【これからの学校を巡る法律論】 校則にみる思考停止

 学校と法律の関係を語る上では、子どもたちに主権者としての意識や法的な考え方をいかにして身に付けさせるかもポイントになる。弁護士資格を持つ社会科教師として中高一貫校に勤務する神内聡・兵庫教育大学大学院准教授と、子どもに向けて分かりやすくいじめに関する法律を解説した『こども六法』の著者である山崎聡一郎・Art&Arts代表社員(社長)による対談の第2回は、ここ最近各地で進む「校則の見直し」をテーマに、日本の学校における主権者教育や法教育の問題を語り合った。(全3回)

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生徒が参加する校則の見直しは格好の法教育の教材だが…

――今日の参加者から、事前にこんな質問をいただいています。「子どもが学校の決まりを守らなくなった気がします。例えば、服装や持ち物です。法律上、学校はどこまで強制してもいいのでしょうか」。中学校や高校で今、生徒が参画する形で校則を変えていこうとする動きが活発になっていますが、同時にこの辺のさじ加減に悩んでいる先生も多そうです。

 山崎 ルールを作るときに、例えば国会で法律を作って、トップダウンで守らせるという形が常にベストとは限りません。例えば、制服の夏服と冬服をいつ切り替えるかなんて、北海道の学校も沖縄の学校も一律に「6月1日から」と決めてしまったら、全然気温が違うわけですから、合理的ではありません。学校のルールも、基本的にはその学校がある地域性や文化などの条件を踏まえた上で、フィットするローカルルールを決めた方が理にかなっているわけです。そのルールづくりを法教育の機会として捉えるのであれば、すごく良い教材になると僕は思っています。

 ただ、実際はどうかと言えば、頭髪や服装について昔ながらの厳しいルールが残っていて、生徒から不満が出ても「決まりだから」と思考停止してしまっている。法律的なものの見方や考え方を鍛えるのが法教育のはずなのに、そうやって学校が思考停止していることは、法教育の観点からは有害以外の何物でもありません。校則は子どもたちにとって最も身近で、ルールの力を実感できるものですから、法律に対する認識と同一化していくんです。「どうせ自分たちの知らないところで先生たちが勝手に決めていて、中には理不尽な規定もあるけど、破ればペナルティーが課せられるから」と生徒が思ってしまえば、自分たちからルールを変えようなんて考えは生まれません。そうなれば選挙にだって行かなくなるし、政治にも無関心になっていきます。学校がそんな状態なのに、若者の主権者教育や政治参加を声高に叫ぶのはおかしな話で、子どもを本気で育てる気がないんじゃないかとさえ思えます。

教師の立場から校則に関わる議論の難しさを語る神内准教授

 神内 校則の問題は難しくて、教師でもある私はちょっと保守的な立場です。例えば、奇抜な髪形や服装をしてきた生徒がいれば、「就職活動で面接官の前でも同じ格好をするのか。そうするならその格好を通して構わない」といった指導をすることがあります。そうして合理的な理由を考えさせることを大事にしています。

 生徒が校則を見直す機会を学校としてつくるとき、大切なのは新しいやり方を試してみてうまくいかなかったら考え直すこと、それを繰り返しながらだんだんと良いルールに変えていくことだと思います。でも、それをやるには生徒主体だけでは難しく、ある程度教師が調整役として入っていく必要性があるんじゃないかと思います。

 山崎 校則は校内の秩序を守る側面がありますから、先生としては生徒と常に引っ張り合いをしていかなければならないと思います。学校のルールについて、生徒も参画するし、先生も一定の影響力を持っている。そういう緊張関係の中で生徒と先生が互いに綱引きをしながら、より良い学校生活を送れるような提案をして、場合によっては根回しをして味方を増やしていく。そういうプロセスを体験できる機会が、校則の見直しにはあるんじゃないでしょうか。

校則の見直しを必ずしも望んでいない子どもたち

 神内 校則の見直しがメディアでも取り上げられるようになって、ちょっと学校現場とのギャップを感じているところもあります。子どもたちの中には、服装規定や髪型規定の廃止を望んでいない生徒も実は多いんです。それらの規定は必要だと考えている生徒も一定数いて、例えばあまりに自由過ぎると、かえってそれが学校生活を送る上でストレスになるという生徒もいます。そこをどう考えていくかということですね。

 山崎 今の子どもたちは真面目なので、校則の見直しを任せてしまうと、かえって前の校則よりも厳しくなってしまって、逆に先生がどう緩くするかに腐心するなんてこともあるようです。

 僕の実感ですが、子どもたちの側から「校則を変えたい」と言ってくるのは、すごくラッキーなことなんじゃないかと思います。先生の側から校則を変えようと働き掛けても、子どもの側が特に今の校則で困っていないなら、変えようという機運は高まりません。「制服の着こなしがこうだと決まっているなら、そのままでいい」と言う生徒が結構いるんですよ。子どもの側も思考停止してしまっている。そうした中で先生の方から、子どもたちに考えてもらって変えていこうとするのは、ものすごいエネルギーがいると思います。

