【北欧の教育最前線】 ウクライナから逃れてきた子供の受け入れ方

 ウクライナ情勢に伴って、多くの避難民が出ている。スウェーデンの学校でも子供たちの受け入れが始まった。移民庁は近いうちに9000人の子供を受け入れる必要があると見込んでいる。一方で、ウクライナ語の母語教員は全国に16人しかおらず、人道支援の先行きには課題も多い。


アルティン君

 スウェーデンのメディアでは、ウクライナから避難してくる人々の壮絶なストーリーがいくつも取り上げられている。公共放送(SVT)はキエフに住んでいた10歳のアルティン君を紹介している。彼は朝5時半に母親にたたき起こされた。家の近くで爆弾が3発爆発したからだ。「すごく怖かった」とアルティン君は言う。悪夢の日々の始まりだった。

 その日、アルティン君の家族は伯父を頼ってスウェーデンに逃れた。伯父も、かつてロシアがクリミアに侵攻した際にスウェーデンに逃れた難民だ。

 爆撃があったその日、伯父はアルティン君の家族に「車にガソリンを入れて、すぐに脱出するんだ!」と電話した。「何も持たないでいい。僕が国境で待っているから」と。ウクライナの国境では多くの人が迎えの車を待っていた。EU側に逃げようとする親子がたくさんいた。辛くも難を逃れ、一家がスウェーデンに到着すると、移民庁も、警察も、市役所も、学校も、まだ何も対応が決まっていなかった。

 スウェーデンでは2015年の欧州難民危機を経験したことから、受け入れのスキームはできている。それでも、突然の有事に現場は混乱した。

全ての子供が学習する権利を持つ

 外国から到着した家族は、まず住む場所が必要になる。自治体が移民向けの住居を常に確保しているが、今回の受け入れでは数が足りなくなりそうだ。慈善団体や有志の個人がアパートを融通することもある。

 住居が決まったら、次は学校の手配だ。18歳未満の子供・若者は、到着後1カ月以内には学校が決まり、年齢に応じてプリスクールや基礎学校、特別支援学校や高校に通うことになる。また、放課後の余暇施設(日本の学童に相当)にも通える。スウェーデンの他の子供たちと同様に、文房具や給食費、バス代も含めて全て無料だ。

準備クラスには多様な生徒が来る

 学校では、まずスウェーデン語の学習が必要になる。大規模校に通うことになった子供たちは、準備クラスで集中的にスウェーデン語を学ぶことが多い。準備クラスには「移民のためのスウェーデン語」を専門とする教員が配置されている。同じ境遇の子供たちと一緒に勉強するため、学校生活に慣れる上で非常に重要なステップと位置付けられている。

 準備クラスがない学校に通う子供たちは、いきなり普通の教室に入って、他の子供たちと一緒に勉強する。しかし、多くの場合、他の子たちがスウェーデン語(国語)の授業を受けている間に、取り出しで「移民のためのスウェーデン語」を学ぶことになる。スウェーデンでは、移民の子供たちがスウェーデン語を習得し、スウェーデン社会になじむことを重視している。

 また、母語の保持にも力が入れられていて、条件が整えば、ウクライナ語やロシア語による母語教育や学習支援も受けられる。母語の学習や母語による学習は得られる情報量の多さだけでなく、子供たちのアイデンティティー形成や自己肯定感の維持にも欠かせない。算数や理科などは母語を使えば理解できることもあるし、複数の言語や文化に触れているからこそ理解できる事柄もある。

 母語教育はその言語が話せる教員なら誰でも勤まるというような簡単な仕事ではなく、言語学や発達に関する専門的な知識が必要な職種である。そのため、ウクライナ情勢によってニーズが高まっている中でも、急には増やせない。

緊急事態から平時対応に

 スウェーデンは、これまでも難民の受け入れに積極的に取り組んできた。人道支援が目的だが、地政学的なバランスを調整する戦略的な重要性もある。スウェーデンはNATO(北大西洋条約機構)に加盟するノルウェーを背に、フィンランド越しにロシアを臨む。武器輸出産業も抱えているが、直接的には長い間、戦争を経験していない。最近ではバルト海でロシアの潜水艦が領海侵犯を繰り返し、緊張が高まるタイミングが何度もあった。こういった外交関係も、難民受け入れの素地として理解する必要がある。

最初に習うのは「助けて!」の言い方

 スウェーデンでは、国内に住む全ての子供に教育を受ける権利を保障している。アルティン君のように到着したての子供も、紛争から逃れ、親と離れ離れになって単身で来る子供も、不法滞在の子供もいる。どのような事情で入国しても、子供には学習する権利があるという考えがある。

 ただ、今回のウクライナ情勢を巡っては、観光目的のビザ無し渡航制度を援用した対応をしているため、庇護申請をせずに入国した子供たちの通学は法的には保障されていない。おそらく立法措置が追い付くまでの一時的な状況だと思われるが、こういった制約を補完すべく、各自治体は独自に対応し、子供たちが滞りなく教育を受けられるように調整を進めている。

 アルティン君は3月7日から早速スウェーデンの学校に通い始めた。スウェーデンの学校が多くの難民を紛争地域から受け入れてきた経験を見ると、ウクライナから来た子供たちも徐々にスウェーデンの学校になじんでいき、家族がスウェーデンに定住すると決めた場合には、新天地で社会の一員として暮らしていくことになるのだろう。

※各国の移民教育に関しては、園山大祐(編)『岐路に立つ移民教育:社会的包摂への挑戦』(ナカニシヤ出版、2016)を参照。

(林寛平=はやし・かんぺい 信州大学大学院教育学研究科准教授。専門は比較教育学、教育行政学)

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