【若手キャリア官僚「いざ鎌倉」】 攻めの姿勢に転じた教育委員会

 学校や教員がプロジェクト型の探究学習を実施したいと思っても、外部人材などのリソースとつながる予算はない。ならば幅広く支援を求めようと神奈川県鎌倉市教委が始めたクラウドファンディング「鎌倉スクールコラボファンド」は、2年で1200万円以上を集め、子どもたちの学びはもちろん、教師のスキルアップにも還元されている。同市教委が「攻めの姿勢」に転じるターニングポイントとなったこの取り組みは、どのように着想されたものなのか。実践の仕掛け人である岩岡寛人教育長に聞いた。(全3回)

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専門家が支える質の高い「探究」を実現

――集まった資金で、どのような教育活動が生まれたのですか。

 実践について語る前に申し上げておきたいのは、鎌倉市の多くの教員はSDGsをテーマにしたプロジェクト型学習をしたいと、ずっと願ってきたという事実です。でも、子どもたちの発想や関心は一人一人違って、ある子はプラスチックごみの問題をやりたいし、ある子は難民問題をやりたい、ある子は核兵器廃絶、フードロス、海の問題……と、取り組みたいテーマは多岐にわたります。それらの探究を一人の担任が見るのは無理だと、諦めざるを得なかったのです。

質の高い「探究」ができたことを喜ぶ岩岡教育長

 そこで、2020年度はスクールコラボファンドで集まった資金を使い、子どもたち一人一人のテーマに沿った活動を実現できる仕組みをつくりました。慶應義塾大学SFC研究所、鎌倉を本拠地とするNPO法人未来をつかむスタディーズと連携し、子どもたちのテーマと専門家・当事者をつなぐ環境をつくったのです。子どもたちの関心事に大学生の伴走者を付けたり、社会人や企業人を連れてきて話を聞く機会を設けたりといった、寄り添い型のコラボレーションです。こうすることで質の高いプロジェクト型学習が進められると考えました。

 フードロスに関心のある子どもたちは、市内のカフェ経営者と一緒に解決策を考えて実践し、データを収集して検証するプロジェクトに取り組みました。難民問題に関心がある子は、神奈川県内在住のインドシナ難民の方に話を聞き、現在の難民支援の在り方を共に考えるプロジェクトを進めました。プロジェクトは単発で終わるのではなく、1年を通じて同時多発的に行われ、各自が設定した課題の解決策を自ら構想していく多様な学習が広がっていきました。「公立小中学校でここまでやるか」というレベルの高さだったと自負しています。

 年度末の成果発表会で「森林を守ることは世界規模の課題だと思っていたが、SDGsは身近な暮らしの課題で、地域の緑を守ることを私たちが考えなければいけない」と小学生が発表しているのを聞いて感動しました。プロジェクト型学習を実施する前と後に「自分が地域や社会に何か影響を与えることができると思いますか?」という質問をしたところ、実施前は3割の子どもしか「はい」と答えていなかったのが、実施後は8割に達しました。

 子どもたちを大きく変えることができる、コラボレーションの威力を実感した瞬間でした。

プログラミングの授業を数カ月で本格実施

――そのほかにも「鎌倉スクールコラボファンド」を活用されています。

 プログラミング教育で活用しました。全国的に見てもプログラミングを教えられる技術科教員の数は不足しています。家庭科の教員が技術を教えている状況さえある中で、プログラミング教育にはまだ十分に手が回っていません。その結果、子どもたちに必要な力を身に付けさせることができない状況に陥っています。

 そこで、中高生向けのIT教育事業を手掛けるライフイズテック社と連携し、ライフイズテックレッスンと言われる教材の提供や研修の実施などを組み合わせ、プログラミングを教えたことがない教員でもテキストコーディングの授業ができるような環境を構築しました。その結果、開始からわずか数カ月で、市内の全中学校で魅力的なプログラミングの授業が開始できるようになったのです。おそらく、これを内製化していたら何年もかかり、教えられる教員が誕生する頃には、そのプログラミングツールが陳腐化してしまうことでしょう。時代の流れに追い付くためにも専門性を持つ企業に伴走してもらい、一緒に教育を作っていくのが効果的なのです。