 神内 思考停止って楽なんですよね。選択する必要がないので。でもそれは民主主義の危機でもあります。だから、いかにして子どもたちに民主主義の意義を教育で伝えられるか。例えば、校則の見直しも最終的には多数決で決まるかもしれませんが、そのプロセスの中でマイノリティーの意見や人権を考えなければいけない。そういう多様な見方があるから難しいのですが、メディアの報道の仕方も含めて、まだ古典的な校則の議論から抜け出せていないんですよね。

ロジックを否定する学校現場の体質を鋭く指摘する山崎さん

 山崎 下着の色を規定するようなルールは明らかな人権侵害で、校則はもちろん、法律であっても許されないわけです。その基本は押さえつつ、例えば学校にゲームを持ち込んではいけないという決まりについて言えば、ゲームは家でやればいいわけで、人権を侵害しているわけではない。ゲーム機が見つかれば一時的に没収するのは、みんなで合意ができていて常識の範囲内であれば、ルールとしてあってもよいと言えます。

 実は、今の校則の議論の中にはいくつかのレイヤーがあって、下着の色のような人権侵害の話と、生徒主体で見直していこうという話は、全く別次元のことなんです。後者は教育機会として捉えられますが、前者は子どもたちが変えたいとか変えたくないとかいう前に、すぐに廃止しなければいけません。

ロジックに基づかない指導が行き着く先

 神内 下着の色を確認する指導をしている学校の先生は、自分の子どもが同じことをされたらどういう気持ちなのかなと思うんです。教師としてそうした指導をしているときは、きっとそういうことを考えてもいないでしょう。語弊があるかもしれませんが、これも思考停止ですよね。

 山崎 人権侵害に当たる校則を運用している人たちも、決して邪悪なわけではないんですよね。なぜそんな校則があるのかと問われると、「ツーブロックだと犯罪に巻き込まれる危険性が高いから」「白以外の下着はシャツから透けて性犯罪に巻き込まれるから」と、子どもを守るためというロジックで返してきます。

 そもそも人権は、これまで長い法的な議論の末に導き出された概念で、その観点から駄目だと言っても、「子どもを守るため」というロジックで対抗してしまう。しかも、ツーブロックにしたことで実際に犯罪に巻き込まれるリスクがどれくらい上がるのか、下着の色が白いと本当に透けにくいのか、そうした科学的エビデンスがあるわけじゃないので、もはやロジックとして破綻しているんです。結局最後に残るのは、これまでの経験則、「昔からこうだから」です。

 これが子どもたちにどんなメッセージを送ることになるのかを考えてみてください。学校はさまざまな教科で論理的な思考力を育んでいます。それなのに、校則の前にはそのロジックが無意味なんだと言ってしまっているんです。人権侵害の校則が維持されること自体も問題ですが、ロジカルではない理由でそうした校則をかたくなに守り続けていることの教育への影響こそが問題だということですね。

 もちろん、学校ではロジックを学ぶと同時にメンタルも鍛えなければいけない面はあると思います。でも、メンタルでロジックをひっくり返していいわけじゃない。あくまでロジックが優先されるべきです。だから校則にはみんなが守るものとして一定の強制力があるし、あらかじめ明文化されたペナルティーが正当化されるんです。これをもしメンタルに寄せるようなことになれば、罪刑法定主義を否定するようなもので、王様の気まぐれで罪が重くなったり軽くなったりします。でも、学校は伝統とか秩序とか教育とかという言葉で、このロジックを否定しがちなんです。このギャップについては、軽く100年くらいの時代錯誤が起きていると言っていいと思いますね。

(藤井孝良)

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【プロフィール】

神内聡(じんない・あきら) 1978年、香川県生まれ。弁護士、兵庫教育大学大学院准教授。東京大学法学部政治コース卒業。同学大学院教育学研究科修了。専修教員免許状保有。日本で初めての弁護士資格を持つ社会科教師として中高一貫校で勤務し、クラス担任や部活動顧問などを担当する一方(現在は非常勤で勤務)、学校現場に精通した弁護士として各地の学校のスクールロイヤーなどを担当している。2020年から教職大学院でも勤務し、チーム学校、教育制度、教師文化、市民性教育などの研究活動を行っている。著書に『学校弁護士』(角川新書)、『スクールロイヤー』(日本加除出版)、『大人になるってどういうこと?』(くもん出版)など。

山崎聡一郎(やまさき・そういちろう) 1993年、東京都生まれ。教育研究者、写真家、俳優。合同会社Art&Arts代表社員(社長)。修士(社会学)。2013年より「法教育といじめ問題解決」をテーマに研究活動と情報発信を行う。いじめを法律の観点で解説した『こども六法』(弘文堂)が書籍となり、話題を呼ぶ。今年、その続編となる共著『こども六法練習帳』(永岡書店)を出版。劇団四季「ノートルダムの鐘」に出演するなど、ミュージカル俳優としても活躍中。

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