯金したりしています。そうした余裕があるとは言えない生活の中で、学校生活くらいは楽しんでほしいという思いがあるのです。

 例えば学校では、生徒がアルバイトすることをサポートしています。保護者の理解を得るために、PTA総会でも「部活動より、アルバイトです」と言い切りました。部活動はもちろん大切ですが、遠征費や備品の購入などの出費がかさみ、参加することが難しい生徒が大半です。その代わりに、アルバイトと両立できる部活動を用意し、アルバイトしながらでも学校生活を楽しめるように工夫しています。その他にも、体育祭や文化祭、修学旅行などの行事は日々の授業と同じくらい、もしかするとそれ以上に、大切にしています。勉強も人間関係も苦手だった生徒が、この学校で初めて仲間とぶつかったり、笑い合ったり、人とつながる経験をして、人間的に成長していくのです。

 「高校生らしい」という言葉は、いろいろな意味をはらみますが、高校生時代にしか味わえない経験を積んだ子どもは大人になっても頑張れるし、踏ん張れます。高校生という子ども時代の最後を、家族の世話や家事に費やさなければならかったり、家にも学校にも居場所がなかったりした子どもは、大人になってからも自分の幸せを見つけることに苦手意識を持ち続けるように思います。

 また、高校生くらいになると、他人と比べて自分が幸せかどうかを考えるようになります。もちろん、成長過程において大切なことですが、「昨日の自分よりは今の自分を褒められる要素をつくっていこう」「自分史上最高を目指そう」と、生徒に声を掛けています。これが2つ目に大切にしていることです。

 例えば、1学期に30回以上遅刻した生徒が担任に連れられて校長室に来たことがあります。そんなとき、私は叱りはせずに、生徒と話をするようにしています。「中学生のとき、遅刻はどうだった?」と尋ねると、彼は「ほぼ毎日遅刻していました」と答えました。「それなら、今は頑張っているんだね」と声を掛けると、彼はにこっと笑いました。そして、「私も毎朝、ショートホームルームを見に行くから、ちょっとでも減らせるように、これからも頑張ろうか」と声を掛けます。

 できたことを褒めていくこと、頑張っているけれど苦手なことを苦手と認めてあげることで彼らは肩の荷が降り、安心した表情を浮かべるのです。

「子どもの安心」を意識のベースに

――今のエピソードを聞いていかがでしたか。

 木村 「学習障害」「不登校」「貧困」。大人たちはいろいろなくくりに子どもを入れて、色眼鏡で見ています。でも、子どもたち自身は何も困っていない。実は子どもに困難があるのではなく、周りや社会に障壁があるから困らざるを得ないだけ。周りが変われば、その子はその子のまま存在できるようになり、何にも困ることなんてないのです。

 私たち教師は学校という場所で、子どもたちにどれほどの安心感を与えられているでしょうか。例えば、宿題ができない子どもに対して、「宿題ができなくてもいい。宿題をするために学校に来ているんじゃない。自分らしく、自分のやりたいことをできたらいい」と、どれだけの先生が言えるでしょうか。校長だけが「大丈夫」と言っても、教室に帰って担任に叱られたら、子どもは余計に混乱します。子どもに安心してもらうことを、全教職員の意識のベースにしなければなりません。

 これはマニュアルや職員研修で学ぶ以前の、とても簡単なことです。小中高大を含め、学校という教育機関に勤務している私たちが、最低限持っていなければならない価値観。目の前に困っている子どもがいたら、「自分はどんな行動ができるだろう」と考えるだけでいいのです。だってその子の困り感は、私たち教師には体験できないんですから。教師は、経験はないけれど、正解だけは持っています。目の前の困っている子どもに対して、困った経験のない教員が正解を押し付けるといった指導が今の学校には多過ぎるように思います。

(板井海奈)

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【プロフィール】

木村泰子(きむら・やすこ)
大きな反響を呼んだドキュメンタリー映画『みんなの学校』で知られる、大阪市立大空小学校の初代校長。同校では「全ての子どもの学習権を保障する」という理念の下、教職員や地域の人たちと共に、障害の有無にかかわらず、全ての子どもがいつも一緒に学んでいる。退職後は、全国で講演活動などを行う。著書に『「みんなの学校」が教えてくれたこと』『「みんなの学校」をつくるために』(ともに小学館)など。

山田勝治(やまだ・かつじ)
大阪府立西成高等学校校長。1957年、大阪市西成区生まれ。1990年から2004年までの15年間、「成人識字」教室の運営に関わる。05年、西成高校に教頭として赴任。09年から13年3月まで同校校長を務めた後、異動。17年、同校校長として再赴任。「基礎教育保障学会」所属。著作に『格差をこえる学校づくり 関西の挑戦 阪大リーブル』(志水宏吉編、大阪大学出版会)内の第2部『「先端でもあり、途上でもある」—高校版「UD化」計画—』、『わたしたち(西成)は二度「消費」された』(ヒューマンライツ2019年9月号)。

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