【Jリーグクラブをつくった体育教師】 不真面目でずる賢い教師

 地元・富山県でのJリーグクラブ設立を目指して日々奔走する傍ら、体育教師として実業校、進学校、定時制、特別支援学校とさまざまな校種を経験してきた富山県立雄峰高等学校の佐伯仁史教諭。自身のことを「不真面目で、ずる賢い教師」と話すが、その真意とは――。インタビューの2回目は、不登校の生徒や反抗的な態度を取る生徒と接する中で、教師として大切にしてきたことや、今の子どもや大人に感じることについて聞いた。(全3回)

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生徒は「お客様」

――Jリーグクラブの設立に奔走されながら、体育教師として実業校、進学校、定時制、特別支援学校と、さまざまな校種を経験されてきたそうですね。

 現在の雄峰高校は、定時制課程・通信制課程を有する単位制高校に専攻科を加えた県立学校です。これまで不登校の生徒や、いわゆるやんちゃな生徒ともたくさん関わってきました。

 私は自分のことを「不真面目で、ずる賢い教師」だと思っています。そして、「ちょっと変わっているな」と生徒に思われることが一番大事なことだと考えています。

――「ちょっと変わっているな」というのはどういうことですか?

 そもそもJリーグクラブの立ち上げに向けて学校の外に出て活動していることが多かったので、その時点で「ちょっと変わっているな」と思われています。

生徒に「ちょっと変わっている」と思われることを意識しているという佐伯教諭

 他にも、例えば「それいけ!トンチンカン」と書かれた変なパロディーのTシャツを着ていましたし、いわゆる教師らしい返答をすることも、ほとんどありません。ちょっと変わっていて、不真面目であることによって、心の目線を下げることになり、生徒たちは私に素の姿を見せてくれます。真面目過ぎる教師は、絶対に損をしていると思います。

 また、NPO法人を立ち上げたことで企業に関わる知識を身に付け、そうした経験から学校にとって最も大切な存在である生徒は「お客様」だとも考えるようになりました。だからこそ、教師は生徒に「ちょっと変わっているな」と思わせるようなユーモアや、興味深い話題を提供して楽しませ、モチベーションを高めるようなサービスも必要ではないかと考えています。

学校は子どもが迷惑を掛けにくるところ

――教師がサービス業だという考え方には、反発する方も多いと思います。

 反発される方は、おそらくサービスの矛先を間違っていて、保護者にばかりサービスしている人を見てきたのではないでしょうか。私は保護者ではなく、生徒に対してサービスをしたり、困っているときにホスピタリティーを発揮したりしなければいけないと考えています。

 よく、「塾と学校はどう違うのか」という話になりますよね。塾は数学や英語など、ピンポイントで効率良く学習できるところです。一方で学校は、子どもが迷惑を掛けにくるところだと私は考えています。

 学校が勉強面の機能だけを担うなら、塾に行った方がテクニシャンな先生に出会えるでしょう。でも、学校に来れば、そこにはいろいろな人がいて、良い意味でも悪い意味でも「こういう人もいるんだ」ということを感じられます。学校はそうして対話システムのようなものを学ぶ場だと思うのです。

 学校で生徒は、失敗したっていいんです。成功体験ばかりをさせようとすると、失敗したときの立ち直り方も、迷惑を掛けたときの謝り方も分からないままになります。失敗を恐れず挑戦することによって、称賛を受けることもあるし、誰かと衝突することもある。そうした経験を積み重ねることで、人との距離感が学べます。

 「今年の学年はいい子ばかりでよかった」とか、「面倒なことが起きなくてよかった」とか言う教師もいますが、私は逆だと思っています。迷惑は学校に来ているうちに掛けた方がいい。大人になってから掛ける迷惑の方が、よほどたちの悪いものになってしまいます。学校に来ているうちに小さな迷惑をたくさん掛けていれば、「もう懲りた」と思ったり、ばかばかしくなったりして、社会に出たらやらなくなります。それも含めて「卒業」するのです。

 大事なことは、「あれはするな」「これはするな」と、先に止めてしまわないことです。たとえ「そろそろあいつ、何かやりそうだな」と感じ取っていても、生徒が自らアクションを起こすまで、見て見ぬふりをして待ってあげることです。そして、その迷惑を生徒が納得のいくタイミングで収めるのです。その経験が、自己責任感や自己分析力を高めていくと思います。

