【これからの学校を巡る法律論】 いじめ対応のジレンマ

 学校現場はしばしば、教育と法律の異なる考え方に直面し、ジレンマを抱えることがある。そんな状況がある中、「これからの学校を巡る法律論」をテーマに、弁護士資格を持つ社会科教師として中高一貫校に勤務する神内聡・兵庫教育大学大学院准教授と、子どもに向けて分かりやすくいじめに関係する法律を解説した『こども六法』の著者である山崎聡一郎・Art&Arts代表社員(社長)が対談した。第1回では、学校教育と法律のジレンマが顕在化しやすい事例の一つであるいじめ問題を取り上げる。(全3回)

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いじめ防止対策推進法は被害を最小限にするためのマニュアル

――今回のテーマで、真っ先に思い浮かぶトピックはいじめへの対応だと思います。

 山崎 いじめ防止対策推進法ができたとき、僕はまだ大学生で、当時はこの法律に懐疑的というか「学校に浸透していかないだろうな」と思っていました。下手をすると、いじめの隠ぺいを促進する法律にもなりかねないと危惧していたのを覚えています。

子ども向けに法律の考え方を解説した『こども六法』の著者である山崎さん

 一方で『こども六法』を出して、いろいろな教育実践をしている方に話を聞いていて気が付いたのは、法律と学校現場の実態に乖離(かいり)があるということ、さらに言えば、あの法律に基づいていじめ防止対策を行っていない学校には「法律アレルギー」があるということです。法律に対する知識不足から、いじめ防止対策推進法に対しても忌避感があって、そもそもどういう法律なのかを理解していない人が多い。その結果、法律に関係なく自分たちの経験と勘で対応してしまっているわけです。

 この法律はシンプルに言えば、いじめ対策マニュアルなんです。いじめが起こる前に、普段から何をしなければいけないか。いじめが起きたときにどうしなければいけないか。そして「これはまずいぞ」という事態にまで進行したら、どうしないといけないのかが書かれている。学校の感覚からすれば、仕事が増えると思うかもしれませんが、例えば火事を防ぐために特定の建物には火災報知機やスプリンクラーを取り付けなければいけないというのは、皆さんも詳しい法律の条文までは知らなくても、当然のことだと認識していますよね。それらが付いていない建物には安心しては入れませんが、裏を返せば、これさえやっておけば火災が起きても最小限の被害で済むのです。

 いじめ防止対策推進法も同じで、やらなければいけないことが書かれていて面倒なのは確かですが、それさえやっておけばいじめの被害は最小限に抑えられるはずだというチェックリストなんです。少し言い方は悪いかもしれませんが、この法律に書いてあることを確実にしていれば、仮に最悪の事態になっても学校は法的な責任を問われません。むしろ、自己流で対応していた場合の方が問題になるわけです。実際に、いじめのニュースで取り上げられる学校や自治体の多くは、法律にのっとって対応していないことが問題視されています。だから実際に、いじめ防止対策推進法の条文を読んでみてください。おそらく、多くの学校がすでにやっていることばかりだと思います。

 むしろ、法律に書かれていないこともやっているのだとすれば、それはプラスアルファの取り組みで効果を高める取り組みかもしれないし、効果がなくて負担になっているのであればやめてもいい取り組みだと考えることもできます。そうやって、法律を恐れずにうまく自分たちの学校で使ってほしいと思いますね。

ガイドラインがギャップを生んでいる

 神内 山崎さんの言うように、ニュースになるようないじめの事例の多くは、いじめ防止対策推進法に対する知識不足が招いているものです。この法律ができてもう10年近くになり、だいぶ学校現場にも浸透しているとは思うのですが、やはり現実にはいじめを認めず、隠ぺいしようとしてしまう学校があり、法律の意義そのものがまだ十分に理解されていないのかなと感じます。

社会科教師でもあり、弁護士資格を持つ神内准教授

 教師をしていて、この法律には2つの意義があると考えています。一つは、いじめを法律で定義したこと。もう一つは、いじめ対応を法律にのっとってやると定めたこと。山崎さんが言っていた「マニュアル的な法律」になっているということです。この法律ができる前は教育的な観点から、教師の経験則に基づく慣行や指導で対処してきました。でも、それではうまくいかない深刻なケースがあって、だから法律を作って対応しましょうということになったわけです。

 私は弁護士という立場でいじめの相談を受けることがよくあるのですが、現場とのギャップがより表面化しているのは、法律そのものではなく、文科省が定めている「いじめの防止等のための基本的な方針」というガイドラインにあるのではないかと感じています。ガイドラインは、「法律に書いてあることで困ったときはこう解釈しましょう」という副次的な解説マニュアルに当たるのですが、そこに書かれている考え方や具体例にちょっと課題があって、いじめの実態に合わないような規定を作っている部分があるんです。

 私が相談を受ける中には、例えば被害者と加害者が特定できないような、シンプルな構図ではないいじめもあります。しかし、法律はあくまで加害者と被害者がいるという二項対立の構図になっていて、このようなケースを想定していません。本来、そこを補完するのがガイドラインだと思うのですが、残念ながらちゃんと書いてくれていない。そこに学校現場と法令のギャップがあるように思います。文科省は、ガイドラインである「いじめの防止等のための基本的な方針」を一度見直しているのですが、その当時の議論を読み返していると、学校現場が本当に困っている事案を拾いきれていないのではないかという印象がありますね。

