【たこ焼き先生】 異色の教師経験が導いた雑談の価値

 初任校でありながら、教務主任として荒れた中学校の立て直しに取り組んできた「川人先生」。学校の中核として活躍していた矢先、今度はオンライン教育のノウハウを学ぼうと通信制高校に転職する。そこで気付いたリアルなコミュニティーの価値とは何だったのか。インタビューの最終回で語られる、川人佑太さんが経済合理性を持たないたこ焼き屋を続けることで証明しようとしている「仮説」とは――。(全3回)

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時代を先取りしているはずのオンライン教育で見えてきた仮説

――教務主任として学校の立て直しや働き方改革を経験して、そのまま中学校の教員として活躍するのかと思いきや、通信制高校に転職するのですね。

 初任の学校もそろそろ異動になるという頃、オンライン授業の必要性について考えるようになっていたんです。日本の急速な少子化の流れを見ていると、今のような教育インフラを過疎地で維持できなくなることは目に見えています。毎日、遠距離をバスで通学するコストを考えると、いずれはオンラインの活用が当たり前になると考えていました。

 そんな時代に求められるのは、オンライン教育のノウハウを持つ人材のはずで、自分もそれになろうと思いました。そして、今それを学べるのはどこかと考え、通信教育をやっている高校だと思ったんです。

 ところが、転職した途端に新型コロナウイルスが広がり、オンライン教育が一気に普及してしまいました。目の付け所は間違っていなかったのですが、「ちょっと早いわ。もうちょい僕がノウハウを身に付けてから来てくれ」と思いましたね。

 実際に通信制高校で働いてみて、毎日子どもたちが同じ場所に来て学ぶというのは、ぜいたくなことなんだと実感しました。リアルな教室ではオフラインのリッチなインタラクションがあって、そこで教師と子どもたちが関係性を保ちながら、系統的な学びや学習習慣を身に付けることができます。これってすごく大事な機能なのですが、オンラインだと難しいんです。

 コロナ禍でZoomなどのオンラインツールが当たり前になりました。プレゼンテーションなどで情報を伝達する役割はこれで十分なのですが、余白のデザインというか、雑談というか、役割を持たないことをするのが、オンラインツールは苦手なんです。だから、学校の授業をある程度代替することはできても、休み時間の代わりにはならないのではないか。これが私の仮説です。

 子どもたちが学校に行く理由って、案外休み時間に友達と遊ぶためということもありますよね。実はそれは、すごくリッチなコミュニケーションなんです。

 この経験が、たこ焼き屋を始めたきっかけの一つになったことは確かですね。

――きっかけの一つと言うことは、その他にも理由があるのですか。

店先でたこ焼きをつくる店長としての川人さん(来店した子どもによる撮影)

 もう一つの理由は、通信制高校に転職した直後にコロナ禍になって、子育てをしながら在宅勤務をすることが増えたんです。生徒に電話している僕の横で、保育所が休みになった娘が遊んでいて、仕事と生活が密着してしまいました。そうすると、これまでの通勤時間や仕事の合間のコーヒータイムのような、一人になれていた時間がない。ずっと父親か先生という、何かしらの役割に徹する時間ばかりになって、とても息苦しかったんです。

 きっとこの感覚は、多くの人が味わっているはずで、課せられた役割と役割の間をまたぐ何かが必要だと思うようになりました。その何かが、僕の中では雑談で、それを物理的に起こす装置がたこ焼き屋だったのです。

たこ焼き屋は「資本主義のバグ」

――たこ焼き屋のオープンから1年ほど過ぎましたが、最初にイメージしていた「イデアとしてのたこ焼き屋」(上を参照)は実現していますか。

 雑談の発生という意味では、できていますね。あとはこれを維持し続けることができれば一応のゴールです。お店単体で収益を出しながら、そこにあり続けることができたらいいなと思います。

 とはいえ、そもそも4個入り100円のたこ焼きを売るだけの店とか、いつの間にか地域から姿を消してしまった駄菓子屋などは、経済合理性を持たないんです。誰でも始められるということは、収益を出すのが難しいということでもあります。

 僕は、グローバリズムの行き着くところは平準化だと考えています。でも、そういう資本主義の流れが進む一方で、自分は何者なのかと聞かれたときに、どんなローカルに存在していたのかが重要になってくるのだとも思っています。そのローカルな存在は、周りからすると理解できない意味不明なもので、その場にしか存在し得ないものとしてある。資本主義のバグみたいなものです。

 資本主義はよくできた仕組みで、Aという会社、Bという会社、Cという会社があって、それぞれが市場原理の中で競争しています。最初は多様性のあったものが、競争する中で突出して収益を生み出せるものが出てくると、そこに集約されて他のものは淘汰(とうた)されていきます。そしてまたしばらくすると、新たに別のものが登場し、多様性が生まれていく。このプロセスの繰り返しです。これを成立させるには、一見バグのように見えるローカルなものが生み出され、多様化する機構が重要なのです。

――これから川人さんがやりたいことは何ですか。

 特にやりたいことがあるわけじゃないんです。

出来上がったたこ焼きは、多くの人たちに笑顔と雑談を生み出す(本人提供)

 このたこ焼き屋が、取りあえず経済合理性を持って、待ち合わせ場所に使われたり、何気ない雑談から恋が生まれたり、そういうふうにしながら、この場所に根を下ろしていきたい。今、この店にやって来ている子どもたちが、高校生になっても、大人になって地元を離れても、ふらっと顔を見せる場所になってくれるとうれしいですね。

 でも、もう少しやってみて、結局収益が出なかったら、店をたたんでまた学校の教員に戻ればいいとも思っています。今はそういう時代です。

 たこ焼き屋を始めてから、毎月安定した収入があるのは素晴らしいということに気が付いたので、今度は、そう、次こそは、ちゃんと働き続けられるような気がしています。

 でも、1年先のことなんて自分自身にも分かりません。実際、中学校の教員を辞めたとき、数年後にはこうしてたこ焼き屋を開いているなんて、自分自身を含め誰も思ってなかったわけですからね。

(藤井孝良)

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【プロフィール】

川人佑太(かわひと・ゆうた) 1987年、大阪市生まれ。大学事務職員として勤務中に教員免許を取得し、公立中学校の教員として教壇に立つ。その後、通信制高校に移籍。昨年に大阪府高槻市内で「100円たこ焼き」をオープンし、午前中は通信制高校や中学校の非常勤講師をしながら、午後はたこ焼き屋で店先に立つ。趣味はボディービル。一児の父。

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