【学校改革】 心理的安全性の高い職員室づくり

 大阪のどこにでもある普通の公立中でも変われるということを示したかった━━。この3月まで大阪府泉佐野市立新池中学校に勤務し、4年にわたって学校改革の推進リーダーを務めた(一社)ALL HEROs常任理事の徳留宏紀氏はそう語る。張り詰めた雰囲気の職員室、荒れていた学校を、教員5年目で学校改革のリーダーを任された徳留氏はどう変えていったのか。インタビューの1回目は、数多くの学校改革の中から職員室の心理的安全性を高める取り組みに迫った。(全3回)

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教員5年目で学校改革のリーダーに

━━3月まで勤められていた新池中学校では、教員5年目という若さで学校改革のリーダーを任されたそうですね。

 新池中は2018年に大阪府のスクール・エンパワーメント推進事業である「確かな学びを育む学校づくり」の指定を受けました。この事業は、新しい時代に必要な資質・能力を育成する取り組みを積極的に推進する学校に教員を配置して、子どもたちの学力向上を図ろうというものです。

 実を言うと私は教員2年目の時、顧問をしていた部活動で若さ故の未熟さで空回りし、3年目は担任と部活動を外れていました。その後、4年目には担任に復帰し、学年団の中心として「この学年を卒業まで見届けるぞ」と燃えていたんです。

 ところが5年目に入った時、校長から「この推進事業のリーダーを徳留に任せたい」と言われ、再び担任を外れることになりました。授業も持たず、完全にフリーの状態になったのです。

━━最初はあまり乗り気ではなかったのですか?

担任、授業を持たない、フリーの状態で学校改革リーダーになったという徳留氏

 やっぱり生徒たちと3年間一緒にやっていきたかったので、担任を続けたかったですね。周りの先生たちも「徳留を学年から外すのは良くないんじゃないか」と、校長に掛け合ってくれました。

 それでも、校長から「この事業をきっかけに、学校を変えていきたい。その柱はお前じゃないと駄目なんや」と言われて、その本気度も伝わってきたので、チャレンジしてみようと思いました。

 3年目に担任を外れた時とは意味合いが全く違いましたし、校長の全面的なバックアップを受けて、学校改革をスタートしました。

荒れていた学校、張り詰めた雰囲気の職員室

━━その頃、新池中はどんな状態だったのですか。

 新池中は大阪の南部にある公立中です。その頃は学校が荒れており、自分も含めて生徒指導は生徒たちを抑え付けるような指導がほとんどでした。今考えるとあり得ないのですが、その頃はそれしかすべがないと思っていたんですよね。

 それに当時の職員室は、張り詰めた雰囲気で、笑顔もなく、ほとんど誰もしゃべらないし、「ここにはいたくない」と感じるような環境でした。教職員がこんな状態だったので、子どもたちにも悪影響を与えてしまっていたと思います。

━━かなり厳しい状況からのスタートだったのですね。何から取り組んでいったのですか。

 まず、教員全員が共通認識を持つ必要があると考えました。子どもたちの「確かな学び」を実現するためには、授業改善が不可欠です。しかし、そのベクトルがバラバラではうまくいきません。

 これまでの授業はそれぞれの教員の力量に委ねられていたので、「全ての生徒が分かったら楽しい・できたら嬉しいを実感できる授業を目指して」を研究テーマとして、①めあての提示②学びのスケジュールの提示③対話のある活動④振り返りの実施━━の4つを共通認識として進めていくことにしました。

━━「全ての生徒が分かったら楽しい・できたら嬉しいを実感できる授業」というのは、少し抽象的な感じがするのですが。

 そうなんです。だから「じゃあ、それってどんな授業なの?」とか「そのためにはどういう要素が必要なの?」とかいうことを、教員同士で対話しながらアプローチしていきました。

「どんな子どもを育てていきたいのか」をみんなで共有していった

 目指す方向性について、教員向けのハンドブックも作りました。例えば、めあてを提示することについて、私は以前から「なんでめあてを示す必要があるのか」「めあてを示したら、どんな良いことがあるのか」と疑問に思っていました。他の教員もこうした点を納得しなければ動けないと思ったので、いろいろな項目について「こういう目的でやります」「こういう効果が生まれます」ということをハンドブックにまとめていきました。

 また、校内研修も「対話ベース」に変えていきました。それまでの研修は、なんとなく「声の大きい人」を中心に進められていたような雰囲気がありました。そうではなく、「どんな子どもたちを育てていきたいのか」といった教育観や子ども観を出し合いながら、価値観レベルで共有していくような研修にしました。

職員室の心理的安全性

━━「対話」というのが一つのポイントだったのですね。

 研究授業も大きく変えました。おそらく多くの学校がそうだと思いますが、これまでの研究授業は授業者だけが授業を行うため、その人の負担が大きかったんです。そうした研究授業を改め、学期ごとに指導案検討会と模擬授業を学年で担当して、学年団で授業をつくる体制にしました。

 学年団なので、それぞれの教員は教科も違います。教科の枠を超えて対話しながら、一緒に授業をつくっていってもらいました。教員からも「いろいろな先生の考えを知れる」「自分にない視点が増えた」と好評でした。

━━職員間の関係も変わってきたのでしょうか。

 そうですね。かなり変わってきました。職員室の座席も、通路を増やして会話しやすい距離にしたり、もともとはなかった談話スペースを作ったりしてみました。こうした工夫は大きな効果があって、職員室の空気が変わったと感じましたね。

研究授業の仕組みを変え、お互いの授業を見合う取り組みも始めた

 それから年2回、10日間の相互授業参観の期間をつくりました。この10日間は管理職も含めた教員が、教科・学年が交ざり合う3~4人のグループに分かれ、互いの授業を見合うんです。参観後には必ずフィードバックの時間を取って、ここでも対話をするようにしました。こうした取り組みを通じて、教員同士が相談しやすい心理的安全性や良き同僚性が育まれていったのだと思います。

 改革がスタートして2年後に取り組んだことを論文にまとめたのですが、それがある団体の賞で最優秀賞を受賞したんです。学校改革の推進リーダーを任されて以降は、何が正解か分からない中でがむしゃらに進めてきたので、外部の団体にそうして認めてもらえたことは、自分にとっても、学校にとってもすごくプラスになりました。

 公立学校は異動もあるので、改革当初からこうした取り組みを持続可能なものにしていこうとも考えていました。ですから、自分より若手の教員や、やりたいという教員にも研修をやってもらったりしていました。未熟なところも多かった私ですが、本当に周りの先生方が優しくて、助けてくれたからこそ、改革を進めていくことができたと思っています。

(松井聡美)

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【プロフィール】

徳留宏紀(とくどめ・ひろき) 1990年、大阪市生まれ。大阪府立天王寺高校、首都大学東京(現:東京都立大学)卒。(一社)ALL HEROs常任理事。今年3月まで大阪府泉佐野市立新池中学校教諭。校内では学力向上コーディネーターとして、教科学習を通じて非認知能力&認知能力の向上を実現。推進リーダーとして取り組んだ学校改革では「教員の心理的安全性を高める組織マネジメント」で19年度日本教育公務員弘済会大阪支部最優秀賞受賞。今年4月より岡山大学大学院で非認知能力や教育心理について学んでいる。教員時代のフィンランド教育視察が自身の教育観や授業観の転換に大きく影響しており、23年1月からは現地の学校で勤務する予定。中・高・大学にてキャリア教育、教職員・保護者向けの非認知能力に関わる講演活動も行っている。Edcamp NANIWAの実行委員長も務める。

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