【エジプト編】 日本との違いと情操教育

日本との面白い違い

 私は2017年の夏、エジプトに海外協力隊として派遣された。エジプトのピラミッドを見ることが私の夢の1つだったが、まさかその近くに住むことになるとは。この砂漠と歴史のある国の小学校で、私は働くことになった。

 私の役割は地域の小学校5校を訪問し、それらの学校に対してできることを考えることだった。いざ訪問してみると、エジプトの小学校は、日本との「面白い違い」がたくさんあった。

クラスの子どもたち

 まずは、児童の多さに驚いた。クラスには長机が入っているが、1つのクラスに100人以上がぎっしり。子どもたちは、自分の場所をまるで守っているように、押し合いへし合い座っていた。その限られたスペースの中での学びでも、「学びたい」という目をみんなが持っているのが、素晴らしいところだと思った。

 面白い違いは、休み時間にも表れていた。2時間授業が終わると、一斉に「スナックタイム」となる。文字通り、スナックを食べる時間である。校庭で安いお菓子を売っていて、子どもたちがそれを買って食べたり、家から持ってきている食べ物やお菓子を、思い思いの場所で食べたりしている。また授業中に、不意に教室でもお菓子の移動販売がなされていることもあった。おおらかでとても自由な感じである。授業中に、突然のそれはさすがに迷惑ではあるが。

教科には宗教も

 エジプトの教育カリキュラムは日本と同じ6・3・3・4制である。小学校では、教科として国語(アラビア語)と数学、英語、理科、社会に、宗教があるのが特徴的だ。宗教では、エジプトではイスラム教徒が95%を占めるので、主にその学びをしている。お祈りの方法を教室で練習したり、イスラム寺院(モスク)の使い方を学んだりしていた。また、とても驚いたのは、エジプト全人口の5%にも満たないコプト教(キリスト教の系統)徒の子どもたちのための学びもあったことだ。少数の意見を尊重する、豊かな学びの場であることを感じた。

 そして、上記の教科以外の時間を「活動」という名前で呼んでいた。「これは、何をするのか」と尋ねると、「音楽や運動、美術なんかのことだよ」と教えられた。なるほど。この国でも情操教育が行われているのだと思った。しかし、現状はそうではなかった。活動の時間は、主に遊びの時間、自由の時間となっていた。先生の不足、教室や教具の不足などが、この現状の要因だった。これはエジプトの初等教育の問題であると考え、それをどうにかしようということへの着手から、私の協力隊としての活動は始まった。

心を育てる音楽授業

 日本の小学校の情操教育は技術を高めることよりも、「心」を育てることに重点が置かれている。しかし、エジプトの情操教育の実態を探ろうと、中学の音楽の授業を見学させてもらったが、音楽の授業はあるものの、教師が子どもたち個人のパフォーマンスを見て、クラスの中から数人選抜し、その子たちに音楽を教え、技術を学ばせるという形になっていた。

音楽の授業の様子

 「人数が多いからしょうがないよ」と多くの先生たちに言われた。しかし、「やらせることができるなら、みんなにやらせたいけどね」という先生もいた。その言葉をヒントに、校長先生や各クラスの先生と協力して、子どもたちの可能性を伸ばし、成長の芽を摘まないために、「心を育てる音楽授業」と銘打った音楽授業をし始めたのは、私がエジプトに来て3カ月がたった頃だった。

 しかし、物もない、人も多い、そんな場所で音楽の学びを作るのは、簡単なことではなかった。そこで、まず大切にしたのは、「一緒に大きな声を合わせて歌うこと」。みんなで歌って、みんなで聴く。そしてみんなで喜ぶ。歌が好きで、ノリノリになる子どもたちは、夢中になって声を出し、楽しみだした。

 限られた数の楽器を使う際も、「心」を育てるいい機会となった。100人の子どもたちに、タンバリンが5つ。みんなが使いたい気持ちを抑えて、順番にたたいていく。それも、「ありがとう」の声を掛けながら。自分の番が必ず回ってくると分かると、クラスみんなの心に安心感が生まれ、子どもたちはますます友達を応援したくなっていた。そんな優しい空気が教室の中に広まっていったことをよく覚えている。

 2年間ある海外協力隊生活の1年目は、この「心を育てる音楽授業」を中心に、学校に関わっていった。活動も2年目に入ろうとする頃、エジプトの学校の教科に、新しい教科が加わった。その名前は、「トッカツ」。次回はこの新しい教科での挑戦について紹介したい。

(加藤奏太=かとう・そうた 元JICA協力隊員。現在は、愛知県にある学校法人江西国際学園で日本人教師として勤務)

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