【庄子寛之教諭×渡辺道治教諭】 ミドルリーダーの教師観と働き方

 教師が「教える」から、子どもたちが主体の「学び」へと変わっていこうとしている今、「教師の在り方」はどうあるべきなのか――。注目のミドルリーダー、庄子寛之教諭(東京都調布市立多摩川小学校)と渡辺道治教諭(札幌市立屯田西小学校)をゲストに迎えた教育新聞のオンライン対談の2回目では、ほぼ毎日定時に帰っているという両教諭に、働き方の工夫や仕事の捉え方について聞いた。(全3回の2回目)

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教師というスタイルをやめる

――教師が「教える」から、子どもたちが主体の「学び」へと変わろうとしている中で、「教師の在り方」も変化が求められています。

「一斉成長を目指さない」と渡辺教諭

 渡辺 コロナ禍に対応することも含め、これだけニーズや社会の在り方などが急速に変化し、多様化している中で、「変化する」のは自然で、むしろ「変わらない」方がリスクが大きいのではないでしょうか。

 私は今でも一斉授業の在り方が好きです。でも、今の時代に合わせて学びを考えていくと、自然と「学び方」に重点を置くようになってきました。

 例えば、私の学級では毎日「視写」に取り組んでいます。5分から10分の短い時間ですが、子どもたちは「昨日の自分に勝つ!」といったモチベーションで、ちょっとでも良い字になるように、チャレンジし続けています。私は「昨日より丁寧だね」などと、チェッカーの役割をしているだけですが、それだけでものすごく子どもたちは燃えます。正しいフォームや丁寧さの基準などの「学び方」を体得できれば、後は自走が可能になるということです。

 これは視写に限らず、他の教科にも応用できます。例えば社会でも「日本の工業生産についての特徴が教科書の○ページから○ページに載っているから、それをまとめてごらん」という形で取り組めます。

 こうした取り組みをすると、最初はできる子とできない子がいます。ですから、要約して書くことや、良いノートのまとめ方の基準といったことを、何度か一斉授業の中で子どもたちに体得させていって、その上で「自分一人でやってごらん」と言うようにしています。最近は、私がこのようなチェッカーやアドバイザーのような役割になっていることが多いですね。

 もう一つ加えるならば、「一斉成長」を目指さないことも大事にしています。教師は種をまいて水をあげたら、一斉に発芽することをついつい期待してしまうものです。でも、芽が出てくるのが早いものもあれば、遅いものもあるわけです。

 ここで大切なのは、早めに出てきた先頭集団にどう対処するかです。何かを教えたときに、必ず最初にアクションを起こす子たちがいますよね。そういう子たちの動きや関心に教師の興味や注目を注ぐ。そうして光や水や養分を与え続けて自走モードになったら、その姿に刺激を受けて「僕も」「私も」と後から出てくる子たちがいます。

 まず先頭集団を走らせて、それが広がっていくようにする。いきなり「一斉成長」を目指さないということを大事にしています。

「『教師が本当に教えなければいけないのか』を常に疑う必要がある」と庄子教諭

 庄子 渡辺先生の話にも通じるのですが、一番は従来型の教師というスタイルをやめることだと思います。

 私たちは自分が子どもだった頃の先生の姿や、初任者の頃に勉強させていただいた先生の姿を基準にしているところがありますよね。でも、時代の変化が激しい今だからこそ、そうした教師観から変わることが必要なのだと思います。

 小学校で「何を教えなくてはいけないのか」を考えたとき、もちろん読み書き、計算を教える必要はあると思います。しかし、極論を言えば、身長や体重が勝手に伸びていくのと同じで、教師が教えなくても子どもは勝手に学んでいくと思うのです。

 ですから、「教師が本当に教えなければいけないのか」ということを、常に疑う必要があると思っています。教えること以上にやらなければいけないのは、その子の良いところを見つけて認めることではないでしょうか。

