【学びのアイデアマン】 TikTokからひらめくカラフルな授業

 特別支援学校都立青峰学園で肢体不自由や知的障害のある生徒を指導する菱真衣教諭。これまでARや3Dスキャンを活用した展示会や、トイドローンを使った動画撮影など、さまざまなツールを駆使した実践を重ねてきた。もともとICTに興味がなかったという菱教諭が授業アイデアを練るために重宝しているのは、中高生に人気の動画アプリ「TikTok」だという。はたして、菱教諭の授業づくりの秘訣(ひけつ)とは――。(全3回の2回目)

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授業のアイデアはTikTokから

――授業のアイデアはどのように思いつくのでしょうか。

授業実践のひらめき方について話す菱教諭

 いくつかアイデアが浮かぶパターンがあるのですが、SNSを見ているときが一番多いですね。他の先生方の実践を見るよりも、教育とは全く関係ないものを見ているときに思いつきます。最近重宝しているのは、TikTok。次々に動画が流れてくるので、「今、中高生の間ではこれがトレンドなんだな」と興味深く見ています。そこからぱっとひらめき、「こんな授業をやってみよう」とアイデアが膨らんでいきます。

 あとは、眠るときベッドに入ってウトウトしているときに、ひらめくこともありますね。

 また、授業で活用するアプリは、定期的にApp Storeをパトロールして探しています。面白そうなアプリは、片っ端からダウンロードしてまずは自分で使ってみます。

――例えばTikTokを見ながら思いついたアイデアで、これは特に良かったというものはありますか。

 AR(拡張現実)を活用して取り組んだ美術展『障害物のない世界、ARで作品を展示スペースごとデザインしよう!」でしょうか。今年度の「ICT夢コンテスト」で、文部科学大臣賞を頂きました。

 美術の授業で生徒が紙粘土でフィギュアを作っていました。文化祭の担当として、これをどうやってオンラインで展示するか、考えていました。私には、作品の写真や動画をアップロードして、見てもらうくらいしか思いつきませんでした。でも、生徒たちと「それだけだと、ちょっとつまらないよね」と相談している時に、TikTokでARを活用した動画を見て、「これだ!」とひらめいたのです。そこで、生徒たちと相談しながら、ARで展示スペースを作ってみることにしました。

 肢体不自由特別支援学校の生徒は、車いすを使用していることが多く、机を運んだり、大掛かりな飾り付けをしたりすることが困難です。また、学校での展示は装飾したり、雰囲気を出したりするのに、どうしても限界があります。一方、ARの世界では美術館に負けないクオリティーの展示会が実現できます。

 使用したアプリは、「Reality Composer」というもので、美術館にあるような重厚なデザインのテーブルや椅子が、テンプレートで入っています。それを生徒が思い思いに配置して、空間デザインしていきました。そして、その空間に彼らが作ったフィギュアを3Dスキャンして飾りました。3Dスキャンも、iPadで見つけたアプリ「Qlone 3D スキャナー」を使いました。

ICTであらゆる体験をしてほしい

――ICTに苦手意識があったのに、今ではそんなに駆使しているのですね。そうなれたのはなぜだと思いますか。

 いろいろなものを触ったり、何かを作ったりすることが好きなのかもしれません。また、ICTを活用することで、できることが増えたり、これまで特別だと思っていたことが手軽にできたりするのが、シンプルに楽しいのだと思います。

ICTを通じて、生徒たちにあらゆる経験をしてほしいと語る

 そして、それを生徒たちにも体験してほしいのです。「こんなことができたら、みんなびっくりするかな」と思いながら授業実践を考えている時間は、本当にワクワクします。いざ教室で披露して、生徒たちが「え! 何これ!」と興奮してくれる姿もうれしいですし、彼らが他の先生たちに「すごいでしょ」と誇らしげに見せている姿もほほ笑ましいですね。

 特別支援学校では同世代と関わる機会が少なく、経験が乏しくなりがちです。ですから、生徒にはあらゆる体験をしてほしいと思っています。また、知的障害がある生徒は、国語や数学のような教科学習では、支援を受けながら自分のペースで学習しています。

 そんな中、障害の有無に関係なく同じ土俵でできるものの一つが、ICTを使った実践だとも思います。生徒たちの作品を積極的にコンテストに応募して、同世代の生徒と同等に評価されたり、賞を取ったりする経験を通じて、何かのきっかけになればいいなと思っています。

