【たこ焼き先生】 教師をしながら「しょぼい起業」

 あるときは数学の教師、またあるときはたこ焼き屋の店長。そんな毎日を過ごす変わった先生が大阪にいる。川人佑太さんは昨年、勤めていた通信制高校を退職し、大阪府高槻市で4個入り100円のたこ焼きを売る「100円たこ焼き」を開業し、子どもたちやいろいろな大人が雑談するスペースをつくった。現在は午前中に非常勤講師として教壇に立つ傍ら、午後はたこ焼き屋の店長として店先に立つ。なぜそんな働き方をしようと思ったのか。インタビューの第1回では、川人さんがたこ焼き屋を始めるに至った経緯について聞いた。(全3回の1回目)

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イデアとしての「たこ焼き屋」

――単刀直入に、なぜ「たこ焼き屋」を始めたのですか。

 いろいろな人から同じ質問をされるのですが、「思いついてしまった」としか言いようがないんですよね。哲学者のプラトンは「なぜ私たちは三角形が三角形であると分かるかと言えば、真の三角形をすでにイデア空間で見ていたからだ」というようなことを説きましたが、あれと同じで僕は、自分がたこ焼き屋をやるってことをイデアとして知っていたのです。すごく怪しく聞こえるかもしれませんが、説明するとなると、イデア論としてのたこ焼き屋が自分の中で一番しっくりきますね。

――飲食店を始めるのも初めての挑戦だったと思うのですが、生活のことで家族から反対されませんでしたか。

 このことで一番すごいのは妻ですね。よくぞやらせてくれたと思います。結婚したとき僕は、大学の事務職員として働いていて、その後に公立中学校の教員に転職しました。1回目は安定した仕事から安定した仕事への転職で、そこまで心理的なハードルは高くありませんでした。次の転職は公立中学校の教員から株式会社立の通信制高校の教員なので、公務員から民間の正社員へ転職したようなものです。それが今度は、非常勤で教員をやりながらたこ焼き屋を開くわけです。もしかしたら、少しずつ夫の転職に慣れていっただけなのかもしれません。

非常勤講師をしながらたこ焼き屋を始めた川人佑太さん(本人提供)

 店を始めるときも「高槻、テナント、一番安い」でネット検索して、立地は一切気にせず物理的空間さえあればいいという感じで、最低限の開業資金でオープンしました。だから最初は、店の看板もなかったんです。

 「えらいてんちょう」という人が『しょぼい起業で生きていく』(イースト・プレス)という本を出しているのですが、その「しょぼい起業」って、生活を資本にするということなんです。例えば、僕は公立中学校から通信制高校に転職しましたが、その理由はオンライン授業という新しいスキルを身に付けたかったからでした。毎日8時間働いて1時間そのことを勉強するよりも、8時間それが学べるところに行って給料がもらえるならば、その方がいいと考えたのです。

 僕は子どもたちも含めていろいろな友達が欲しかったので、「それなら、たこ焼き屋を開けばお金も多少入ってきて、さまざまな人と関係をつくれるんじゃないか」と思いました。今は午前中に以前勤めていた通信制高校と公立中学校で非常勤講師をしながら、午後はたこ焼きを作る生活です。たこ焼き屋の収支は今のところトントンといったところで、非常勤講師の収入も入れると、生活の方もやっていけます。

大人が子どもにたこ焼きをおごれるチケット

――たこ焼き屋には、実際にどんなお客さんがやって来るのでしょうか。

 営業時間は午後の3時間くらいなので、大人や子どもが1日に30人くらい来たら多い方ですね。だんだん口コミで広がっていって、常連の子どもは店の中でたこ焼きを食べながら学校の宿題をしています。友達を連れてくることもあって、僕のことを「先生」って呼ぶと、その友達が「え? どういうこと?先生ちゃうやんけ」となって、実は学校の先生もしていることを話すなんてやりとりがよくあります。