 「学校が楽しい」とか「生きていて楽しい」「勉強が楽しい」という状態をつくることは、学習指導以上に大事なことです。まず口を出さずにただ「見る」こと、子どもから学ばせてもらうという姿勢、その2点が「教師の在り方」を考える上で、大切なのではないかと思っています。

 渡辺 今後、日本はものすごいスピードで人口減少していくことが予想されています。でも世界的には人口はどんどん増えていき、かつ海面上昇などの問題で難民が溢れていくのではないかと言われています。そうなると、日本はおそらく海外からの移民を受け入れざるを得なくなるでしょう。

 だからこそ、これからは庄子先生のような寛容さが必要です。日本はこれまで、異質なものは排除する傾向にありましたが、私はそこから脱却していく必要があると思います。つまり、同質性を求めるよりも、異質性を生かす。こうしたことを学校現場で、先生がまず先んじて実践していく必要があるのではないでしょうか。

なぜ定時に帰れるのか

――次に、働き方について伺いたいのですが、お2人とも共通して、朝が早くて帰りも早いですよね。働き方で工夫されているのはどんなことでしょうか。

働き方について「仕組みを変えることから始めた」と渡辺教諭

 渡辺 私の場合、朝はだいたい6時半ぐらいに家を出て、少し遠回りしながら1時間ほど歩いて勤務校に向かいます。学校に着いたらバリバリ仕事をして、午後4時半には学校を出て、最短ルートで歩いて帰っています。

 おそらく、働き方については個人ではどうしようもないところもあると思います。だから、私は5年前に公立校に勤務するようになってから、いろいろと提案して仕組みを変えることから始めました。

 例えば、毎月あった職員会議を隔月にしました。もうこれだけでかなり変わります。なんなら今は「3カ月に1回でもいいかもね」とみんなで話しているぐらいです。他にも日課表を修正して6時間授業の日を5時間にしたり、学年だよりを出しても出さなくてもよくしたり、所見を1年に一度だけ書けばよくしたりしました。「本当にそれは必要ですか?」ということをみんなでどんどん出して、一つ一つ変えていきました。また、ビルドアンドビルドになりがちな学校にスクラップする仕組みを備えるために、業務改善部もつくりました。

 こうして少しずつフィールドを良くした上で、今の私の働き方があります。石ころがゴロゴロ転がって、穴もたくさんある、草も生え放題というようなフィールドでは、全力プレーはできません。ですから、まずは環境を整えることがポイントだと思います。
 
 庄子 働き方という点では、とにかく1日が学校と家の往復にならないことを大事にしています。私もだいたい定時に帰っていますが、定時に帰る目的がないと意味がないと思うのです。「早く帰れる」ことが目的ではなく、例えば「午後6時からはオンライン会議をしたい」「子どもと一緒に過ごしたいから」「本を読みたい」などの目的があるから、定時に帰れるように逆算するのです。

 私の場合は、とにかく多様な人と話すために働き方を変えました。「学校は変わらなくちゃいけない」と、多くの教員は思っているでしょう。でも、学校だけにいると、教員としか話さないので、結局、従来の教育をしてしまいます。

 従来の教育が良いとか悪いとかいう話ではありません。教員同士で国語がどうだ、算数がどうだと話し合うことも、もちろん大切ですが、その前に経済がどうなっているとか、海外はこんなことをやっているとか、企業はこんな取り組みをしているとか、そういったことを当たり前に知っておくことが大事だと思うのです。だから私は「教育じゃない勉強」をできる限りたくさんしたいと思い、日々取り組んでいます。

生きていることが教材研究

――参加者の方から「お2人とも早く帰っているとのことですが、教材研究などはどのようにされているのですか?」という質問が来ています。

 渡辺 月に4~5回やるセミナーなどでも授業をすることがありますが、そこに向けて準備することも、一つの大きな教材研究になっています。私の場合、本を読むのが大好きで、一つの授業をつくるために30~40冊の本を読みます。その周辺情報だけでもかなりの量になります。