企業やNPOにもメリット

――NPOや企業、大学など連携した外部機関の反応はどうでしたか。

 「学校現場のニーズがよく分かった」という声が数多く寄せられました。スクールコラボファンドを活用した連携は契約に基づいた委託事業です。教育委員会は外部機関と対等の立場で「こういう教育活動をしたい」「子どもたちにこんな経験をさせてあげたい」といった思いをどんどんぶつけて具体化できます。

「鎌倉スクールコラボファンド」は、学校と連携するNPOや企業にもメリットはあるという

 そうした交渉ができるのは、クラウドファンディングを通じて実施する予算が確保されているからに他なりません。年度末に向けて「予算が取れるかどうか分かりませんが…」などと、奥歯にものの挟まったような言い方で交渉をしなくて済むし、教育委員会主導で思い切った挑戦ができます。そうした地に足が着いたチャレンジが、外部の皆さんにも手応えを与え、真のコラボレーションを生むのです。

 探究学習やプログラミング教育を学校に導入する際に、企業の CSR 活動と連携するケースもあります。この場合、経費負担は軽くて済みますが、どうしても学校は受け身の姿勢になります。ともすると、企業側の希望に沿ったプログラムが組み立てられ、企業の社会課題解決に学校が貢献する形になってしまいかねません。

 外部との関係性にしても、行政組織内の立ち位置にしても、スクールコラボファンドが成功すれば、教育委員会は「攻めの姿勢」に転じることができます。

子どもたちの成長を1年待つことはできない

――アイデアはいつ頃から温めていたのでしょうか。

 持続可能な歳入の仕組みをつくりたいという思いはずっとありましたが、ふるさと納税を活用しようと思い付いたのは着任後です。2020年の8月に鎌倉市の教育長に着任して、11月末には「これはできる」との確信を得ました。ちょうど日本で最大手のふるさと納税サイト「ふるさとチョイス」を運営するトラストバンクの社員が研修で鎌倉市に来ていて、彼女とディスカッションするうちに実現できそうだと感じたのです。

「子どもたちの成長を1年待つことはできない」と振り返る岩岡教育長

 ふるさと納税のピークは毎年12月末です。「1年待つか、今やるか」、判断はギリギリのタイミングでした。1年待てば十分な準備ができるかもしれませんが、子どもたちの成長を1年待つことはできません。やれると思ったことはすぐにやるべきと、1週間でファンディングサイトを立ち上げました。教育委員の職員もこれには驚いていました。

――鎌倉スクールコラボファンドは返礼品のない、寄付型のふるさと納税です。教育の成果は、どのように支援者に伝えているのでしょうか。

 事業への考えや思い、背景、プロセスなどを複数の媒体で発信して、理解を得ることに注力しています。ウェブ上でマガジンを発行できるプラットフォーム「note(ノート)」を活用した情報発信も始めました。その中の「進メ、鎌倉ペンギン」には、スクールコラボファンドの成果や、不登校の児童生徒の学習を支援する「かまくらULTLAプログラム」の趣旨などを記事形式で掲載しています。

 教育委員会がnoteアカウントを持っているのは珍しいと思います。変化の激しい荒波の時代をしなやかに泳いでいける子どもたちの姿と、「ファーストペンギン」になることを恐れない教育委員会の決意を合わせて、鎌倉ペンギンと名付けました。

 ただ、noteのようなストック型の媒体だけでは拡散力が弱いので、プッシュ型、フロー型の媒体と組み合わせることで、より広い伝達を心掛けています。 ツイッターやフェイスブック、紙媒体の広報誌と相互にリンクさせて、実践のプロセスを積極的に発信しています。

(長尾康子)

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【プロフィール】

岩岡寛人(いわおか・ひろと) 1984年、兵庫県芦屋市生まれ。岡山白陵中・高出身。東京大学教育学部を卒業後、文科省に入省。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院に留学。文科省初等中等教育局教育制度改革室専門官、幼児教育課専門官などを経て、2020年8月に鎌倉市の松尾崇市長の要請を受けて教育長に就任。

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