【ペップティーチャー】 職員室を元気にするペップトーク

 授業中、座っていられないし、先生に怒られてばかりの私は駄目な人間だ――。ペップティーチャーとして活躍する大阪府高槻市立北日吉台小学校の乾倫子指導教諭の小学校時代は、そんなつらい思い出がほとんどだったという。しかし、高校の先生が「これだけおしゃべりで、座ってられへんのやったら、前出て司会すればええやん」と捉え方を変えてくれたことで、どんどん自分のやりたいことに挑戦するようになっていった。乾教諭へのインタビューの2回目は、教師を目指した理由や、職員室を元気にするために実践するペップトークについて聞いた。(全3回)

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自分の捉え方をひっくり返してくれた高校の先生

――教師になろうと思ったきっかけを教えてください。

 今は私のことをみんなが「マルチタスク」と良いように言ってくれますが、小学校時代はいわゆる多動でした。同時に3つのことができる一方で、1つのことに集中するのが難しく、暇だと感じてしまうんです。授業を聞きながらノートを書き、手紙も書き、しゃべってしまうし、座っていられない子でした。自分が小学校教員になってからも、自分より大変な子を見たことがないぐらいです。

 だから、小学校時代はずっと先生に怒られていました。そんな毎日だったので、ずっと自分は駄目な人間だと思ってきました。

 でも、高校の時の先生が全てをひっくり返してくれたのです。「同時に2つも3つもできるなんてすごいやん。それって、マルチタスクやで」と言ってくれ、多動なことも「これだけおしゃべりで、座ってられへんのやったら、前出て司会すればええやん」と言ってくれました。それで、学級委員になりました。

 実は小学生の時から学級委員をやってみたいと思っていたのですが、先生に「そんなこと、あんたにできるわけないやろ」と言われていたんですよね。

 自分を認めてくれる先生に出会ってからも、それまで9年間ずっと学校で怒られ続けてきたので、最初は疑心暗鬼でした。それでもその先生を信じて、一つずつやっていくことで自信も付いてきて、最後は生徒会長にもなったんです。

――高校の先生がしてくれたことは、まさにペップトークの「捉え方変換」だったのですね。

 そうです。それで、その先生みたいになりたいと思いました。大学は教育学部に入ろうと思っていたのですが、周りから「いやいや、先生は無理ちゃう?」と言われ、そう言われると「そうかもなぁ」と弱気な自分も出てきてしまい、結局、教育学部とは違う学部に進学しました。

 でも、やっぱり「先生になりたい」という思いはあったので、教員免許を取れるコースも履修しました。つまり、4年間で2学部分の単位を取るという、かなり無謀な選択をしたのですが、「これをやり遂げたら、先生になれる資格をもらえる気がする」と思って頑張りました。

 とにかくものすごい単位数だったので、朝から晩まで授業を受けていました。大学で「あの人、いつもおるな」と有名だったぐらいです。

――小学校の教員を目指していたのですか?

 最初は高校の倫理の教員を目指していたのですが、大学4年の時に小学生のキャンプのボランティアを頼まれて引率したことが転機となりました。地域キャンプの引率だったのですが、小学生が荒れに荒れていて、大変だったしびっくりしたんです。

児童期の子どもたちに関わりたいと小学校教諭を目指したという乾指導教諭

 これは高校まで待っている場合じゃない。もっと小さいうちに関わらなければいけないのではないか。学童でもいいし、とにかく幼児期、児童期の子どもたちに携わりたい――。そう感じました。

 そんな時、たまたま非常勤で小学校の副担任にならないかという話が来ました。そうして小学校に赴任したところ、その学校の先生が「小学校の先生はまさにマルチタスクやから、一つのことを突き詰めるというよりは、いろいろなことを同時にできた方がうまくいく。乾さんは絶対に小学校の先生になった方がいい」と言ってくださいました。

 私自身も小学校の先生になりたい気持ちが固まっていたので、そこから通信教育で小学校の教員免許を取得しました。

教員生活のスタートは不安しかなかった

――実際に小学校の教員としてスタートを切ったとき、どんなことを感じていましたか。

 とにかく最初は不安でした。小学生の時にずっと怒られていたという記憶が根底に残っていて、「そんな自分に小学校の教員なんかできるわけがない」と思ってしまっていました。小学生の時の負の体験と高校生の時の成功体験、その両方を持って教員をやっていたわけです。

 しかも私が1年目の時は、20代の先生が学校に私一人で、他は50代の先生ばかりという時代でした。みんなすごい先生に囲まれて、だからこそ余計に物事を知らなきゃいけないと思いましたし、20代の私にいろいろな先生がいろいろなことを教えてくれました。

