
自分は世界で一人しかいない、特別な存在だということを分かってほしいと思いながら、ペップ授業をしている――。日々の生活の中でも授業でもペップトークを実践している大阪府高槻市立北日吉台小学校の乾倫子指導教諭の学級では、どんどん自分のことが大好きな子が増えていく。自分のことが大好きな子は、人にも優しく、自分がやりたいこともはっきりと分かっていると言う。インタビュー最終回は、そうした子どもたちの変化や、保護者とのペップトークについて語ってもらった。(全3回)
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子どもたちもペップトークをするように
――ペップトークを実践されてきて、子どもたちの変化で印象に残っていることはありますか?
たくさんありますが、例えば昨年度の4月の段階では、普段は無表情、怒ったときだけ暴れる、ノートを書かないという子がいました。そんな中、4月から「ペップ授業」をしたり、普段の授業や生活の中でもペップトークをしたりすることで、周りの子どもたちがその子にペップトークをすることが増えたんです。
「大丈夫やで」「ええやん」「今じゃなくていいよ」などと、その子を受容する言葉掛けをしてくれたり、「ノート出せる?」などと指示をしてくれたり、「一緒にやる?」と誘ってくれたりしていました。
すると、だんだんその子自身も変わってきて、年度末にはノートも書くようになり、テストは「結果が楽しみだから早く答案を返してほしい」だなんて言ってくるようになりました。
――周りの子どもたちの関わり方が、その子を変えていったのですね。
最初の頃は、その子がノートを書かないことに対して、「あいつだけやってへんの、ずるいやん」という声もありました。でも、私は学級の中で横の子と比べないことをとても大事にしています。そうしたことを続けているうちに、不満の声もなくなっていき、その子を励ます言葉掛けを周りの子もするようになっていきました。
ただ、教育に万能薬はありません。例えば、荒れている学級にペップトークを入れたら必ず立て直せるかといえば、そんなことはありません。「ペップ授業」は誰でもやりやすいようになってはいますが、ただやるだけではうまくいかないと思います。

私はクラスに40人いたら、40通りのペップトークを常に考えています。褒め言葉がワンパターンで「すごいね」ばっかりになっていたら、「すごいね」が響く子は伸びてくるでしょう。でも、「すごいね」が響かない子は伸びてこないのです。
「子どもたちのこと、いつも褒めているのに全然効果がないんですよね」と嘆くのではなく、子どもたち一人一人をしっかり見つめ、それぞれが掛けてもらいたい言葉を考えるようにしてほしいと思います。
自分が大好きな子は人にも優しく、意欲が高い
――「自分大好き」のペップ授業を見させてもらいました。子どもたちが「自分の好きなこと」や「自分のいいところ」を楽しそうに発言していて、こういう時間が必要なのではないかと強く感じました。
私は、自分も相手も大事にできる子になってほしいと思っています。相手を大事にできる子はたくさんいても、自分を大事にできている子は少ないと思いませんか? それは大人でも同じです。自分は世界で一人しかいない、特別な存在だということを分かってほしいと思いながら、ペップ授業をしています。
――日本の子どもたちの自己肯定感の低さが指摘されていますが、自分のことが好きな子を見ていて何か感じることはありますか?
ペップトークを実践している他の先生方にも聞いてみましたが、自分のことを大好きだと思っている子は、人に優しいという意見が出ていました。
それから意欲も違います。今、「やりたいことは何?」と聞いても、「別に」とか「特にない」と言う子は多いですが、自分が大好きな子の多くはやりたいことをはっきりと言えます。意欲があっていろいろなことにチャレンジできるからこそ、自分のやりたいことや好きなことも増えていくのだと、見ていて感じます。
子どもは、何かにトライして、それが他者に承認されることで自信が付き、それを繰り返していくことで、自分のことを好きになります。だから、そうした体験を学校でもたくさんできるといいなと思います。
――保護者ともペップトークを実践されているそうですね。
保護者懇談は、ペップトークをするととってもいいですよ。なぜなら、保護者が持つ不安の捉え方を変換できるからです。

