【学びのアイデアマン】 PC苦手教師がICTに魅了されたわけ

 肢体不自由や知的障害のある児童生徒が通う特別支援学校・東京都立青峰学園では、いち早くICTを駆使した授業実践や学校生活を実現した。中心メンバーの一人として進めたのは、教員5年目の菱真衣教諭だ。「以前は、パソコンが嫌いだった」と明かす菱教諭だが、「生徒たちが日々の学校生活の中で、ICTを広げていってくれた」と語る。(全3回の1回目)

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パソコン嫌いの教諭がなぜ?

――もともとICTに明るかったのでしょうか。

 いえ、以前はパソコンがすごく苦手で、嫌いで、なるべく使いたくありませんでした。でも、いざ触り始めると、どんどん魅了されていったんです。

――何かきっかけがあったのでしょうか。

 教員2年目の頃に、以前の校長に勧められて、当時、特別支援学校でICTを活用されていた海老沢穣先生(一般社団法人SOZO.Perspective代表理事、新渡戸文化小学校ICTデザイナー)の話を聞きにいく機会がありました。そこで、「ICTでこんなことができるのか」とたくさんの気付きを得ました。

 持ち帰って実際に試してみると、改めて「私でも、こんなことができるの!」という驚きの連続で、どんどんハマっていきました。例えば、動画や音楽の編集なんか、私が幼かった頃は専門の職業に就いている人しかできなかったことです。でも現代では、専門的スキルのない個人でも挑戦することができます。こういった経験を、子どもたちにもさせたいと思ったのがきっかけです。

――実際に、授業で活用してみた印象はいかがでしたか。

 ICTを活用することで、彼らが日頃感じていた制限が、一気に取り除かれた印象があります。

 例えば、関節の曲げ伸ばしが困難な生徒がいます。授業で使うプリントをファイリングする作業も、教師が代わりにしていました。そのため、プリントの出し入れの度に教師に声を掛けなければなりませんでした。

 それがiPadを取り入れてからは、紙にプリントしなくても、画面上のPDFに書き込めるようになりました。そのおかげで、自分で整理できて、学習したいときに自分で出してこられるようになったのです。

 これは私たち教師の側が、そうするように指示したわけではありません。日々の学校生活の中で、生徒自身が気付き、取り入れたことです。

トイドローンを使って動画撮影

――自分でできることが増えていくのは、子どもにとってもモチベーションが上がりそうです。

 はい。特に効果的だったのは、デジタルで絵を描くことや動画を編集することです。分かりやすく、生徒の熱中度が高まりました。

 手にまひなどがあると、絵を描くときに色鉛筆の色を変えるのも一苦労です。自分で持ち変えられる子もいますが、手元に何色かを用意しておき、教員が手に握らせながら描いている子もいます。塗りつぶすときも、不自由さがあると時間が掛かってしまいます。また、可動域に制限がある生徒は、そもそも絵を描くことも困難です。

 それが、タブレット端末を使うと自由自在。色を自分で変えられますし、ワンタッチで塗りつぶすことも可能です。

 もちろん、画材を使って絵を描くことも大切にしてはいますが、生徒から「タブレット端末でやれば、みんなと同じ速度で描けるから、デジタルで描きたい」と提案されることが増えました。

――その他には、どのような授業実践をされているのでしょう。

 情報の授業では、生徒がプロジェクトを立てて取り組む授業をしています。

 例えば、ここ最近で一番大きいプロジェクトは、パナソニックの映像コンテストに向けて、生徒たちが映像制作に取り組んだことです。映像を撮るだけでなく、共同編集で企画書をまとめたり、タブレット端末上で絵コンテを作ったり、生徒が主体となって作品を作り上げました。

 昨年、そのコンテストでSDGs賞を頂いた作品は、SDGsのオリジナルロゴをデザインしたものでした。生徒から「貧困」や「飢餓」など、小さな子どもには今一つ分かりづらいロゴがあるという意見があり、世代を問わず誰でも理解できるオリジナルロゴを考え、啓発動画にまとめることにしたのです。

 生徒のアイデアで、動画のラストにはトイドローンを使って撮影した映像を入れました。グラウンドで生徒が手を振っている姿を上空から撮影し、Google Earthでつないで学校から地球にフェードアウトしていく、かっこいいエンディングとなりました。

