【北欧の教育最前線】 ウクライナ危機に教師ができること

 ロシア軍がウクライナに侵攻した翌日、スウェーデンの学校教育庁ウェブサイトのトップページに、「戦争や危機に関する子供や若者との対話」についての記事が掲載された。紛争を「教室でどう取り上げるか」や「子供たちにどう話すか」といった記事ではなく、「子供との会話」の留意点であることが印象的だ。世界的な危機を時事問題として学校で教えることを念頭に置いているのではなく、ニュースやソーシャルメディアで子供たちが情報を見聞きすることを前提として、その状況に教師がどんな役割を果たせるかというのがテーマなのだ。


子どもの問いから会話を始める

 記事では、緊迫したタイトルに反して、ぬいぐるみとともに和やかな教室の写真が掲げられ、教師向けの留意点と、役に立つリンクが記されている。そこで強調されているのは、第一に、子供の心理的不安を軽減することだ。

 連日のニュースやソーシャルメディアからの恐ろしい情報に触れて、不安になっている子供は少なくない。そうした懸念を真剣に受け止めて対応しつつ、冷静に、適切な事実を具体的に伝えようというのである。

 難民を多く受け入れてきたスウェーデンでは、戦禍を実際に経験した子や、他のトラウマをもつ子がクラスにいる場合も少なくない。戦争について考えたり、話したりするのを避ける子供がいる背景に、そうした切実な理由があることを、教師はよく理解しておかなくてはならない。

 教室で戦争の話をしてはいけないというのではない。むしろ逆だが、その会話は教師が主導するのではなく、子供たちの感情や質問を受け止めて進めることが大切だ。

 「子供の問いに沿って会話をする」という見出しで、教師の留意点がリストアップされている。

  • 子供の年齢に合わせて情報を調整する
  • メディアからの情報に対する子供たちの気持ちや考えを聞き取る
  • 子供たちの懸念を真剣に受け止める
  • 教師の感情を吐露するのではなく、落ち着いて話す
  • 学校の日常生活を維持し、安全と平和を築く

 これらのポイントは、全て子供たちの心理状況に配慮したものだ。不安な気持ちを言葉で表現し、共有し、理解し合う。こうした具体的な対応は、教師と子供の間だけではなく、家庭での会話や大人に対する関わり方としても重要なことだろう。

情報を批判的に検討しよう

 記事でもう1点強調されているのは、情報を批判的に吟味することである。

 すでに今回の危機においても、フェイクニュースや情報戦が話題になっている。危機が迫る状況では誤った情報やフェイクニュースが広がりやすい。それが不安を生み、広げ、混乱を引き起こす。陰謀論などに巻き込まれることもあるかもしれない。

 こうしたリスクを減らすには、全ての人が、批判的な知性を育むことが重要なのだ。そのため、どんなニュースに対しても、情報の信頼性を確認することが促されている。「誰が、何のために、どのようにして作ったニュースなのか?」「他の情報源でも確認できるか?」といった点だ。

 情報の批判的な吟味は、北欧の学校では平時から意識的に取り組まれてきたことである。危機的状況だからといって、新しいことが必要なのではない。むしろ、平常時に大切にしてきたことの真価が問われている。

安全と平和への希望

 北欧は、ロシアとNATO(北大西洋条約機構)との間でバランスを保って平和を維持してきた。中立政策を取るスウェーデンにも、何度も危機的状況があった。近年は特に緊張が高まっている。

 筆者がスウェーデンに住んでいた2018年の春には、「もし危機や戦争が訪れたら」という冊子が家のポストに投函された。国家の危機管理庁が作成し、全世帯に配布したのだ。

 20ページほどの冊子は、危機の具体例や国防の状況についての解説に始まり、非常時の避難方法、食料などの備蓄リスト、身の守り方から、緊急時のサイレンの種類まで、具体的に紹介されていた。そしてここにも、危機に際して情報を批判的に吟味する重要性が記されていた。

 戦争は、対岸の火事でも、テレビの向こうの話でもない。しかしスウェーデンの学校や社会が目指しているのは、有事の際に子供たちを不安に陥れることなく、冷静に身体と心を守り、前向きに対応することなのだ。刻一刻と変わる状況の中で、人々に対するメッセージにも変更があるかもしれない。それでも、子供の声を聞くこと、そして情報を批判的に吟味することは、変わらず必要であり続けるだろう。

 切迫した状況において、子供たちの身体と心の安全を守り育んでいくために、大人は何ができるだろうか。今一度、私たちも考えたい。

(本所恵=ほんじょ・めぐみ 金沢大学人間社会研究域准教授。専門は教育方法学)

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