――このように独創的な授業にチャレンジする一方で、壁にぶつかることはありますか。

 もちろん、あります。ゼロから作ることが好きな生徒もいれば、苦手な生徒もいます。私はどちらかと言えば前者で、自由に作品を作れるような授業にしたいのですが、ある生徒は作品を作るよりも、「タイピングの授業が楽しい」と言います。こういった「何をすればいいのか分からない」と手が止まってしまう生徒にどうアプローチすればよいか、日々試行錯誤しています。特に、今年度はそういったタイプの生徒が多かったので、考え込むことが少なくありませんでした。

 例えば、皆で一つの作品を作るときは、私もメンバーの一員として、生徒たちと試行錯誤するようにしています。その中で、生徒がアイデアを出しやすいようなきっかけづくりをしてサポートしています。生徒の小さなつぶやきを拾って、「それ、いい考えだね」「やってみよう」などと声掛けを続けたことで、次第に自分から発言し、挑戦する生徒が増えたように感じます。

生徒を信じて、「我慢」がポイント

――生徒の発達段階に合わせて、授業を組み立てることも大変ではないでしょうか。

 生徒一人一人に対して、アプローチの方法が全く違います。言葉によるコミュニケーションに課題がある生徒にiPadを使ってもらう場合は、特に悩みます。

 そういうときには、一人一人が興味のあることに着目します。例えば、文字が好きな生徒 、絵を描くのが好きな生徒 、写真が好きな生徒……。同じテーマや作品でも、生徒が得意なことを生かすアプローチを見つけて、それを取り入れるようにしています。

 先日の授業では、生徒たちが思い思いの方法で自己紹介のスライドを作りました。文字をびっしりと入れて作る生徒、写真を撮ってそれをメインにする生徒、自分で絵を描く生徒など、同じテーマなのにそれぞれの「得意」や「好き」が生きた作品が出来上がりました。

――ICTとはどのような存在でしょうか。

 子どもとつながるツールです。言葉が話せない生徒や自分を表現するのが苦手な生徒とも、ICTを使えばつながれるように感じます。

――とはいえ、生徒たちとつながるのは使い方次第のようにも思います。ポイントは何でしょうか。

生徒を信じながら、授業づくりを進めていると話す

 生徒を信じることだと思います。隣にいるとどうしても、手を出したくなってしまうんですよね。そこをぐっと我慢すると、生徒は自力でそこまで、時にはそれ以上のところまでたどり着きます。教員が入ると生徒の手が止まってしまうので、とにかく我慢ですね。

 生徒自身が、私たち教員が知らないような発見をすることもあります。先日は、スクリーンショットの方法を生徒に教えてもらいました。

 iPadでスクリーンショットを撮る方法は、トップボタンとホームボタンを同時に押すのが主流です。ただ、肢体不自由特別支援学校に通う生徒の多くにとって、2つのボタンを同時に押すのは容易ではありません。そのため、これまでは教員が代わりにスクリーンショットを撮っていました。

 ところが、Apple Pencilを使うようになってから、生徒に声を掛けられることがなくなったんです。すると生徒の一人が「こうやると、スクショ撮れるんだよ」と見せてくれました。Apple Pencilで画面の端から中央にスッとドラックするだけで、スクリーンショットが撮れるのです。

――生徒自身が使いこなそうと試行錯誤しているんですね。

 そうなんです。確かに、私でも「こうすればできるようになる」と気付くことはあります。でも、やはり生徒にはかないません。

 生徒たちはICTに限らず、これまでの日々の中で、いろいろな工夫をしながら生きてきました。例えば、まひのある手で動かせないものがあれば、体重をかけて動かせばいいといった具合に。自分で工夫して生活を豊かにすることは、生徒自身が日々やっていることで、私はその一部を授業で伝えているにすぎません。そうしたことを生徒が吸収して、「こうやって使えるぞ」などと工夫をしながら、使いこなしているのです。

(板井海奈)

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【プロフィール】

菱真衣(ひし・まい) 茨城県日立市出身。茨城県立日立第一高等学校卒。津田塾大学学芸学部数学科卒。教員5年目。2019年度に独立行政法人教職員支援機構で行われる学校教育の情報化指導者養成研修を経て、現在は学校や地域の情報化推進を担っている。校務の情報化や授業におけるICT活用の推進について、自らの力量を高めるとともに指導助言を行い、ICT夢コンテスト2021文部科学大臣賞、21年度東京都教育委員会職員表彰立志賞を受賞した。

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