【モンゴル編】 未来のモンゴル人を育てる仕事

 あるモンゴルの先生が「教育は未来を創る仕事だ、私たちは未来のモンゴル人を育てているのよ」とおっしゃっていた。未来のモンゴル人というものを、その先生がどのように描いているのか私には分からなかったが、今でも時々ふとこの言葉が思い出される。モンゴル人たらしめる教育とは、一体どういうものなのだろう。そこで今回は、日本にはないモンゴルの文化や習慣が取り入れられた授業について紹介したい。

教科:市民教育

 まず、モンゴルの小学校の教科には市民教育というものがある。これは、モンゴルの伝統や歴史、小学校では伝統的な遊びや道具について知ることを目的としている。小学校の生活科にも重なるものといえそうだ。

シャガイ

 例えば、学習内容の一つに、シャガイ(羊のくるぶしの骨)を使った遊びがある。シャガイには4つの面があり、それぞれ馬、ヒツジ、ヤギ、ラクダという家畜の名前がついている。これがサイコロやすごろくの駒のような役割をする。教室のシャガイ4つを転がして、その組み合わせで毎日の運勢を占う教員や生徒たち。市場ではお金を賭けて遊ぶ高齢者をよく見かける。モンゴルでは家畜をさばいて食べたり、現代でも市場で骨付き肉を買ったりするのが当たり前になっているので、シャガイを集めることは難しくない。家に親戚や友人が集まると、どこからか30~50個のシャガイが出てきて、皆でじゅうたんに座り、どの遊びをするかを話しだす。

 シャガイは、夏の国民運動会ナーダムの1つの競技になっている。的用の色を塗ったシャガイに向かって、自分のシャガイを指ではじいて当てる。ルールは単純で、競馬やモンゴル相撲に比べるといささか地味ではあるが、各地の博物館に競技用のシャガイが飾られているのを見ると、歴史ある競技なのだろう。

 また、モンゴル人の家に伺うと、ラクダや牛、馬のくるぶしの骨を自慢げに見せてもらうことがあった。このように、シャガイだけ見ても、モンゴル人の生活文化に深く根付いているもののようである。

民族衣装デール

 次にモンゴルらしさを感じたのは、チンギスハーンの誕生日だ。これは11月24日にあるモンゴルの祝日で、この日は朝からテレビでモンゴル民謡、舞踊が放送されたり、学校では教員、生徒の全員が伝統衣装デールを着て登校したりする。

 モンゴルの民族衣装は、旧正月やイベントの際に着用することがあるが、日本と違うのはそのほとんどが自分の体のサイズに合わせて仕立てられたものであるという点だ。つまり、布や形を自分で選び、毎年新しく作るのだという。

 私も、家庭科の教員に手伝ってもらい、桜色のキラキラの縁取りのついたデールを仕立ててもらった。布代や仕立て代を合わせても6万円程度で出来上がる。その日はそれぞれ自慢のデールに身を包み、記念撮影を楽しんだ。

 またモンゴルにも複数の民族があり、主に襟の形にそれぞれの民族の特徴を残している。そこで初めて、おのおののルーツや地域の歴史に気付かされることもあった。

暗記力

 そして、日本人の私から見て、モンゴル人の驚くべき能力の一つに暗記力がある。

 例えば、私が、ある教員を探して校内をさまよっていると(校内放送はない)、近くにいた人がその方の電話番号を教えてくれた。何も見ずに30人ぐらいの電話番号を空で言えるのである。それが、特定の人だけではなく、かなり一般的にそうなのである。私は、自分の電話番号や職員番号を尋ねられただけで、えーっと…と考えてしまう。

伝統的な縦型文字

 また、ある時、日本語の歌を練習しているので聞いてほしいと言われ、小学5年生の子についていくと、ほとんど歌詞(ローマ字のかな)を読まずに歌っていた。いつから練習しているのかと聞くと、昨日、この曲を歌うことが決まったという。その言葉の意味が分かっていなくても、音声を聞いて、それもかなり速いスピードで覚える事ができるのだと知り、驚愕した。

 しかし、しばらくモンゴルで暮らすと、長いスピーチや詩の朗読を暗記する姿をたびたび見掛ける。また当然のように詩の暗記や計算式の暗記を宿題に出す教員や、それをやってのける生徒たちを目の当たりにする。もちろん、中には暗記を苦手とする子も多くいるものの、幼い頃から暗記するのが当たり前という感覚はあるようだ。

 以前、モンゴル民族文化の研究者から、歴史的にも文字をもった時期が遅く、その分、口承文芸が発達してきたからだろうと聞いた。そうした歴史の中で育まれてきた能力が、現代の電話番号にまで受け継がれていると考えるととても面白い。

 こうした伝統や能力を受け継ぎながらも、たくましく生きるモンゴルの子どもたちを見ていると、未来が明るく輝くように感じられる。それと同時に、未来の日本人を育てるために、私にはどんなことができるだろうと考えさせられる。

(佐藤恵理子=さとう・えりこ 岐阜県で小学校教員として勤務後、JICA海外協力隊としてモンゴルに赴任。コロナ禍により帰国)

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