【未来の授業を創る】 授業力を求めて附属校へ

 三重大学教育学部附属小学校で情報主任として活躍する前田昌志教諭は、20代半ばで附属小に異動するというユニークなキャリアの持ち主だ。GIGAスクールの環境をフル活用し、これからの時代の授業づくりにチャレンジし続ける前田教諭。インタビューの2回目では、附属小の門戸をたたいた理由や、そこでの5年間の歩みにスポットを当てる。(全3回)

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授業力の大切さを痛感しつつ、やりたいことに挑戦した初任校

――教育学部の附属校の先生は、それまでの公立校などでの実践や研究が評価されて着任するイメージがあるのですが、20代でやってきたんですね。

 そうなんです。本校がまだ2校目で、ここに来たときは私が一番若くて、次に若い先生とは5歳以上も離れていました。

 三重県の教員採用試験に合格して最初に赴任したのは、松阪市にある公立小学校でした。その学校には外国につながりのある子どもや支援を必要としている子どもが多かったのですが、同僚の先生方の力がすごくて、私自身も助けられながら、やりたいことをやらせてもらえました。とても学びの多い3年間でした。

 教員になって真っ先に痛感したのは「やはり授業がうまい先生のクラスは落ち着いている」という事実でした。そんな先生の授業を受けながら前を向いて生き生きと学んでいる子どもたちの姿を目の当たりにして、授業力を上げようと自分自身を奮い立たせました。

初任の公立小から三重大学教育学部附属小に来た前田教諭(本人提供)

 大学では理科教育が専門で、中でも天文学を専攻していました。卒業論文も、地域と連携した天文教育がテーマでした。そうしたことから、初任校では地域のボランティアの方と一緒に、夜の学校に子どもたちを集めて天体観測をする「観望会」をやらせてもらいました。多いときは100人くらい、子どもたちと保護者が集まって、十五夜の満月や流星群を観察しました。観望会は今も松阪市内の学校で開かれているのですが、会の運営自体は地域の方が主催していて、持続可能な形で根付いていることをうれしく思います。こうして大学での学びを現場で実践することは、教師としての私の原点でもあります。

 普通は、1年目の教師がそんなことをしたいと言い出したら「生意気な」と言われるかもしれません。でも、ありがたいことに、初任校の同僚の先生や管理職は「どんどんやりなさい」と応援してくれました。また、校外の研究会などにも積極的に行くようにと奨励してくれました。その学校にいた先生の何人かは、附属小で教壇に立った経験のある先生方でした。そうして研究会などに足を運ぶうちに、附属小の先生方と交流が深まり、いろんな縁が重なって附属小に行くことになりました。

専門のはずの理科の授業で大苦戦

――初任校の経験しかないのに附属小に行くことになり、プレッシャーはなかったのですか。

 もちろん25歳で附属小に行くことに不安もありました。でも、私の思いとしては、教育実習の続きをしたかったんです。初任校で授業力の重要さに気付かされて、授業がうまくなるために、附属小に行けばいろいろな先生の授業を勉強できるし、自分の授業も見てもらえると思いました。たった1カ月弱の教育実習ではなくて、それが1年も2年も続く感覚です。実際に、指導案の書き方から授業中の立ち位置、発問の仕方、文章の書き方まで、何でも丁寧に教えてもらいました。

 やっぱり附属小の先生の授業はすごくて、最初は自分自身の授業のひどさというか、表面的な内容に自信を失うこともありました。この学校は授業が全てで、授業で子どもたちが付いてくるかどうかが、そのまま結果として表れます。

 特に専門であるはずの理科の授業が苦手でした。深く追究すればするほど、自分が理科を分かっていないことが分かりました。例えば、結果と考察の違いを私自身が明確に意識していないと、子どもたちの理解も曖昧になります。そういう初歩的なことなんですが、理科教育の本質を突き付けられました。やっと附属小での1年目が終わって、子どもの成長を振り返ってみて、こういうところが育てられなかったなと思い知らされました。

