【若手キャリア官僚「いざ鎌倉」】 「社会に開かれた教育」の実装

 大河ドラマ『鎌倉殿の13人』の舞台としてにぎわいを見せる神奈川県鎌倉市。2020年8月から同市の教育長を務める岩岡寛人氏は、自ら基礎自治体への出向を希望した現役の文科省キャリアだ。着任後は、自治体クラウドファンディングによる資金調達などを通じ、外部機関と連携したプロジェクト型の探究学習を展開するなど、保守的と言われる教育風土に新風を吹き込んでいる。「板挟みになった学校現場を何とかしたい」と話す背景には、どんな課題意識があるのか。インタビューの1回目では着任の経緯や以降の歩みについて聞いた。(全3回)

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伝統と革新が共存する「鎌倉」

――着任の経緯を教えてください。なぜ、鎌倉だったのでしょうか。

 ずっと以前から、いつか基礎自治体で仕事をしたいと希望していたのですが、共通の知人を介して「鎌倉市の松尾崇市長が教育長を探している」という話がつながり、要請を受けたのです。20年の初めごろだったと思います。

現在37歳、文科省からの出向で鎌倉市教育長を務める

 私は以前から、企業やNPO、大学などで面白いことをしている人たちなどの地域リソースを学校へ流し込み、良き教育実践を広げていきたいと考えていました。その場所として鎌倉はぴったりな土地柄だと思い、即決しました。鎌倉には由比ガ浜に代表される開放的なビーチ文化があって、「面白法人カヤック」のようなクリエーティブ系のユニークな人たちがたくさん住んでいます。米国の西海岸的な「ゆるくて革新的」なカルチャーがあるのです。

 一方で、鎌倉は中世から続く歴史と文化の街でもあり、変化を好まない保守的な一面も持ち合わせています。革新だけが主流ではない地域性は「チャレンジしがいがあるな」と思いました。

 ただ、歴史的に見ると「伝統と革新の共存」は鎌倉の本質でもあるんです。鎌倉は日本で初めて合議制の武家政権が誕生し、京都と違う文化が花開いた所です。松尾市長も革新に挑むまちづくりを意識していて、自治体DXである「スマートシティ構想」を推進しています。そうした状況の中で、公教育分野にも同じく革新をもたらすこと、それが私に期待された役割だと理解しました。

閉鎖的な学校を何とかして

――着任して、どんな教育的課題が見えてきましたか。

 鎌倉は教師が多様な実践を行っており素晴らしい面がたくさんありますが、市民の皆さんから「学校が閉鎖的だ」という声をよく聞きました。地域にリソースがたくさんあるのに、眠らせたままで教育活動に生かせていないのではないか、と。本市は全国学力・学習状況調査では学力は高い水準にあり、学力向上は喫緊の課題ではありませんでした。保護者も教育熱心ではありますが、都心のように児童の多くが私立中学校を目指すような高い受験熱はありません。

 それより、「学校の閉鎖性を何とかして、もっといろいろな活動をしてほしい」「子どもたちの多様性に気を配ってほしい」「共生社会について教えてほしい」といったニーズの高い地域だったのです。まさに「社会に開かれた学校づくり」が最優先の課題だと感じました。

――解決のためにどんなことを意識したのでしょうか。

 「子どもの視点に立って教育を組み立てること」です。制度上はここまでしかできないと考えたり、育てたい資質・能力に子どもを当てはめたりするようなやり方は、サプライサイド(供給側)の教育観だと考えます。そうではなく、本当に子ども一人一人の視点に立って教育を組み立てる、デマンドサイド(需要側)の視点に切り替える必要性を訴えました。

今の学校教育には、真の子ども視点が足りないと話す岩岡教育長

 デマンドサイドの視点と言っても、二つの見方があります。一つは児童生徒の「現在」の心情や特性に寄り添って、理解して教育活動を組み立てていくこと。これは学校が比較的得意とする分野で、今、頑張って取り組んでいるところです。

 もう一つは、児童生徒が大人になった「未来」の社会から逆算して教育を考える見方です。子どもたちは今の社会で大人になるわけではありません。20年、30年後の社会で経済活動を行うのです。それを忘れて、大人が受けた教育の原体験や今の社会の姿から教育ニーズを発想するのは、子どもの視点に立っていないことになります。

 プログラミングやSDGs、グローバル、DX、プロジェクト型の課題解決型学習といった教育は、二つ目の「未来」から逆算した教育ニーズであり、社会が学校に求める要請そのものです。もちろん、日本の学校はそこを乗り越える努力をしているわけですが、そのリソースは法律や学習指導要領などの大きな制度の枠組みに阻まれて、すぐに変えることができません。社会的要請が学校に次々と流入してくるのに、手元にリソースが与えられていない――。鎌倉市だけでなく、全国3万の公立小中学校が、板挟みの状態に陥っているわけです。

 その状況を変えたものの一つが「GIGAスクール構想」です。1人1台端末の整備という大規模なリソースが投入されたことで、「ツール」の壁を乗り越えることはできました。では、教師が持っていない「経験」や「専門性」の壁はどう乗り越えていけばよいのでしょうか。ここにリソースを注ぎ込むことができなければ、プログラミングやSDGsといった社会の要請には応えられないのです。

 企業であれば、他社から部品を購入したり、外部の専門家に委託したりして、社会のニーズに応える新たな製品やサービスを提供するでしょう。ところが、日本の学校教育はそれを自前の技術だけで内製化しようとする。だから時間がかかるし、場合によっては目標に達しないこともある。そうした状況がある中で、大学や教育ベンチャー、 NPO、 企業などが持つ専門性や知見を学校に注ぎ込みたいと思いました。

ふるさと納税を活用し1200万円を調達

 最大の障壁は「お金」でした。平日の昼間に大人に手伝ってもらおうと思ったらお金が必要です。では、なぜ学校はお金が調達できないのか。無償である義務教育は民間企業と違い、ステークホルダーから直接対価を得られないからです。さらに言えば、資金を得られないから変えようとするインセンティブも働かない。「それなら一般財源を回せばいいじゃないか」と言う人もいるかもしれませんが、それができるならどの教育委員会も苦労はしないわけで、どこかから歳入を確保しなければなりません。

地域連携の必要性をスライドで説明

 この問題を乗り越えるため、教育に特化した自治体クラウドファンディング「鎌倉スクールコラボファンド」を立ち上げました。市内の小中学校が外部機関と連携するための資金源を教育委員会が準備し、時代に合った教育活動を展開できるようにしようという試みです。

 活用したのは「ふるさと納税」です。ふるさと納税とは、実質的に自分が納める住民税の使い道を特定できる非常に民主的な仕組みです。支援した金額は所得税・住民税から控除されます。払う税金の使途を変えているだけですから義務教育無償の考えに反しないし、ステークホルダーの願いを実際の教育リソースに生かせます。これを活用することで、学校を開くインセンティブ構造の改善につながると考えました。2020年度は目標金額750万円を達成、21年度は同額の目標には届きませんでしたが、現在まで累計1200万円以上のご支援が集まりました。

(長尾康子)

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【プロフィール】

岩岡寛人(いわおか・ひろと) 1984年、兵庫県芦屋市生まれ。岡山白陵中・高出身。東京大学教育学部を卒業後、文科省に入省。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院に留学。文科省初等中等教育局教育制度改革室専門官、幼児教育課専門官などを経て、2020年8月に鎌倉市の松尾崇市長の要請を受けて教育長に就任。

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