生徒の「いいな」が広げるコツ

――ICTを活用すると、生徒からこれまで以上にたくさんのアイデアが出てくるのではないでしょうか。

 たくさん出てきます。自分から発表を申し出る生徒も増えました。

 これまでは発表のタイミングに戸惑う生徒もいましたし、教員に促されてやっと発表する生徒が大半でした。車いすを使用する生徒が発表するときは、たくさんの障害物をよけながら、教室の前方に出てくる必要がありました。座位の保持が難しく、体を寝かせた状態で授業を受ける生徒にとっては、さらに困難なことです。

 私の授業で主流の発表スタイルは、Apple TVを使って、生徒が自席から教室前方にある大型モニターにタブレット端末の画面を共有して、説明するという手法です。以前は、私が授業中にやっていた方法ですが、生徒から「私も画面を共有していいですか」との声があり、その方法が広がっていきました。

――自分の授業だけでなく、学校全体でICTを活用しているようですが、どのような工夫をされましたか。

 ICTを取り入れ始めた当初、私は2年目と教員歴も浅く、いわゆる若手でした。私自身が周囲に働き掛けたというよりも、私の授業でICTに夢中になった生徒たちが、日々の学校生活の中で広げていってくれたように思います。

 私自身もそうなのですが、大人だけで意見を交わし合っていても、なかなか響きにくいように思います。それよりも、生徒にまず分かってもらって、生徒が「いいな」と思い、他の授業でも「使いたい」と言ってくれるほうが広がりやすいのではないでしょうか。本校でも生徒の声を先生方が次々に取り入れてくれて、今では私がイメージしていた以上に、いろいろな授業でICTが活躍しています。

 特に音楽や体育などでは、「そんな使い方があったのか」という取り入れ方もされていて、うれしいですね。例えば音楽では、可動域や関節に障害があるとピアノやギターを弾くのが困難ですが、生徒たちは「Garage Band」というアプリを使って、楽器の演奏や作曲に取り組んでいます。

 実はこのアプリも、生徒が休み時間に使っていたのを見た教員が、音楽の授業で取り入れ始めたものです。

 もともとは、情報の授業で制作した動画につける音楽を、生徒にGarageBandで作ってもらったことがきっかけです。その後、生徒たちが休み時間にアプリを触り始めて、「ピアノもギターも弾けるぞ」と気付いたようなんです。ピアノの演奏に夢中になっていた生徒の一人は、聞いた曲を即興でコピーして弾くことができるなど、新たな才能に気付くこともできました。

教職員が不安にならないよう意識

――昨年度は文化祭のリーダーも引き受けて、初めてオンラインで実施されたんですよね。どんなことに気を付けましたか。

 コロナ禍だったこともあり、Teamsを活用して生徒や保護者とコミュニケーションを取りながら、動画ベースで発表する形式にしました。また、ツイッターなどSNSと連動して、告知も幅広く行いました。

 生徒が楽しめるようにすることはもちろん、教職員が不安にならないようにすることも意識しました。

――例えば、どんなことでしょうか。

 例えば、先生方は保護者から質問が来たとき、不安になると思います。そのため、ログインの仕方や動画の見方など、基本的な操作について丁寧に解説した用紙を教員や保護者に配布しました。端末の管理方法についても、クラスごとに封筒に入れて渡して、端末の配布時や返却時に管理しやすいようにしました。

 開会式や閉会式は、ビデオ会議を各教室につなぎ、リアルタイムで開催しました。その時も、詳しい先生を各フロアに配置して、万が一トラブルが起きたときもサポートを求められるようにしました。

――学校の中でICTの活用を広げる上で、何が鍵になるのでしょうか。

 やはり、子どもたちだと思います。GIGAスクール構想が本格化して、もうすぐ1年です。積極的に活用している先生が、目の前の児童生徒を夢中にさせて、引っ張っていく。そうすると、おのずと周りの先生も巻き込まれていくように思います。大人同士で指摘し合うよりも、はるかに早く浸透していく実感があります。

(板井海奈)

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【プロフィール】

菱真衣(ひし・まい) 茨城県日立市出身。茨城県立日立第一高等学校卒。津田塾大学学芸学部数学科卒。教員5年目。2019年度に独立行政法人教職員支援機構で行われる学校教育の情報化指導者養成研修を経て、現在は学校や地域の情報化推進を担っている。校務の情報化や授業におけるICT活用の推進について、自らの力量を高めるとともに指導助言を行い、ICT夢コンテスト2021文部科学大臣賞、21年度東京都教育委員会職員表彰立志賞を受賞した。

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