子どもたちがつくった看板を掲げる「100円たこ焼き」(本人提供)

 そのうち、小学6年生のある子が「何でこの店、看板ないん? ある方がいいやろ」と言い出したので、クラウドファンディングで資金を調達して、看板をデザイン段階から子どもたちに作ってもらうことにしました。

「ペンキは絶対に服に付けるなよ」と冷や冷やしながら見守り、作業が終わると「楽しかったけど、ちょっと臭かった」と子どもたちが言うので、帰りにたこ焼きとラムネを持たせてあげました。

――ネットで大人が「たこ焼きチケット」を買って、それを子どもが利用できるという仕組みもあると聞きました。

 あのアイデアは、実はパクリなんです。奈良県橿原市に「げんきカレー」という食堂があって、そこではお客さんが1杯200円のカレーを子どもたちにごちそうできる「みらいチケット」というのがあるんです。子どもたちがカレーを食べたくなったら、店に貼ってあるそのチケットを1枚剥がして注文できるようになっているんですね。

 うちでは1日1回、高校生までの子どもが使える形で始めました。最初は「おごりチケット」という名前でやっていたんですが、ちょっと怪しいので「たこ焼きチケット」に変えました。子どもはお小遣いが少ないので、チケットを使ってお金を払わずにたこ焼きを食べていくことが多いですね。

雑談が生まれる場所

――子どもたちの会話から、何か気になることなどはありますか。

 みんないろいろ考えて生きているんだなって感じますね。子どもたちの悩みを解決しようとか、救ってあげようとか、そういうことをたこ焼き屋の店長である僕は基本的にしないし、この店を好きな子もいれば、気に食わない子はそもそも近寄りません。

 何となくふらっと立ち寄って、学校での何気ないことを周りの人と雑談して、たこ焼きを食べて帰っていく場所。でも今は、そういう場所があまりないように思うんです。コンビニでレジを待っている人としゃべることはないじゃないですか。でも、うちではたこ焼きを待っている人同士で会話が生まれるんです。そういう場所だなって思います。

 この店は僕の価値観で運営しているので、地域の人全員に来てほしいとは思っていないし、お客さんの中には雑談しない人だっているだろうし、でも何となく僕のことを好きな人が来てくれる。学校ではそうはいかないですよね。地域の子どもがみんな来るから、全員に同じ教育を提供しないといけない。

 子どもを怒るときもそうですよね。「君のためを思って怒るんだ」というのは、今の子どもたちには「すべる」んですよ。伝わらない。でも、この店で食べ終わった後にごみを片付けない子がいたら、倫理的にどうかということではなくて「店が汚くなるから片付けろ」と言えるし、騒いでいる子がいたら「他の客の迷惑になる」と、あくまでうちの店の売り上げに関わるから駄目だと言える。

 本来、場所やそこにいる人たちによって、やっていいことと悪いことは変わるわけで、いろいろな大人がそれぞれの基準で子どもたちを怒ったり褒めたりする。そうしたやりとりを通じて、子どもたちそれぞれの受け入れ方が多様に存在しているはずなんです。

 そうやってコミュニケーションしていくうちに、うちの店を気に入った子は、たとえ店長に怒られても、次の日も変わらずにたこ焼きを食べに来てくれるし、だんだん飲食スペースの使い方が上手になっていくんですよね。子どもって、本来そうやって育っていくものじゃないでしょうか。

(藤井孝良)

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【プロフィール】

川人佑太(かわひと・ゆうた) 1987年、大阪市生まれ。大学事務職員として勤務中に教員免許を取得し、公立中学校の教員として教壇に立つ。その後、通信制高校に移籍。昨年に大阪府高槻市内で「100円たこ焼き」をオープンし、午前中は通信制高校や中学校の非常勤講師をしながら、午後はたこ焼き屋で店先に立つ。趣味はボディービル。一児の父。

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