 その一方で、少し前まで三重大の学生だったことを生かして、大学の先生と連携した授業は積極的にやることにしました。

 それからICT。附属小に来るまでは、タブレット端末すら触ったことがなかったのですが、これは絶対に将来必要になると思って、自分で買って積極的に授業で使っていくようにしました。校内でも何人かタブレット端末を活用したり、プログラミング教育に取り組んだりしている先生がいて、その人たちを目標にしていました。まさかGIGAスクール構想でこんなに早く1人1台の環境が当たり前になるとは思っていませんでしたが、あのときの自分はいい判断をしたなと思います。

 そして、附属小に来てから3年目のことですが、情報主任を引き継ぐことになりました。当時、学校にはタブレット端末が120台あるだけで、私自身、授業では使っていたものの、それ以外のことはまた一からこつこつ勉強し始めました。そうしていくうちに、自分の中に「情報」という新しい武器が身に付いてきました。

探究するコミュニティーで学ぶ面白さに気付かされる

――附属小でもまれて5年が過ぎたわけですが、今はどんな授業をしているのですか。

水の流れについての学習を整理した板書(本人提供)

 担任する5年生の理科の授業で、水の流れを学ぶ単元があります。地域を流れる川について、実際の地形を再現して流水実験をしたり、上流、中流、下流の複数箇所をドローンで撮影して、その映像をVRで子どもたちが観察したりして、川の流域で洪水が多い所はどこかを考えました。実際に見に行くよりも、VRを使うことでさまざまな視点から見ることができるなどの効果があったのですが、授業はそれで終わりませんでした。

 ある児童が、学校が休みの日に実際に洪水が一番多く発生する場所に行って、そのポイントではあえて堤防を作らずに水を逃がしていることを突き止め、そのことをクラスに報告したのです。

 すると、その話を聞いた子どもたちが「その地域に住んでいる人は、洪水に遭いやすくてかわいそうじゃないか」と言い出しました。大人であれば、人口の多い下流の市街地を守るための工夫だと考えますが、子どもたちはそれでは納得しなかったのです。実際にそこの住人の方に話を聞きたいと言い、市役所に行って自治会長の方を紹介してもらい、インタビューをしてきました。

 そうして、やはりその地域の方も堤防を作ってほしいと考えていることを知り、今度は国交省の方に来ていただいて、治水対策の話をしてもらいました。子どもたちは、自治会長さんから聞いた話を基にいろいろな質問をしていました。

 そこからさらに、台風が近づいたときに行政がどんなふうに水害から住民を守るのかをプログラミングで考えてみたり、段ボールで地形を再現してプロジェクションマッピングでハザードマップをつくったりしました。

――子どもたちはどんどん自分で探究を進めていくんですね。これは想定していたことなのでしょうか。

ドローンの映像から考察したことを説明する児童(前田教諭提供)

 ここまで学びを発展させる子どもたちの姿は、私の想像を超えていました。だから私も負けてはいられないと慌てて教材研究をし直して、子どもたちと一緒に学んでいきました。そうしているうちに、クラスがだんだん、「探究するコミュニティー」になっていくのが分かりました。

 私自身、こうやって学べばすごく楽しいんだということを、教師になるまで味わったことがありませんでした。実はもともと教員志望じゃなくて、理系の別の大学に行って都市工学を学びたかったんですが、この単元が進んでいくうちにふと「これって自分が勉強したかった都市工学の話じゃないか」と気付きました。

 教師は、これまで考えてきたことや人生経験が無駄にならない。何でもありなんだと、子どもたちから教わったんです。これは私の中で最近、「教師っていいな」と思った瞬間でしたね。

(藤井孝良)

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【プロフィール】

前田昌志(まえだ・まさし) 1992年、三重県生まれ。三重大学教育学部を卒業し、2014年度より小学校教諭。17年度より三重大学教育学部附属小学校教諭。日本天文教育普及研究会理事、日本理科教育学会評議員を務める。21年度は三重県教育委員会「小学校理科スキルアップ研修」の講師、三重県内の自治体の小学校におけるGIGAスクール研修の講師も務める。

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