例えば、「うちの子、全然宿題やらないんですよ」と、保護者から言われたことがあります。それに対し私が「でも、ちゃんと提出しているので、それはやっていると言っていいんじゃないですか?一度、お母さんが言わなくても宿題をやれるか試してみたらどうですか?」と伝えたことで、その子は母親が言わなくても宿題をするようになりました。
また、「うちの子、全然座っていられなくて……」と言われたら、「私なんか小学生の時、もっと座れてなかったですよ。パワーがあるから、体育の授業とかは誰よりも動いてくれます。教室の枠が小さ過ぎるのかもしれませんね」と伝えたりします。
――そんなふうに先生に捉えてもらえると、保護者もうれしいですね。
ただ、本当に先生が「そう思っているのか」が大事です。座っていられない子がいたとして、本当は「座ってほしい」と思っているならば、「なぜ自分はその子を座らせたいのか」という問いに向き合った方がいいと思います。
「授業中は座らなければいけない」というのは、自分の価値観ではないか。座っていなくても、学んでいることやできていることはあるのではないか――。そうした視点から、自分の中の「こうしなきゃいけない」ということと、向き合ってみてほしいと思います。
「できなくてもいい」と寄り添うことも大事
――これから、どんなことに取り組んでいきたいですか。
全国の先生にペップトークを届けていきたいし、できたらペップティーチャーも増やしていきたい。何より、子どもたちが良い気持ちになるための言葉掛けや、先生自身がうれしい気持ちになるにはどうすればいいのかを考えられる先生が、一人でも増えたらいいなと願っています。
ちなみに、現在「ペップティーチャー」の認定を受けている人は全国で約200人です。この学校には10人(2021年度末)いて、4月から受講予定の先生もいます。
――200人のうち10人とはすごいですね。
1校に1人いれば、周りもちょっとずつ変わっていきます。その波紋をつくり出せる先生が、いろいろな学校にいたらいいなと思います。そういう未来を私は見ています。
何より、先生が良くなると、その先にいるたくさんの子どもたちが良くなっていきます。そして、その先には保護者もいます。そうやって輪を広げていけたなら、これほど幸せなことはありません。
ペップトークをやっていると、自分がペップじゃないと駄目だと思ってしまいがちですが、ペップになれない自分を許すこと、受け入れることも大事です。そもそも教員は頑張り屋さんが多いですよね。ペップトークを学べば学ぶほど、ペップじゃない自分に落ち込んだり、ペップしなきゃと思ったりしてしまうのですが、そんな必要はありません。できない自分がいてもいいんです。
もともと米国のスポーツ界で始まったペップトークですが、例えばラグビーのペップトークなんかは、「お前らはやったらできるんだ!!」とか、ものすごく激しいんです。強くなりたくて、勝ちたくて集まってきた人たちへのペップトークだから、強く押してもいいし、それでやる気が出ます。

でも、教育のペップトークは違います。学校は、たまたまその年にその地域で生まれた子どもたちが、たまたま集まっているだけです。そういう集団に対して、スポーツと同じようなペップトークをしたら、つぶれてしまいます。だから、「できなくてもいい」と寄り添うペップトークも大事で、教育のペップトークには持続性が必要なのです。
あなたはそこにいるだけで、誰かを励ましている。私はいつもそう思っています。まずは半径5メートルの人を笑顔にすることから始めてみませんか?
(松井聡美)
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【プロフィール】
乾倫子(いぬい・みちこ) 1981年、京都府京都市生まれ。大阪府高槻市立北日吉台小学校指導教諭。道徳(心の教育)と国語(言葉の教育)の研究を深め、大阪府道徳研究大会、大阪府国語研究大会で授業者として提案授業などを行う。一般財団法人日本ペップトーク普及協会教育普及部副部長。前任校は日本初の「ペップトーク実践モデル小学校」となり、全学年に自らが開発した児童生徒向け「ペップ授業」を行う。現任校では1年生から3年生までが「ペップ授業」に取り組んでいる。各地の講演会などで学校教育へのペップトーク普及に取り組む。口癖は「ありがとう」「大好き」。趣味は人と対話しながらお酒を飲むこと。好きなお酒はシャンパン。二児の母。