いじめ対策のパラドックス

 山崎 僕が気になっているのは、文科省や教育委員会のガイドラインよりも、各学校が策定している基本方針の方です。よく学校で子ども向けに授業をするときに、「基本方針は絶対にどの学校にもあるはずだから、自分の学校の方針を読んでみてね」と話します。

 そんな中、ちょっと懸念しているのは、熱心な学校の中に「いじめゼロ」を掲げているケースを見掛けるんです。これはいじめに限らず交通事故などでも同じで、ゼロを目標にすると、人間には不都合なことは隠したい性質があるので、隠ぺいにつながってしまうんですね。「いじめは起きてはいけないもの」という価値観は、いじめはどんなに予防しても起きてしまうという実態との間でパラドックスが生じてしまうんです。このことがあまり学校現場で認識されていないように感じますね。

 もう一つの問題は、規定のコピペ(コピー&ペースト)。コピペの全てを悪いとは言いませんが、自分の学校にブレークダウンしていないということです。中には学校の実態に合わない規定もあるだろうし、これまで一度も見直さず、基本方針を作っただけで対策をやったことにしているんじゃないかと思えてしまいます。こういうところには頭を抱えてしまいますね。

 神内 それはもしかすると、文科省や教育委員会のガイドラインのせいかもしれません。ガイドラインが事細かに要求し過ぎていて、あれもこれも学校の基本方針に書き込むように言っている。そうなれば、学校現場は実態に応じたものを作ろうというより、ガイドラインの要件を満たそうとフォーマット的なものを作ってしまいます。

加害者への別室指導や出席停止が運用できないわけ

――今日の参加者の中から、事前にこんな意見も寄せられています。「傷ついた子どもとその親がスクールカウンセラーと話をしなければならないのが、腹立たしく感じます。なぜ意地悪をする子よりも、意地悪をされて登校を渋る子の方が問題児のように扱われるのでしょうか」。いじめの加害者に対し、出席停止をもっと適用すべきだという意見もありますが、こうした点についてはいかがでしょうか。

 山崎 いじめの被害者が不登校になってしまうというのはよくあるパターンですが、いじめ防止対策推進法は加害者の方を何とかするという考え方になっているんですね。加害者と被害者が同じ教室で授業を受けないように、「加害者を別の教室で指導する」ことを制度的に求めているのですが、一方で現実的にそれをどう運用するのかという問題があります。加害者が別の教室で授業を受けるとして、彼らの学習のフォローアップは誰がやるのかということです。さらに、出席停止にしたらその手続きもやらなくてはいけません。学校のマンパワーが足りていない現状では、どうしても被害者の方が保健室などの別室でフォローを受けたり、泣き寝入りしたりせざるを得なくなってしまう。

 神内 加害者の別室指導はいじめ防止対策推進法自体にも文科省のガイドラインなどにも書かれているので、スクールロイヤーも学校側に提案することはあるのですが、実際にやるとなると監督者の確保といったネックが立ちはだかり、被害者が学校に来ない方向に安易に流れてしまいがちです。

 日本の法律では、いじめの加害者に対して小中学校ができる選択肢は別室指導と出席停止しかありません。海外では、例えば出席停止にしたとき、地域社会の中でボランティアなどの研修プログラムを受けてもらうといったフォローアップ体制が取られています。日本ではそうしたリソースが十分にないまま、法律だけを作ってしまった。だからうまく運用できないのは当然と言えば当然です。

 それから、やっぱり別室指導や出席停止をする以上、いじめの明確な事実関係を学校が確認して、本人や保護者に説明できるようにしておかないと、異議申し立てが起きたときに混乱してしまいます。その辺りの難しさもあるように思います。

(藤井孝良)

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【プロフィール】

神内聡(じんない・あきら) 1978年、香川県生まれ。弁護士、兵庫教育大学大学院准教授。東京大学法学部政治コース卒業。同学大学院教育学研究科修了。専修教員免許状保有。日本で初めての弁護士資格を持つ社会科教師として中高一貫校で勤務し、クラス担任や部活動顧問などを担当する一方(現在は非常勤で勤務)、学校現場に精通した弁護士として各地の学校のスクールロイヤーなどを担当している。2020年から教職大学院でも勤務し、チーム学校、教育制度、教師文化、市民性教育などの研究活動を行っている。著書に『学校弁護士』(角川新書)、『スクールロイヤー』(日本加除出版)、『大人になるってどういうこと?』(くもん出版)など。

山崎聡一郎(やまさき・そういちろう) 1993年、東京都生まれ。教育研究者、写真家、俳優。合同会社Art&Arts代表社員(社長)。修士(社会学)。2013年より「法教育といじめ問題解決」をテーマに研究活動と情報発信を行う。いじめを法律の観点で解説した『こども六法』(弘文堂)が書籍となり、話題を呼ぶ。今年、その続編となる共著『こども六法練習帳』(永岡書店)を出版。劇団四季「ノートルダムの鐘」に出演するなど、ミュージカル俳優としても活躍中。

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