 毎日、入念に教材研究をするのは不可能です。だからこそ、例えば職員室から教室に行くまでの間にぱらぱらと教科書をめくって「よし、これをやろう」と授業を考えられるような“瞬発力”を高めることが大事です。そのために、日々、授業技術を学んだり、知識を蓄えたりするようにしています。

「教科書に収まらない授業をしたい」と語る庄子教諭

 庄子 教材研究についてはいろいろな捉え方があると思うのですが、いわゆる従来型の教材研究は、極論、しなくていいと思っています。

 例えば先日、渡辺先生の社会の授業を拝見しましたが、これがもう本当に素晴らしかったんですよ。教科書の内容を超えた、すごい情報量が詰まった授業でした。そもそも教科書に書いてある情報量なんて、極めて少ないのです。それだったらいろいろな人と話をして、いろいろな本を読む方が重要です。

 私も5年生の授業では、林業をやっている方に話を伺ったり、実際に木を切らせてもらったりしました。また、SDGsの授業では漁師の方に会うなど、何より本物に触れることを大事にしています。

 そういう授業をするために、平日の夜にオンラインでミーティングをすることもあれば、土日に誰かに会いに行くこともあります。それが教材研究だという捉え方になるのなら、時間外労働もたくさんしていることになるのかもしれません。でも、それを労働だと思うのか、自分が楽しいからやるのだと思うのかで、全然違ってきますよね。

 私は常々、引き出しをたくさん持ちつつ、教科書に収まらない授業を目指したいと思っています。また、1時間ごとの狙いが達成できなくても、その子にとってどういう学びがあったかということの方が大事です。生きていることが教材研究だと思っているので、教科書とにらめっこする時間は本当に短くしています。

 渡辺 私も20代の頃はめちゃくちゃ帰宅時間が遅くて、今みたいな働き方になったのは、ここ10年くらいです。若い頃は「もっと授業がうまくなりたい」とか「もっと流れるように話したい」とか「100個から1を選ぶのではなく、1万から1をよりすぐれるぐらいの分母の数が欲しい」といった欲求がありました。成長していく実感も楽しかったですし、当時はそれを苦労とは思わなかったんですね。

 若い頃に自分でつくったノートは何百冊もあります。それも財産になっていて、今も昔の自分と対話しながら授業をしています。若手の先生は、自分にとって基盤となるようなものを積み上げていくことが大切かもしれませんね。

(松井聡美)

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【プロフィール】

庄子寛之(しょうじ・ひろゆき) 
東京都調布市立多摩川小学校指導教諭。専門は道徳だが、ラクロス日本代表監督や教科書編集委員、教師のバトンプロジェクト、金融教育、がん教育など、さまざまなことに取り組んでいる。道徳や働き方改革、児童生徒理解などについて全国各地で講演している。現在は島が教育の未来と考えた「島の教育サミット」を主宰。『学級担任のための残業ゼロの仕事のルール』(明治図書)など著書多数。

渡辺道治(わたなべ・みちはる)  
2006年、北海道教育大学卒業。同年より奈良県天理小学校にて勤務。16年、グローバル教育コンクール特別賞受賞。17年より札幌市立屯田西小学校にて勤務。教員の仕事の傍ら、年20回ほどの講演活動、福祉施設や医療施設での演奏活動、書籍・雑誌・新聞などの執筆活動を展開する。ユネスコやJICAによるアジアを中心とした国際交流事業や、初等教育算数能力向上プロジェクト(PAAME)においてアフリカの教育支援にも携わるなど、内外において精力的に活動中。著書に『学習指導の「足並みバイアス」を乗り越える』(学事出版)、『心を育てる語り』(東洋館出版)、『BBQ型学級経営』(東洋館出版)など。

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