 「子どもは叱らないと駄目」という先生もいれば、「子どもは褒めなきゃ」という先生もいる……。さまざまな価値観がワーッと押し寄せてきたのですが、当時の私にはその中から取捨選択できる力もありませんでした。ですから、とにかく一緒に学年を組んだ先生のまねをするしかなく、毎日必死でした。

 年度によっては、忘れ物をした子にはきつく叱るなど、今とは逆のことをしていました。だから、私に「めっちゃ褒めてもらった」という子もいれば、「めっちゃ怒られた」という子もいたと思います。常に、葛藤していました。

本当に自分がしたいことは何なのかを考えていた時に、ペップトークに出合った

 そんなことを繰り返しながら、だんだんと教員として安定してきたと感じ、「本当に自分がやりたいことは何なのだろう?」と真剣に考えだしたときに、道徳に出合いました。そして、道徳研究を進める中でペップトークにも出合ったのです。

 ペップトークには私がやりたいことが全部入っています。一つの集大成としてペップトークをやっていけば、これまで大事にしてきたものをみんなに届けられると思っています。

――悩んでいた時期と、今とでは何が違いますか?

 試行錯誤していた時期は、なんでも人のせいにしていました。自分も変えられるし、人も変えられると思っていたので、無理やり変えようとしていました。自分が正しかったら、子どもも大人も変えていけると思っていたんですよね。それをやめたのが大きかったと思います。

先生を元気にしたいから職員室でペップトーク

――ペップトークに取り組み始めて4年目、どんな変化を感じていますか。

 前任校では全学年にペップトークを実践していて、対「子ども」で必死だったのですが、この学校に来てから気付いたことがあります。それは、先生たちの自己肯定感や自己有用感が上がると、子どもも上がるということです。

 だから、この学校に来てからは、職員室の中でのペップトークも意識しました。ただ、最初は職員室全体にとは思っていなくて、まずは目の前の人、具体的には同じ学年団の先生たちが幸せだったらいいなと思って、そこだけに注力していました。そうしたら、少しずつ周りにも広がっていったのです。

 私はこの学校の先生たちが本当に大好きです。私にもたくさんすてきな声掛けをしてくれます。病休の先生もいません。先生たちのメンタルが元気であれば、学校で大きな問題が起こりづらいということも実感しています。

――職員室でのペップトークでは、具体的にはどんなことを意識しているのですか?

 職員室にちょっとしたお茶飲みスペースがあるのですが、空き時間にはそこでいろいろな先生といろいろな話をしています。意識しているのは、他の先生に「興味を持つ」ということです。

 その先生がどんな価値観を持っていて、どんな教育をしたいと思っているのかを知っておけば、仕事の上でも適材適所を考えやすくなります。そのパズルが合わないと、仕事の大変さは倍増するので、お互いがどんなことを大切にしているのかを知っておくことが大事だと思います。

――学年団の先生が、「乾先生は会うたびに『ありがとう』と言ってくれる」とおっしゃっていました。

昨年度の学年団の先生たちと

 確かに、すれ違うたびに「ありがとう」と言っています。みんなのことが大好きなので、感謝の気持ちを伝えたくなるんですよね。「最幸」のペップトークは「ありがとう」だと思っています。

 もう一つ大事にしているのは、「思ったことはすぐに伝える」ことです。例えば、今日も校長先生のお話がすごく心に響いたので、校長室まで行って直接伝えました。思ったことを言葉にして伝えるのは、なかなか難しいことです。でも、私も伝えられたらものすごくうれしいので、「あの先生、すてきやな」と思ったことがあったら、すぐに伝えるようにしています。

(松井聡美)

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【プロフィール】

乾倫子(いぬい・みちこ) 1981年、京都府京都市生まれ。大阪府高槻市立北日吉台小学校指導教諭。道徳(心の教育)と国語(言葉の教育)の研究を深め、大阪府道徳研究大会、大阪府国語研究大会で授業者として提案授業などを行う。一般財団法人日本ペップトーク普及協会教育普及部副部長。前任校は日本初の「ペップトーク実践モデル小学校」となり、全学年に自らが開発した児童生徒向け「ペップ授業」を行う。現任校では1年生から3年生までが「ペップ授業」に取り組んでいる。各地の講演会などで学校教育へのペップトーク普及に取り組む。口癖は「ありがとう」「大好き」。趣味は人と対話しながらお酒を飲むこと。好きなお酒はシャンパン。二児の母。

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