【未来の授業を創る】 360度VRで授業研が進化

 まるで教室の中で子どもたちと一緒に授業を受けているかのような臨場感。教室の天井があるはずの位置に目を移せば、子どもたちが操作するGIGAスクール端末の映像が映っている。三重大学教育学部附属小学校の前田昌志教諭は、そんな360度VR映像を駆使した授業動画記録システムを開発し、注目を集めている。GIGAスクール構想によるICT化で、授業はどこまで進化するのか。インタビューの1回目では、この授業動画記録システムの開発に至った経緯を聞いた。(全3回)

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360度VR映像による研究授業が実現するまで

――この授業動画記録システムは、いつごろ計画がスタートしたのでしょうか。

三重大学教育学部附属小で情報主任を務める前田教諭(本人提供)

 このシステムを使った授業動画は、昨年11月に開催した本校の公開研究会でお披露目したのですが、開発そのものはその1年前くらいから始めていました。開発に着手した年は新型コロナウイルスの感染拡大で公開研究会が開催できず、次年度以降もコロナが収まっているとは限らないということで、これまでやってきたようなリアルな公開研究会は想定しない前提で、何ができるかを話し合っていました。

 ちょうどその頃、私は理科の授業でVRを使っていたんです。これは絶対に使えると確信して、試しに授業の様子を360度VRカメラで撮って、それを同僚の先生たちに見せて、システムの構築に挑戦することを提案しました。

――前例のない新しい技術を使うことに、反対や懸念の声はなかったのですか。

 ありませんでしたね。みんな「ぜひやってみようじゃないか」という雰囲気になって、これは本校の良さだと思います。教員の間でさほど抵抗がなかったのは、コロナで長期休校になったとき、オンライン授業にみんなで取り組んだ経験があったからかもしれません。

 最初に休校になった直後は、もう本当に何もできなくて、「これじゃまずいぞ」と、4月からオンライン授業ができる体制を急ピッチで整えました。そうして4月9日からYouTubeで授業動画の配信が始まりました。県内では初めてだったと思います。並行して家庭のネット環境を調査して、教員研修で「担任の顔が見えるようにして、子どもの心のケアを最優先でやっていこう」と目的を共有しました。また、授業動画は45分で作る必要はなく、15分くらいがベストだといったノウハウも共有しました。

 慣れてくるにつれて、いつものように黒板を使って授業をする先生もいれば、手元を動画で映す先生も出てきました。先生方に共通で求めたのはタイトル画面の統一とYouTubeへの再生リストの振り分けくらいで、後はスライドを作ったり、教師用のデジタル教科書を活用したりと、それぞれが最適と思う方法で動画を制作していきました。

 だから、1年後に公開研で360度VRカメラを使ってYouTubeで授業動画を配信するという挑戦的な提案が実現に向かって走り出すのも、この学校では自然なことでした。

実は「音声」がすごい

――このシステムで特にこだわった部分はどこですか。

前田教諭が開発した360度VRによる授業記録システム(本人提供)

 音ですね。1年間の開発過程の中で一番模索したと言っても過言ではありません。満足のいく音声システムができたのは、昨年の夏休みの終わり頃で、2学期には公開研の撮影が始まるので、本当にギリギリでした。業者の方にもいろいろ相談したのですが、360度VR映像と音声の組み合わせというのはほとんどノウハウがないので、一緒に試行錯誤しながら作っていきました。

 最初はカメラに直接音声を入力していたのですが、どうやらマイクの性能があまり良くなかったみたいで、音声は完全に別撮りして、後から編集ソフトで組み合わせることにしました。この技術は今後、さまざまなところで応用ができると自負しています。「360度VR」をうたっていますが、実は一番頑張ったのは音声なんです。

 それから、システムができてもいろいろな先生が負担感なく使えるようにならないと意味がないので、チュートリアル(説明資料)の作成にも苦労しました。なるべく簡単に、単純化していきました。さまざまな先生に使ってもらって、意見を聞きながら、どんなことができるのかを一緒に探り、チュートリアルに落とし込んでいきました。

 このシステムは大学のサポートやパナソニック教育財団から助成を受けて開発したのですが、なんだかんだでうまくいかなかった部分も含め、開発に100万円以上のお金がかかってしまいました。しかし、そんな失敗があったからこそ、最終的には30万円くらいあれば、かなりのクオリティーの動画が撮れることも分かりました。30万円でできるのであれば、例えば自治体単位でこのシステムを一つ導入してもらえば、教員研修の幅が一気に広がります。動画はストックできるので、教育実習生が実習に行く前にイメージをつかんでもらう教材にもなるし、私たち教員の働き方の面でもプラスになるのではないかと思っています。

授業記録システムはさらに進化を続ける(前田教諭提供)

 パナソニック教育財団の報告書を書かなければいけないのですが、システムが今も進化を続けているため、どのタイミングでまとめようか悩んでいます。私は今、本校に来て5年目で、本来ならそろそろ公立学校に戻る時期なのですが、もう少しだけいさせてもらえたらうれしいなと思っています。このシステムの開発をはじめ、今までやってきたいろいろなことが散らかしっぱなしの状態なので、システムの普及や後への引き継ぎまでしっかりとやりたいんです。

――それこそ、どこかの大学で研究の続きをしたいという考えもあるのでしょうか。

 ありがたいことに、大学院に来ないかと誘われることもあるのですが、どうも研究職にいる自分の姿が想像できないので、それは考えていません。

 私自身、プレーヤーとして授業をしたいという思いが強いんです。現場にいるからこそ、子どもたちと1年間密着して、彼らがGIGAスクールやコロナ禍の環境でどれだけ変わっていくかも分かります。それは現場にいる教師だからこそ味わえることなんですよね。もし仮に私が現場を離れたら、きっと何もできないただの人になってしまうんじゃないかなと思います。

(藤井孝良)

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【プロフィール】

前田昌志(まえだ・まさし) 1992年、三重県生まれ。三重大学教育学部を卒業し、2014年度より小学校教諭。17年度より三重大学教育学部附属小学校教諭。日本天文教育普及研究会理事、日本理科教育学会評議員を務める。21年度は三重県教育委員会「小学校理科スキルアップ研修」の講師、三重県内の自治体の小学校におけるGIGAスクール研修の講師も務める。

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