――見て見ぬふりをして待つのは、教師にとって非常に難しいことではないでしょうか。

 例えば、集会が始まって生徒たちがざわついているとします。大概の体育教師は「静かにしろ!」と怒鳴るか、何かしら制止する方向にもっていきます。

 でも、私は一切そういうことをしません。生徒たちがしゃべっていたら、「はい、静かに」と言いますが、それでもしゃべっていたら、ずっと待ちます。すると、だんだん静かになっていきます。一人が静かになると、それが伝染していくのです。それでもしゃべっていたら、「いつまででも待つよ。お互いに休み時間がなくなるだけ」と言います。

 怒鳴れば、その場は静かになるかもしれませんが、次回も教師が怒鳴るまで生徒たちはしゃべるようになります。待つ方がイライラするし、つらいのは確かです。でも、待つのが嫌だからといって、先に答えを言ってスタートするのでは、生産性のない教育になってしまいます。

生徒がアクションを起こすまで待つことが大事

 不登校の生徒に対しても、私は待つことを大事にしています。自分で学校に行くと決断し、自分で動いたというだけでも、すでに良い方向に向かっています。教師は、その子が困って質問してきたときに、答えてあげればいい。何よりも、その子がアクションを起こしたくなるまで待ってあげることが大事です。その上で、良い兆候が見られたら「最近、いい感じだね」と絶妙のタイミングで声を掛けると、「先生は私を見てくれているんだな」につながります。

子どもがたくましくなるのを止めているのは大人

――今の子どもたちを見ていて感じることはありますか。

 「遊び」を知らないし、「遊び方」も知らないと感じます。最近の子どもたちは、複数で遊ばなくなりました。子どもが大人のいないところで遊んでいる姿を見掛けることも、昔に比べてはるかに減りました。これは都市部に限った話ではなく、地方でも同様です。

 今はどこに行くのも親が一緒です。スポーツ少年団などでも、親がずっとその場にいるので、まるで子どもを「見張っている」かのように見えます。そうすると、最初は楽しいから野球やサッカーをやっていた子も、次第に「親を喜ばせなければ」と思うようになっていきます。だんだんそこが「自分の場」ではなくなっていくのです。

 また、終わってからも親が迎えに来てしまうため、友達と一緒には帰れません。そのため、たわいない関係も構築しにくくなります。「子どもだけの世界」も大事なんですよね。

 私は小学校から社会人までが参加するサッカークラブを長年指導してきました。地方は交通の便が良くないので、送迎に関しては仕方がない部分もありますが、保護者の方には「子どもたちがプレーしている間は、皆さんもどこかへリフレッシュしに出掛けてください」とお願いしたり、横でヨガ教室をやったりしたこともありました。

――確かに、子どもだけで過ごす時間がどんどん減っていますね。

子どもたちがチャレンジできていないのは大人のせいだと警鐘を鳴らす

 それをなくしたのは大人だと言っても過言ではありません。子どもたちがたくましくなるのを止めているのは、大人なのです。もちろん、子どもだけで過ごすといろいろなリスクはありますよ。でも、今のこの平和な日本社会で、子どもにチャレンジさせられていない環境をつくっているのは大人です。子どもからしたら、すごくつまらない社会ではないでしょうか。

 「子育て四訓」に「青年は目を離せ、心を離すな」とありますが、今の高校生を見ていると、手も目も離されていないように感じます。何かに監視されているようなプレッシャーを受け、自分のやろうとしていることを認めてもらえていないと感じている子もいるでしょう。そういう状態で、子どもに「夢を持て」と言っても、無理があると思いませんか。

(松井聡美)

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【プロフィール】

佐伯仁史(さえき・ひとし) 1964年生まれ。富山市出身。筑波大学体育専門学群卒。富山県立雄峰高等学校体育科教諭。実業校、進学校、定時制、支援学校全ての校種を経験。教職と並行して、社会生活や教育現場におけるスポーツの重要性を研究、実践。立山フットボールアカデミー(現立山ベアーズ)を設立、そこから独立したFC富山U-18などを経て、2005年にNPO法人富山スポーツコミュニケーションズを設立し、理事長に就任。富山県サッカー協会特任理事として「Jリーグスタディグループ」を設置し、県民クラブ(そのまま「カターレ富山」に)を創設した。JFA(日本サッカー協会)公認B級コーチ、JFAスポーツマネジャーズカレッジサテライト講座インストラクター。著書に『フツーの体育教師の僕がJリーグクラブをつくってしまった話』(徳間書店)。

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